カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

宗勧ガイドブック「水戸キリストの幕屋」(笑)

このサイト↓を書いている人の文章力は、なかなかたいしたものだと思う。

http://www9.plala.or.jp/challenger/katudou/kikaku1.htm
〔略〕私はさっそく新聞受けにむかい、新聞を取った。
 その時。
 私の目にショッキングなものが飛び込んできた。新聞受けには、新聞の他になにか別のものがはさまっていたのだ。それは・・・
 ・・・生命の・・・光?・・・日本よ・・・永遠・・・な、れ!?
 こっ、これは!?
 宗勧のガイドブック!!!〔略〕
 さて、1ページ目をひらくと、なにやら詩みたいな文章が書いてある。内容は、要するに帯書きと一緒。俺たちゃキリストの福音を信じて、日本をより良い国にするぞ〜という決意表明であります。で、次のページにも同じように詩が。どうやらもともとは英語らしく、原文と訳文が書いてある。ちなみに読み人知らず。それでは内容をどうぞ。タイトルは、RISKING。タイトル訳は、「思い切って冒険しよう」。って、なんで? 意訳しすぎじゃない?

腹から笑ったら、バカまるだしと思われるだろう。
涙いっぱい泣いたら、泣き虫と思われるだろう。
身を投げて他に手をのばしたら、その渦に巻き込まれるだろう。
赤裸々になったら、本当の自分がさらされるかもしれない。
理想や夢を人々の前にはばたかせたら、翼をもぎとられるかもしれない。
愛しても、愛されずに終わるかもしれない。
生きることは、死が刃向かってくることだ。
試みることは、失敗が街かまえていることだ。
しかし、思い切って冒険しよう。
なぜなら、人生で最大の障害は事なかれ主義だから。
事なかれ主義者は、何もしない、何も得ない、虚無である。
苦しみや悲しみを避けて通れだと!
それでは、学ぶことも、感じることも、変貌することも、成長することも、愛することも、生きることも、できない。
恐怖の牢獄にとらわれている者、それが奴隷だ。
奴隷は、冒険しない罰として自由を失っている。
ただ、冒険する者だけが、自由なのだ!

 ああ、なんかこんなもん一生懸命打ち込んでいる自分が馬鹿らしくなってきた。
 別にこの詩はおかしな内容じゃない。詩的には良いかどうかはわからんけど、内容的には良いこと言ってると思う。でも、これが宗勧のチョイスだと考えると、いろいろ笑えるね。要するに奴等は「人間、冒険しなきゃダメだ! そして冒険とは、我々の宗教に入信することだ!」と言いたいわけよ。そうじゃなきゃ勧誘のパンフレットにこんな詩を掲載する意味ないし。ってことは、奴等も自分達の宗教に入信することは冒険だという認識ぐらいは持っているわけね。確かに大冒険だよなぁ。清水寺から飛び降りるどころじゃない、非常に危険な冒険だ。なんたって自分の人生がかかってるからね。だからRISKINGってわけだ。こりゃいいや。うまいこと言うね。そのノリで一生やってろ。
 さて、気を取り直して次のページ。また詩。もう、詩はいい。丁重に読み飛ばすことにする。すると、やっと今までとは違う内容がはじまる。最初は、あの手島郁郎氏(故人)のコラムだ。タイトルはこれ。

「積極的な信仰生活 −満ち充つる神の生命−」

 いいぞ、郁郎!
 期待がもてるナイスなタイトルだ!
 さっそく読んでみよう。
 最初っから飛ばしてる。いきなりこうだ。

 新しい霊的人類の発生こそ、天地創造の時からの進化の方向であります。すなわち、サルの中から人類が生まれたように、人類の中から霊的な人間が生まれることは、神が宇宙を造りはじめられた時から、定めておられる予定のコースであるというのです。

 お〜い、大丈夫かぁ〜?
 しっかし、なんだ、聖書を信仰しているくせに、こいつは進化論を信じているのかね? 「サルの中から人類が生まれた」って断言しているけど、聖書じゃ人類は神が創ったんじゃなかったの? アメリカの南部の州では、「進化論は聖書的に間違ってるから、教科書に載せない」って法案が通るぐらい徹底してるのに、そこら辺は寛容なんだねぇ。でも、サルから人類が生まれたといっておきながら、「神が宇宙を造りはじめられた」ってのはおかしいと思うけどなぁ。宇宙を創ったのが神なら、人間を創ったのだって神ってことになるでしょ、普通。その上、「新しい霊的人類」だなんて、いったい・・・
 郁郎さん、あんた聖書信じてるの? 信じてないの?
 まあ、そんな根源的な問いはこの際やめておこう。とりあえず出だしの内容を要約してみるとこうなる。

