カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

審議会より、協議会を公開すべき、という意見

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東浩紀さんの提案http://togetter.com/li/86323関係。
東浩紀さんはルソーの理想「一般意思」(後述)を、ツイッターなどテクノロジーを用いれば現実化できるはずだ、と考え、実現化すれば政治の少なくとも「空気」が劇的に変わるはずだ、と考えているのだと思われる。それについて論点とか難点とかはあっても、それは良い考えだと私は思う。
ところで、「審議会」よりも「青少年問題協議会」のほうをむしろ公開すべき、という意見が多い。
「有害指定」の流れは、
「青少年問題協議会」で「有害指定」の枠を作る → 「審議会」で審査
こうであるから、この流れのより上流を公開する方が、より末端を公開するよりも有益なはずだ、という意見であります。
オタク文化に強い偏見を持ってムチャクチャな発言をする人々は、「青少年問題協議会」の方にいるのでありまして、たとえば前田雅英とか新谷珠恵とか後藤啓二とかhttp://d.hatena.ne.jp/killtheassholes/20091002。「青少年問題協議会」のほうで規制の大筋・大枠が決まりまして、「審議会」のほうはそれを受けて実務をこなす、という関係になります。
よって、「協議会」をこそ公開すべき、という意見は妥当だと思われます。
以上記す。

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ところで今回の改定条例に関して、正直言って、東浩紀さんは条文をちゃんと読んでいないのではないか? という疑念がありまして。東浩紀さんは元々暗号解読とかそういうのがお好きな方なのだから、暗号解読として条文を読み込めば、新しい発見があると思われます。猪瀬直樹も条文を読んでいないと思う。

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「審議会」で連想したんですが、すごく余計な話ですが、90年代のマンガ規制反対運動にすごく協力してくださった石塚聡さんという方がいらっしゃいまして、この方がいらっしゃらなければマンガ規制反対活動は現在まで継続できなかったといって言いすぎじゃないのですが、この方はそもそもは都議会議員で「審議会」の構成員でした。石塚聡さんは現在は『マスコミ市民』http://masukomi-shimin.com/という雑誌の編集長で、先の茨城県議会選に民主党から立っていらっしゃったそうです。私は大恩人のこの方の選挙を後から知って、全く何の応援もできなかったんですが、ごめんなさい。また立った時には同志諸姉諸兄、応援してあげてください。
そんなふうに「審議会」は潜在的な味方とか将来味方になる人とかがいるから、仮に公開になったらその辺を理解して観察すること推奨。

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以下、ルソーの生涯と「一般意思」について、2002年に某教授のところでお勉強したメモ↓

