カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

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日本は明治31年までは「夫婦別姓」だった

たとえば「北条政子」に見るように、少なくとも鎌倉時代までは日本では「夫婦別姓」が常態だったのは知っていたんだが(北条政子源頼朝と結婚した後も北条姓である)、いつまで「夫婦別姓」の習慣が続いていたのかずっと気になっていた。答えを知った。明治31年、1898年、今から109年前に「夫婦同姓」制度が強制的に始まった。ちなみに日清戦争はその4年前の1894年。以下メモする。

結婚後の〔女性の〕改姓の点である。明治まで日本にはこんな改姓という習慣はなかった。少なくとも姓を有していた人々の間では。なぜなら、儒教では、その人の持つ姓を最も重んじて同姓不婚(同じ姓の者とは結婚しない)という理論を立てており、夫婦別姓を守ってきたからである。〔略〕
明治政府は明治三年(1870)に平民に苗字(姓)を使うことを許した。〔略〕その〔苗字の〕強制の理由として、徴兵制の必要からであろうという説を〔熊谷開作は〕出している。私〔加地伸行〕は、明治政府がモデルとした欧米先進諸国がファミリーネームを持っているのをまねたと考える。
しかし、この場合の苗字、氏は、夫婦が別姓という原則であった。女性は結婚後も実家の姓を用いた。〔略〕明治二十六年になっても、内務省は、女性は結婚後も「生家ノ氏ヲ称ス」(すなわち元の姓を名乗る)ことを指令している。
〔略〕さまざまな論争を経て民法が作られ、明治三十一年に公布され、昭和二十二年の新しい民法制定までそれが行なわれた。そのためこの民法七四六条「戸主及ヒ家族ハ其家ノ氏ヲ称ス」こととなった。
〔略〕明治初期に〔日本人の多くは〕姓を持つことになったが、明治二十年代後半までは、女性は生家の姓を用いていた。しかし民法が公布された明治三十一年以後、「夫の姓」ではなくて「夫の家の姓」を用いることになった〔略〕。
〔略〕婚姻をしても、夫婦夫々の氏に変動は起こらないというのが、キリスト教国を除く世界諸民族の慣習法であった。中国然り、韓国然り、アフリカ然り、そして日本また然りであったのである〔略〕。
(加持伸行『儒教とは何か』、中公新書、3-4p)

以上メモする。「夫婦同姓」は109年前、1898年に強制的に始まった「キリスト教国かぶれ」な底の浅い制度であり、日本古来の伝統とは無関係である。「夫婦別姓」は日本古来の伝統である。我々は伝統に回帰すべきである。
余計な比較をすると、マルクスの『経哲草稿』が書かれたのは1844年である。日本の「夫婦同姓」という「伝統」は、社会主義という「伝統」と比べてすら3分の2ほどの短さの歴史しか持っていない。
関連外部リンク http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090905/1252117392

儒教とは何か (中公新書)

儒教とは何か (中公新書)

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