カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

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「俗流国防論(日本核武装論)」は完全に商売のネタであり、実在する国防とは一切関係ない

id:clawさんとこのエントリ http://d.hatena.ne.jp/claw/20061020#p2■終わってる「日本核武装論」 経由
田中宇氏2006年9月12日記事

http://tanakanews.com/g0912japan.htm
▼核抑止力の本質
 戦後の日本が核武装しなかったのは、一般には、アメリカが日本の軍事的な再台頭を恐れて核武装させなかったからだとか、広島と長崎の被爆体験を持つ日本人が核兵器を嫌ったからだとか考えられているが、もっと別の軍事的な解釈もできる。
 日本が核武装するとしたら、その場合の仮想敵は、中国やロシアであるが、いずれも国土が日本よりはるかに広大である。中国と日本が核戦争して互いに5発ずつの核ミサイルを相手に撃ち込んだ場合、中国は、首都圏に3発、関西に2発を落とせば、日本を国家として機能停止させられるが、日本が北京や上海などの主要都市に5発を落としても、無傷の大都市がいくつも残り、中国は国家として生き延びられる。
 ロシアとの核戦争の場合、1981年の自衛隊の研究によると、日本では2500万人が死ぬが、ロシアは人口の希薄な極東で100万人が死ぬだけである。国土が狭い日本は、広大な中国やロシアと核戦争しても不利になる。核兵器を持つことが戦争を防ぐことにつながるという「核の抑止力」の考え方は、アメリカとロシアなど、国土の広い国どうしが対峙している時にのみ有効である。だから、日本は自前の核兵器を持つより、アメリカという強くて広大な国の核の傘の下に入っていた方が有効なのだ、という分析が最近、アジアタイムスに出ていた。(関連記事)
 この理論で考えると、アメリカが孤立主義に陥ったり、覇権を衰退させた結果、日本がアメリカの核の傘に入れなくなったとしても、それなら自前の核兵器を持てばよい、という話には直結しないことが分かる。
 むしろ、核兵器を持たない方が道徳的には「良い国」であり、核兵器を持たないことは、その分だけ外交的な力を持つことができるとも考えられる。

現在、安倍晋三の後ろの統一協会とか原発利権集団が日本核武装論をわいのわいの煽っているように感じるが、安倍晋三の後ろの売国勢力とか原発利権集団が煽っている「核武装論」は「俗流国防論」にすぎず、実在する国家の危機とは一切関係ない、と言える。
やはり私の「国防論」は圧倒的に正しい。http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20060430#1146379685
俗流国防論=日本核武装論」を煽っている人々は、実在する国家の危機に全く何の関心もない欲どおしい豚か、リアルな政治を理解する能力のない痴呆だと判断するべきだと思われる。
もちろん我がブログ読者諸姉諸兄はそんな豚どもに負けない賢明かつ勇気ある人びとだから、豚どもを一掃するために、ともに粘り強く情報収集と情報発信を続けていっていただきたい。私も続けます。
 関連 http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20050514#1116014783■[資料]『わが国における自主防衛とその潜在能力について』

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