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/1274/1033569005/77-82

ルソー(1712−1778)の思想

ルソーは、プラトンベンサムと並んで、最大級にイカレた人物だ。 ルソーは狂気の人民主義者であり、市民主義であり、ナショナリストであり、ファシズムの元祖だ。
ルソーの凄いところは、一般庶民の参加を含めた政治状態を構想したところだ。 これが画期的なところだ。民衆の政治参加はルソーが初めて唱えた。 ルソーは近代民主主義思想の元祖だ。
「子供は純粋で素晴らしい」という思想もルソーが元祖だ。 「理性への懐疑」もルソーが元祖だ。 ルソーは「自然」を賞賛し、文明や教育は人間を悪化させると考えた。
ルソーは数奇な生立ちの人物だ。 ルソーはスイスのジュネーブ出身だ。 ジュネーブカルヴァン派新教の神聖政治による、強度に倫理的な自治都市国家だ。 人口は三万ほど。
カルヴァン派は生真面目で暗い性格の宗教だ。「予定説」という信仰がある。 「予定説」は、救われるかどうか人間には決して判らない、という信仰だ。救われるかどうかは判らないから、せめて、神から与えられた職業を一生懸命やりなさい、という、「天職」の思想がある。
幼い頃のルソーは、この独特の民主制社会で強い倫理観を植付けられ育った。ルソーの父親は、時計職人だった。「市民」階級は上層階級だが、ルソーの父親は市民階級の中では下層だった。スイスは独特な民主制が行なわれている。三万の人口は、どうにかこの独特な民主制が成立する数字だ。
ルソーは早くに母親を亡くした。強度のマザコンになった。ルソーは自己露出癖と迫害妄想が強かった。作品の中でたびたび昔窃盗をしたことなどを告白している。ルソーは父親による個人教育を受け、ギリシャ/ローマの古典に親しんだ。ルソーは職人修行が嫌で、家から脱走した。ジュネーブは夜、城門が閉まる。城門の外にいるあいだに閉じてしまったので、そのまま放浪した。貴族夫人に拾われ、愛人として生活した。貴族夫人と分かれ、パリ社交界で音楽で名を成そうと考え、成功しなかった。「結んで開いて」の曲はルソーが作った、という説があるそうだ。
37歳のとき、懸賞論文がヒットした。ルソーはヴォルテールやディドロに対抗意識を持っていた。この懸賞論文は「学問と芸術の進歩は、習俗の純化に寄与したか?」という課題だった。ルソーは、美文調で、「寄与しなかった」という論文を書いた。『学問・芸術論』。 学問や芸術は、圧制を装飾するものだ。素朴な古代の民の美徳を汚す、という論文を装飾された美文で書いた。ひどく屈折した論文だ。
「自然 nature 」を「芸術/人為 art 」は堕落させる、と、ルソーは説いた。 「芸術/人為 art 」は、外面と心情を分離させ、個人と社会を分裂させ、自己の欲望のために他人を欺くようになる。利己的な学者や、利己的な芸術化ばかりで、公に殉ずる・社会と一致する 「市民」がいない、と、ルソーは説いた。美文調で。社交界に馴染めない田舎者のルサンチマンが爆発した論文だ。これがヒットした。
ルソーのイメージする「市民」は、個人と社会が一致した存在だ。
ルソーは続いて、特異な自然状態論『人間不平等起源論』を書いた。ルソーは、ホッブズの考える「自然状態」(万人は万人に狼である)を批判した。ルソーは、自給自足で原野をさまよう自然人像を説いた。この自然人は他者との関係がない。愛情もない。独占欲もない。同情心はある。自己愛はあるが他者と競う自尊心はない。 …これでは獣だ。だが、獣と違い、自己完成能力がある。この「自然人」像は、ルソー自身がジュネーブを離れ放浪していたときの姿だ。ルソーは当時の旅行記を多く読んでいた。旅行記に登場する野蛮人の姿をそれに加味している。
産業発展は自己完成能力の発露だとルソーは考えた。だが産業発展と土地私有は不平等の起源だとルソーは考えた。 この土地はオレのものだ、と、誰かが柵を囲ったとき土地私有がはじまったとルソーは考えた。 人間は、自己完成能力を利用し、人為 art を退け、神の意志に沿う道徳を追求し、その道徳を第二の本性 nature にするべきだ、と、ルソーは説いた。
ホッブズの説いた「国家」は、恐ろしくてかまわないし、恐ろしいだけの存在だ。 ルソーの説く「国家」は、全く別な姿をしている。
『社会契約論』は近代民主主義思想の元祖だ。 道徳を実現する秩序のためには、個人と社会、外面と心情、他人と自分が、完全に一致した状態になるべきだとルソーは考えた。これらが分裂しているから不幸なのだとルソーは考えた。 構成員は、自分の全ての権利を共同体に譲渡する契約を行なうべきだと考えた。 それにより、共同体は「共通自我 moi common 」となり、「一般意志 volonte generale 」を持つ。自分の自我は全て共同体の自我だ。共同体の意志は全て自分の意思だ。 この状態こそが幸せな状態だ。と、ルソーは考えた。
「一般意志」は単一不可分であり、構成員の意志の単純総和である全体意志 volonte de tous とは違う。渋々と他の人の意見に合わせるなんて人間は一人もいない。 構成員の意志はすべて一般意志と一致する。社会と個人、自分と他者が一致する。 この「一般意志」に主権があれば、政治体制はなんでもよい。できれば民主制がいいが。
「一般意志」が構成できないときは、「神の如き立法者」が法を強要して「一般意志」を創り出す。この「一般意志」を体現した共同体に貢献するのが「市民」だ。と、ルソーは考えた。 「市民宗教」を創出するべきだと考えた。「市民宗教」に同調できない者は追放する。 古代ギリシャ・ローマの市民集会を理想とした。代議制は「選挙による貴族制だ」と非難した。 選挙ではなく抽選を賞賛した。 この国家は、全員が習慣・財産・能力・思考などにおいて一致する、ごく小さい国家でないと不可能だ。
『社会契約論』より
A;一般意志がよく表明されるためには、国家の中に部分的社会がなく、各市民が自己の意志だけにしたがって意見を述べることが肝心である。
B;ひとたび誰かが国事について「俺の知ったことか」と言い出したら、国家の運命はもはや尽きたと観念すべきである。
C;民主政というこの政体は、統一しがたい、なんと多くの困難な事柄を前提とするものだろうか。第一に、ごく小さな国家であって、たやすく人民を召集することができ、各市民がみな知り合うことが容易にできること。第二に、習俗がごく簡素であって、あまたの事務を処理したり、厄介な議論をしないですむこと。それから、地位や財産の平等がおおかた守られていること。
D;真の民主政はかつて存在したことがなかったし、これからも決して存在しないだろう。
ルソーの説く国家は「決して存在しない」ユートピアだ。ルソーはユートピアを熱く語っている。 ルソーは、全体主義の元祖だ。
ルソーの思想は、近代民主主義の思想であり、国民国家の思想だ。 フランス革命ジャコバン派は、ルソーの思想を好んだ。 国民国家での民主主義の理想型だとジャコバン派は考えた。
果たして現代はこの理想を実現できるだろうか、また実現するべきだろうか。 政治思想は、極限まで突き詰めると、SFになる。SFを書きたい者は、政治思想を勉強しておくといい。

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画像は http://piapro.jp/t/0s_h(げげげのげんがー)から

思想地図β vol.1

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社会契約論 (岩波文庫)

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