カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

「マンガ表現における児童ポルノ規制問題の基礎研究」

「マンガ表現における児童ポルノ規制問題の基礎研究」http://web.sfc.keio.ac.jp/~oguma/report/thesis/2004/itou.htm
この論文作成者とは何回か会ったことがあるけど、論文作成者に伝えそこなったことと、いくつかの補足を今記述しておく。
この論文作成者は、「AMIはオタクを社会認知させるための団体であってほしい」という願望があり、「オタクのアイデンティティを救済するための団体であってほしい」という願望があった。AMIはその願望を満たさない。なぜならば、AMIの中心メンバーは創作活動者であり、創作者たるアイデンティティでは「内面の救済は作品によってなされるべきである」という信念を共有しているからだ。「政治活動によってなされるべきである」とは我々は価値観として考えないからだ。
AMIがどこまでを構成員とするのかの線引きにずいぶん苦慮し、かなり少数に構成員を限定せざるを得なかったのは、以下の理由による。
1;活動初期にメール情報を最も「有効活用」したのは「規制推進派」である。つまりメーリングリストには「規制推進派」がモニターとして参加していて、どのように我々が対抗運動すべきかメーリングリスト上で話し合っている間に、「反対派に動きがある」ことをキャッチした「推進派」が実際に議員に対しロビーをかけ既成事実を積み重ねる、ということが行なわれた。そのため、メーリングリストで議論することが「利敵行為」化し、メーリングリストでの議論が無理になった。その結果、運動を広げることができなくなった。
2;活動初期に目的を異にする鳥山仁ら(メディ倫?系列)による霍乱活動がしつっこく行なわれ、その結果、実働隊を縮小することが(理念的にはともかく)実働的には現実的だと判断されるに至った。なお、鳥山仁と松代守弘らは最初から少数精鋭主義である。彼らが少数精鋭主義なのは彼らの勝手であるからかまわんが、じゃあなんで彼らがAMIを誹謗中傷し続け、誹謗中傷を広報し続けなければならなかったのかはよく分からない。松代守弘は「団鬼六の人間関係を調べろ」と私に何回か言った後、私への誹謗に加担し鳥山仁は私を狂人だと誹謗アナウンスを始めた。全く意味不明である。団鬼六の人間関係を調べるとその行動の理由が分かるかもしれないが、第一に私は団鬼六の人間関係を調べるための手がかりを持たないし、第二にそんなもん無関係な第三者である俺を誹謗する前に調べた人間が公表しやがれと思う。

ぽちっとな