カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

児玉誉士夫、岸信介、統一協会 @wikipedia

wikipedia児玉誉士夫の項が充実しているので、以下メモしておく。(「きまぐれな日々」http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-57.html 経由)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%90%E7%8E%89%E8%AA%89%E5%A3%AB%E5%A4%AB
児玉 誉士夫(こだま よしお、1911年2月18日 - 1984年1月17日)は、日本の右翼運動家で、A級戦犯に指名されたが後に釈放。後にはロッキード事件の被告となる。「政財界の黒幕」、「フィクサー」と呼ばれた。〔略〕
右翼運動
〔略〕1967年7月、後に統一教会系の反共の政治団体である国際勝共連合の設立につながる、「第一回アジア反共連盟結成準備会」が笹川良一の肝入りで、山梨県本栖湖畔にある全日本モーターボート競走連合会の施設で開催された。この時、市倉徳三郎、統一教会の劉孝之らが集まったが、児玉も自分の代理として白井為雄を参加させた。〔略〕
韓国との癒着
京城商業専門学校出身の児玉は1965年の日韓国交回復にも積極的な役割を果たした。国交回復が実現し、5億ドルの対日賠償資金が供与されると、韓国には日本企業が進出し、利権が渦巻いていた。児玉誉士夫もこの頃からしばしば訪韓して朴政権要人と会い、日本企業やヤクザのフィクサーとして利益を得た。児玉だけではない。元満州国軍将校の朴正煕大統領とは満州人脈が形成され、岸信介椎名悦三郎らの保守政治家や元大本営参謀で商社役員の瀬島龍三が日韓協力委員会まで作って、韓国利権に走った。
児玉が韓国人教祖の文鮮明国際勝共連合を設立するのにつながる働きをしていたことは前節で述べたが、「朝日ジャーナル」によれば、米国では、文鮮明児玉誉士夫笹川良一などを通ずる関係が、米下院国際機関小委員会での証言で明らかになっているらしい。
統一教会も朴政権の反共政策に呼応したため、保護を受けたと言われており、岸信介統一教会に大変賛同的であったことは有名である。右翼の思想的指導者・安岡正篤も朴政権の国作りに共鳴している。
1973年に起こった金大中事件には日本のヤクザがKCIAに協力した。児玉の盟友で暴力団「東声会」の親分・町井久之(本名・鄭建泳)は金大中が泊っていた、千代田区九段にあるホテル・グランドパレスの階をほとんどすべて借り切り、KCIAに使わせた。また、町井は1970年に関釜フェリーの管理権を手に入れ、ソウルにも新しいクラブやキャバレーを作っている。日本ヤクザと韓国軍事政権の癒着を代表する人物である。また児玉・町井ともに三田佳子と親しい。なお、児玉の実姉が韓国に嫁いでいる。〔略〕

安倍晋三統一協会は逝ってヨシ!と憤る同志は、をクリックされたし。