カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

『「声なき声」をきけ』/天野恵一

ずっと以前に言及したhttp://d.hatena.ne.jp/kamayan/20061116#1163625308、『「声なき声」をきけ』についての天野恵一(あまの・やすかず)の書評の続き。webにあったので以下転載する。

http://www.doujidaisya.co.jp/syohyou_koenakikoe.html
 「『高畠さんと話したんだけど、今、声なき声の会には二つの方向があるんじゃあないか。〔略〕結論からいえば、声なき声の会の事務的なものをいっさいトミさんに渡す。
 僕も市民運動をやっているけど、学者稼業だし、しかも政治学者でもあるし、これはいいようで悪い。市民運動、政治運動を観察する立場にあるものが、市民運動の事務的なものを十年間も引き受けているのはおかしいじゃないか。それで市民運動がなりたっているのはおかしいではないか。今の若い人と一緒に安保の運動をやっていくのはむずかしい。一時期、若い人が六〇年安保を歴史的な事件として『たより』をやっていたけど、それでは運動にはならない。我々はまた新しい方向を模索した方がいいんじゃあないか。このあたりで新しい運動をおこす余力をのこして、ピリオドをうちたい。/新しい旗をつくったのは、何かのとき、もう一度、運動をやる可能性を残しておきたいと思ったからである。だけど、声なき声をこのまま続けるのはよくない。中味がないのに六〇年以来の市民運動をして、ずるずると看板をあげて形骸化するのはよくない。このあたりで看板をおろすのがよいのではないか。
 (学者が運動の事務を担うのは、まったく、おかしい事ではない、「中味がない」と思うのならインテリ稼業の自分たちこそが中味をつくるように努力すべきであろうに)と、会の具体的状況などまったく知らない一読者の私が、思わず無責任に声をあげそうになってしまったくだりである。〔略〕
 高畠が運動とまったく切れてしまい、「学者稼業」一本になってしまったことと、あの?デーの時の、マス・メディアのインチキな主張を学術的な表現で言いなおしただけの、学者としてもいいかげんな論理の発表との間には、それなりの因果関係があるように私には思える。運動の中には、他人をでなく自分を「教えみちびく」ものがあるのだ。

小林トミはこの後死ぬまで市民運動「声なき声の会」を続けた。

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画像は http://piapro.jp/content/je67d8g94wbazqjq から。