カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか

大学の社会人入試を受けた頃のこと

布団の中で寝付けずにモゾモゾしているうちに思い出したので以下記す。何年前になるかな、塾講師をはじめる1年前か2年前、だからブログを始めるたぶん2年くらい前、2003年頃だったと思うが〔2004年度だった〕、大学の社会人入試を受けたことがあった。あの頃はあの頃で今と同じようなことを色々思い悩んでいて、とにかく受けてみた。合格した。合格したのに入学しなかった。入学しておくべきだったかな。どうも自分は小さな達成がなされるとそれでもういいやと退く悪い癖があるな。入学金とか学費とか目処が立たなくて、もうその時点でけっこうな年齢でもあるし、入学したところで卒業時どうなるんだろうかとつまらないことを考えてしまって、それで入学しなかったかったけど、目処が立たなくても後から振り返ればどうにかなったようにも思う。考えてみるとその1、2年後から、貧乏しているなりに変にムダに小銭が入った。あの小銭を有効に使えば学費は凌げたかもしれないな。目標がない状態だったのでちびちびとムダに浪費してしまったけど。自分はひょっとしたら凄い幸運を持っていて、片端から自分で幸運をドブに捨てているのかな。そうかもしれないな。
思えばあの頃は自分の人生で一番、インテリな人たちとリアルにそれなりにつき合いのある時期だったな。今更言っても栓ないけど、思い出したのでメモしておく。あの頃それなりに付き合いのあったインテリ諸氏諸兄にもっと相談すべきだったのかな。金の目処が立たない時はどうにも相談というものがしにくいものではあるけど。相談というのは本当にしにくいものだ。相談がどうこうではないな。どの道社会常識から外れた人生を歩んだのだから、徹底して社会常識から外れる覚悟をあそこで持つべきだったのかな。
あの頃は天ぷら学生をしていたから、学問的思考法とか学問的な情報の集め方とかを少しわかって、ああ、この程度判ればいいや、と思う気持ちがあったんだろうな。あと数段階上にまで訓練して、巨人の肩に乗るところまで行くべきだった。巨人の肩というものがこの世にはあるのだと知り、ああ、あの辺に肩があるのかな、と見えたような気がしたあたりでやめてしまった。チャンスが開けていたのに、いやチャンスであるのかどうか当時の自分には判断できなかったが、それでもどこかに可能性が広がったかもしれない。自分はそういうところが本当に愚かしい。今も似たような愚かなことをしているな。どれだけチャンスを棒に振るのだか。

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