カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか

「ネット右翼」考

ネット右翼」には相当数の「工作員(つまりバックつき。あるいは「お仕事」で情報工作活動している人々*1)」がいるだろうが、素で、つまりバックなしで「ネット右翼」となってしまった人々について考えたこと。トニオid:VanDykeParksさんのブログに書きこんだもの。
http://d.hatena.ne.jp/VanDykeParks/20050723/1122469766#c
ネットウヨの芯にあるのは(盲目的)嫌悪感・不満感(何を嫌悪しているのかについては言葉をもっていない)で、その感情が『正論』やカルト宗教機関誌によって煽られ、その感情を煽る断片情報が『正論』やカルト宗教機関誌などから与えられる、という、そういう構造だと思います。
ネット右翼」にムリヤリ思想を探すと、「認められたい俺」「認められないのはサヨクのせい」というのが底流かと。彼らの言う「サヨク」には内容はありません。ときどき『正論』やカルト宗教機関誌が、「サヨク」という言葉に新たな「内容」を注ぎます。フェミニズムとか共産主義とか市民団体とか朝日新聞とか弁護士とか人権とか中国とか。
引いた所から見ると、アメリカ共和党の路線に従って、従米世論を喚起するための道具として原則的には「内容」が与えられているように思われます。従米世論というか、アメリカの国防政策というか。
(だからバックなく「ネット右翼」になっちゃった人は、主観的にはしばしば「反米愛国」だが、蓄積情報がアメリカの国防政策によって撒かれたプロパガンダなので、結果として従米行動以外何もしていない。それに「反米愛国」の心意気があったら「ネット右翼」にはならない。実効的な何かをしているだろう)
「現在ネット右翼とどんぱちやっている人」は、「不満感」においてネットウヨと共通性がありますが、ネットウヨが騙されるようなアホな情報には満足できず「んなわけあるか」と不満を募らせる、そういうタイプじゃないかなあ、と、思う。
[03:15]
以下、面白かったので記録しておく。

がが 『その方もそうですが、「あの人たち」は政治・社会思想(史)についてなんにも知らない人が多いので、思想うんぬん(どうして反グロじゃないか?とか)で「あの人たち」のことを語るといまいちうまくいかないと思います。そんなわけで、僕はネット「右翼」という概念にはあまり賛成しません。「サヨ」がなんでもかんでも含む概念になっているので、その対比としての「ネットウヨ」はそれなりに感じはつかめているような気もします。ただ、「サヨ」が蔑称であるように、「ウヨ」も蔑称なので、僕としてはあまり使いたくないなと。差別的言説を吐く人を限定してずばり「レイシスト」と呼ぶのはまったく躊躇しませんが。
「あの人たち」の特徴は思想傾向というより「性根」でしょう。彼らに特徴的な行動形態は思想のせいというより性根のせいだと思います。ああいう思想なんじゃなくて、ああいう性格なんじゃないかと。
kamayan さんの「嫌悪感・不満感」が根本にあるというのは同意ですね。そしてそれを「国家や民族」という概念でもって表現していると。小熊英二ナショナリズムの定義もこんな感じでした。でも、まあ、もともと保守主義ってのは、論理じゃなくてそういう感情・実感に正直であるというのが一つの特徴ではありますから、「あの人たち」も一応「保守」なのかもしれませんね。でも、本来の保守主義はポピュリスムを嫌悪するはずですが。大衆エネルギーを利用するポピュリズムは旧来型の左翼ですよね。昨今の右派運動の仕掛け人は元左翼が多いですが。』 (2005/07/28 16:40)

「性根」といえば、「三枝貴代」という凄い生き物がいたが、論理構造のところで「ネットウヨ」に共通するものがあるな。「三枝貴代」の場合、基本に持っていた語彙がSFだったから「ネットウヨ」にはならなかったけど、あれで基本語彙がオヤジ系雑誌や政治系のものだったら、ごくたやすく「ネットウヨ」化していただろうなあ。