カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

表現規制反対活動を昔していた。元エロマンガ家。元塾講師。現在は田舎で引きこもりに似た何か。

『アーロン収容所』社会階級と身体差

以下、『アーロン収容所』(会田雄次中公新書、1962年)の、社会階級と身体差についての記述。

青白きインテリはいない

私たちが一見して〔英軍の〕士官と兵とを区別できたというのは〔略〕体格、とくに身長である。五尺七寸(1.75メートル)の私より背の高いのは下士官や兵ではすくない。五尺四寸くらいのものがすくなくないのである。しかし士官は、大部分が六尺以上もあると思われる大男で、私より低いものはほとんどいなかったのである。〔104p〕
英軍の階級制度は日本とはちがって一般の社会構成をかなり正確に反映している。一般人が応召した場合、短い訓練期間ののち、かれらはもとの社会的地位にふさわしい階級をうけ、それに適合した兵種にまわされるのがふつうである。〔104〜105p〕
〔略〕ときどき通訳めいたことをやらされたので、二、三の将校に、お前は何者だと質問された。「京大を出て、あるカレッジの講師をしている」というと、ウソを言うなと叱られるのが常であった。大学を出た男が兵卒であるはずがない。講師であれば中尉以上にはなる。お前はスパイ役か何かの特務工作員で英語の訓練をうけた男ではないか、と疑うのである。〔105p〕
とくに士官と下士官・兵との間には、これでも同じイギリス人かと思われるほどの差がある。士官はいわばホワイト・カラーであり、下士官は労働者である。〔105p〕
近代国家の中で日本だけが特殊なのである。戦後になって、戦前の日本の国家や社会に対し、ブルジョア国家だとか、独占資本の支配だという定義がされるのを聞くごとに私は不思議に思った。ブルジョア国家だったらブルジョアが軍隊も支配できるはずだ。しかし日本の軍部という特殊世界にはブルジョア社会の片鱗さえもない。一般社会の体制は軍隊のなかでは完全に無視されている。常時ならともかく戦時の軍隊は国家の支配秩序をある程度反映するものであろう。そうだとすると日本の社会はブルジョア社会でなくて封建社会、すくなくとも絶対主義社会である。支配者は職業軍人である。〔106p〕
〔英軍の〕士官と兵隊が一対一で争うとする。たちまちにして兵は打倒されてしまうだろう。剣やピストルをとっても同じことと思われる。士官たちは学校で激しいスポーツの訓練をうけている。フェンシング、ボクシング、レスリング、ラグビー、ボート、乗馬、それらのいくつか、あるいは一つに熟達していない士官はむしろ例外であろう。そして下士官・兵でそれらに熟達しているものはむしろ例外であろう。士官の行動は、はるかに俊敏できびきびしているのである。
考えてみれば当然である。かれらは市民革命を遂行した市民(ブルジョア)の後裔である。この市民たちは自ら武器をとり、武士階級と戦ってその権力をうばったのだ。共同して戦ったプロレタリアは圧倒的な数を持っていたが、そのあとかれらが反抗するようになると市民たちは力で破砕し、それを抑えてきたのである。私たちはこの市民の支配を組織や欺瞞教育などによると考えて、この肉体的な力のあったことを知らなかった。
「なるほど、プロレタリアは団結しなければ勝てないはずだ」
これは労働運動をやっていた一戦友のもらした冗談でもあり、本音でもあった。
日本の市民層はこのような歴史を持たない。自分たちの利益を守るために武力を用いた経験などまったくもっていなかったと言えるであろう。
私たち〔日本人〕は“青白きインテリ”ということばにならされてきた。戦前戦後を通じ、教養と体力とは本来的に別物である、別物であるどころか対立物であるというのが私たちの観念でさえあった。〔106〜107p〕
それは日本の特殊な歴史によって生み出された特殊な結果でしかない。私たち〔日本人〕は市民社会を旧武士階級から与えられた。旧武士階級は一方は官僚や政治家、一方は軍人となったからである。そしてその保護育成のもとでは肉体的な力を養う必要はなかった。その代わり、武士階級の一部は武力を背景に、軍人として支配階級の一隅に、いや、その頂点にどっかと居すわり続けてきたわけである。〔108p〕
マルクスの見たイギリスのブルジョアというものの具体的な姿は、私たちが観念的に見ている日本のブルジョアなどとまったくちがったものだということは確かであろう。〔108p〕
イギリス軍人に接した私たちは、階級という意味をまざまざと見出すことができたのである。一般社会ではこのようにあざやかに両者を団体として対比して眺めるわけにはゆかない。〔109p〕
イギリスの交通巡査、あの背の高いユーモラスな交通巡査は、このごろ〔1960年代〕なぜか募集難になったという新聞記事があった。〔略〕巡査という職業へはいわゆる上層からは出願しない。イギリスの巡査は道をたずねると親切に案内してくれたりするが、そのときお礼としてチップを差し出すと「ありがとう」と受けとってポケットに放りこむ。チップをもらうような職業人の社会的地位は低いのだ。一七〇センチ以上という巡査になるための条件は士官階級にはいくらでもあるが、下士官・兵の階級にはきわめてすくない。好景気になれば募集難になるのは当然である。〔109〜110p〕

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画像はhttp://piapro.jp/t/UpYU(苺パフェ)から。

アーロン収容所 (中公文庫)

アーロン収容所 (中公文庫)