カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

石原慎太郎とオウム教団

こんなの↓あったな。貼っておく。

http://www.himajin.net/diary/p.php3?80/10/10
 1995年(平成7年)4月、石原慎太郎は突然衆議院議員辞職を表明した。地元の後援会にも知らされず、全く唐突であった。日本の政治に失望したという趣旨の意見を残しているが、とってつけたような感じである。なぜ唐突にやめるのか、全くその説明としては不十分であった。
 しかし、彼は議員辞職をせざるを得ない、大きな事情を抱えていた。
 オウム真理教は、1984年(昭和59年)2月に任意団体「オウム神仙の会」として設立された。その後、1989年(平成元年)8月に、東京都から「宗教法人オウム真理教」の認定を得ている。東京都は頑なに認定を拒否し続けていたのにもかかわらずである。
 一方、石原裕次郎は1978年(昭和53年)、舌ガンのため慶應病院に最初の入院をする。翌年東大病院に転院して再び手術を受ける。〔略〕1981年(昭和56年)、解離性大動脈瘤で再び慶應病院に運ばれる。生還率3%、6時間33分の大手術に耐える。しかし、その後も 1984年(昭和59年)に肝細胞ガンで、1985年(昭和60年)に胆内単胆菅炎でと毎年慶應病院に入退院を繰り返し、1987年(昭和62年)7月 17日に永眠。
 オウム真理教石原裕次郎になんの関係があるのかと思われるであろう。キーワードは「慶應病院」である。1981年に解離性大動脈瘤で入院したときの執刀医がだれであったか、そこに鍵がある。この大手術の執刀を行ったのは、心臓外科医としての林郁夫だった。
 1987年に石原裕次郎が亡くなった2年後、オウム真理教宗教法人になっている。頑なに宗教法人認定を拒否されていたオウム真理教としては、好き勝手なことをするためにはなんとしても宗教法人の認定を受けたかった。林郁夫から1988年に運輸大臣であった石原慎太郎に、状況打開の依頼がいったことは想像に難くない。実際、石原慎太郎運輸大臣の肩書きを背景に東京都にプレッシャーをかけ、オウム真理教はまんまと宗教法人に成りおおせている。
 石原慎太郎が議員辞職を表明した直前の1995年3月20日、地下鉄サリン事件が起きる宗教法人を隠れ蓑にしなかったら、このようなとんでもないテロをオウム真理教は起こせたであろうか。当時、政権は村山富市首相であり、自民党は戦後もっとも弱体化していた不安定な時期であった。阪神淡路大震災の不手際で政府は批判を受け、そして地下鉄サリン事件である。その原因を作った人物が元閣僚経験者で衆議院の赤い絨毯の上で踏ん反り返っていることが衆人の知れるところとなったら、自民党はひっくり返ってしまう。表面的には強がりを言っていたが、詰め腹を切らされたことは、想像に難くない。

林郁夫は慶応病院の医師だったのか。
慶応病院というと、2007年5月に、松岡利勝「自殺」のときの病院だな。

http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20070530#1180470523

201 名前:朝まで名無しさん 投稿日:2007/05/29(火) 18:51:29 41pJdKvd

松岡利勝の「自殺」に対して〕飯島が真っ先に慶応病院に来た訳はなんなのか? 何故近くの虎ノ門病院でなく、遠くの慶応病院に行ったのか? 当時慶応病院には歌手の事故死で記者が集まっていた。結果生々しい心臓マッサージがTV画面に映し出される。しかし大臣の体はもうすでに遺体のように頭から足まで白い布で覆われていた。毛布ではなく白い布。その上から心臓マッサージをする異様な光景。小泉は慶応出身で慶応には顔が利くだろう。そして真っ先に駆けつけた飯島秘書官。TVパフォーマンスには長けているこのコンビが「松岡大臣自殺ドラマ」の画を描いた。
何故そんなメンドクサイ事をしたか? 議員宿舎ですでに死亡していたとなると、変死扱いで司法解剖が必要になる。司法解剖させない為にはなんとしても「病院内での死亡確認」が必要になる。そこで小泉の顔の利く慶応に事前に根回しをしておいた。そして歌手の死亡でTVがわんさか集まっているところで「まだ蘇生措置してます」というパフォを行う。そして筋書き通りにはかどっているかどうかを飯島が確認にいち早く駆けつけてその後の陣頭指揮をとって、官邸に指示して「死亡の確認」のニュースを流させた。
 ような気がする。

松岡利勝は実際には自殺ではなく殺害されたといわれている。その隠蔽に協力したのが慶応病院だ。http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20070531#1180556920 http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20070601#1180634607 http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20070605#1180979780 
オウム教団と統一協会について貼っておく。

http://rightloser.seesaa.net/article/21959295.html
世界日報』が統一教会系のメディアであることは周知の事実。要するに、一連の記事は、統一教会サイドからオウム真理教への「共闘宣言」とも読み取ることができるのだ。
これら統一教会系のメディアが、なぜここまでオウム擁護を展開するのか。もちろんオウム真理教統一教会とは、別個の独立した宗教団体である。ところが、最近オウム真理教にいささか気になる変化がある。新入会員の勧誘方法が、統一教会のやり方と似てきているのだ。....統一教会の場合、一九八二年秋から教団名を隠した勧誘方法をとるようになった。オウム真理教の場合も、新会員を増やすために、統一教会のやり方をまねたと見られても仕方がない。ただここで疑問なのは、ここまでそっくりの手法をどうして会得したのだろうか、という点だ。オウム真理教外報部は「当教団と統一教会は全く関係がない」。統一教会は「オウム真理教との間にはなんら特別な関係はありません」と否定しつつ、「宗教は統一されるべきであるという立場に立ち、あらゆる宗教団体と垣根を作らず話し合い、互いの接点を求めています」(広報部)と語る。しかしその一方で、気になる情報もある。統一教会幹部がオウムの麻原教祖と会談したことがある、というのだ。「確かに私どもの幹部は麻原さんに会っています。宗教的に立派な人だと評価しております」(統一教会員)
(『週刊文春』'94年11月17日号)

http://rightloser.seesaa.net/article/23152003.html
2002年に世田谷区の自宅駐車場で右翼に包丁で左胸を刺されて死亡した政治家の故・石井紘基さんが生前にオウム真理教統一教会の類似点について言及しています。
オウム事件は終わらない』 石井氏生前の言
画像から文章を起こし抜粋

僕の地元の成城で、最近統一教会が建物を借りて改装工事を始めたのです。それで地域住民はこぞってピケをはり、統一教会が建物の中に入れないようにしていますが、こんなことにしても、始まってから何ヶ月経っても政治家はさっぱり表に出てこないんですね。いろいろアプローチしていくと、どうも統一教会の息のかかった政治家というのが随分といるようだと、地元の人も言っていました。未来に向けて社会をどのように改革していくか、ということを政治家が真剣に考えないものだから、その間に経済活動や政治活動を通じて宗教団体にどんどん侵食されているという面がありますね。
錦織:「ともかく私には、オウムは統一教会をラジカルにしたものだという感じがするのです。オウムの原型というのは、つまりオウムの初期の活動形態は、統一教会がやってきたことときわめて類似しているのです。」
石井:「ロシアにオウムが進出していきましたね。ロシアには五万人もオウムの信者がいたそうですが、オウムが行く前に統一教会が、ロシアに進出していました。ところが、そういう連中が、どうも何時の間にかオウム信者とすりかわってしまった。

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