人類はさらに進化する。
今、人類は罪に苦しんでいるが、
そのうち霊のもろもろに祝福された
キリスト族
と称されるできものが誕生する。

 はぁ、キリスト族ですか。もう、いいです。なにも言いません。頑張って下さい。
 その後はありきたりでくだらない宗教談義が続く。笑うところもない。それでも芸人かっちゅーねん。〔略〕
 総括的な感想を言うと、郁郎氏のコラムは文章的には面白味がなく、内容的には意味がない。典型的な駄文というやつである。結局のところ、郁郎氏は我々に対してとにもかくにもキリストを信じろと言いたいらしい。理由はどうでも良い。ともかく信じろ、だそうだ。そんなこと言われても、ねぇ。
 コラムの最後のしめくくりには、こんなことまで書いてある。

 信仰に燃えさえすれば、霊的な放射能を放射するように、えらい力が人格に現われてまいります。

 とりあえずもっと日本語を勉強してもらいたい。でも「えらい力」って表現は面白い。よし、これから当結社では「えらい〜」という表現を流行らせることにしていきたい。
 さて、続いてこの書を読み進めていくと、そのうち驚くべきことを発見する。なんとだんだん話が聖書とは関係なくなっていくのだ。いや、本質的なところを考えれば最初っから関係ないんだけど、そのうち「日本人の魂とは?」とか、「天皇とは?」とか、終いには新渡戸稲造の生涯の特集とか、わけがわからなくなってくる。そしてやっと宗教話に戻った時のタイトルはこれ。

「特集 女性のまことの尊さ」

 嫌な予感がする。
 この特集のメインは、「やまとなでしこ一年生」という座談会だ。キリスト教系の宗教なのに大和撫子とはこれいかに? さすがの拙者もまったく内容が予想できない。ドキドキしながらページをめくると、そこには気絶しそうなぐらいの素晴らしい世界が広がっていた。なんつーか、とにかく凄い発言のオンパレード。ちょっとピックアップしてみよう。

・戦後は「みんな平等」という横の関係で育てられてきたが、大事なのは縦の関係。
・うちでは子供に「一番えらいのはお父さん、そして、もっとえらいのは神様」と教えている。
・「婦人の尊さは仕えることにある」という聖書的な生き方を知ったことは大きなことだった。
・「男のかしらはキリストであり、女のかしらは男である」という聖書の箇所にショック。女は主人に仕えるだけでなく、その先があるんだと発見した。
・世の風評はますます男女平等で、家庭に縛られたくないと結婚しない女性も増えている。でも、家庭を守る婦人が少なくなっていったら、家はどうなるのでしょう?私たちは逆の生き方をしている。
・女の人が信仰を持って台所仕事をすることも、子育てをすることも、大切なことなんだ、国を興すことにつながるんだ、とだんだんわかってきた。

 いやぁ、フェミニズム運動家がみたら死にたくなりそうな内容だ。男尊女卑思想を進める母達とでも言おうか。それにしても「男のかしらはキリストであり〜」の人、聖書を読んだのならもっと別なことを発見しましょう。〔略〕
 だが、もっとわからないのがその後ろに控えていた!
 なんと突然、「あづまはや」という漫画が始まるのだ。この漫画、なぜかヤマトタケルオトタチバナヒメの物語。要するに日本の神話なわけで。なんでキリスト教系宗教の雑誌で突然こんなものが始まるのか理解に苦しむが、ともかく、カラーページをふんだんに使った全30ページ以上の超力作である。でも、絵が下手すぎ。これだったら拙者の方がもっと上手に描けるぞ。作画しているのは郡山 誉世夫という人らしいが、もうちょっとがんばりましょう。五点。
 ちなみに文案は手島誉世夫。あれ、同じ名前? ひょっとして同一人物とちゃうんか? 誉世夫なんて名前、そうそういないと思うんだけど。
 まあ、いい。この漫画、絵もかなりのもんだが、内容も負けてはいない。外殻はヤマトタケルの物語りながら、随所に馬鹿馬鹿しい間違いや愚かな勘違いもとい、オリジナリティあふれる革新的な解釈が見られ、読者を絶えず笑わせて飽きさせない。〔略〕

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