カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

『アーロン収容所』人間の才能の型

『アーロン収容所』の中で一番好きな部分。ここを紹介したくて『アーロン収容所』を再読していた。戦闘中のエピソードが入っているから冒頭部の記述だと思い込んでいたのだが、後半にある記述だった。以下ページ数は中公新書版。

人間価値の転換

捕虜生活が進んでくるにつれて、私は一つの現象に気付いた。それは、私たちの日常生活における指導的な役割を果たすものが交代し、新しい指導者層が現れてきて、生活の雰囲気が急速に変わってきたことであった。〔188p〕
旧日本軍隊内での「価値」には二つのものがあった。正式なものと、正式でないものとである。つまり一つは階級であり、もう一つはそれとは別格の、海軍でいう「神様」、つまり精神的にだけだが特殊に尊敬をうけている特技者である。〔190p〕
私たちの中隊は数度の戦闘で見る見る消耗し、〔略〕正規の攻撃をうけたら瞬時に全滅してしまうだろう。退避(つまり逃げることだが)の手筈も充分につけておかねばならない。
こういう状態のとき何よりの核心となったのは、中隊長でも小隊長でもなく、水田伍長であった。京都伏見の鋳造工芸者だということであった。水田伍長の仕事は山ほどあった。ほとんど全員マラリヤが慢性化し、自棄的になっている。その一人一人を励まし叱咤して役目を果たさなければならない。〔190〜191p〕
病気と疲労で兵隊たちは気持が荒びきっていることはすぐ感じとれた。〔略〕しかし、私はかれらの投げ合うはげしい言葉のなかのどこかに、みんなを結び合わせているきずな〔原文傍点〕のようなものを感じた。
それは私がこれまでずっと配属されてきた混合部隊にはなかったものである。それだけで、長い間離れていた自分の家へやっと帰りついたという感じがある。〔192p〕
このような連帯感が生まれたのは、長い間戦ってわずかに生き残った仲間をもう失いたくないという感情から生まれたものだと私は考えた。しかし、それだけではなかった。それだけにしては、何か一つぴんと筋の通ったところがあるのが不思議だった。その筋を通す役割を果たしているのが水田班長なのであった。〔略〕
水田班長は料理をつくるのが好きで、いろんなものをつくってはみんなに食べさせていた。あるとき汁粉をつくろうと思いついた。〔略〕二人で丸半日がかりの仕事であった。「汁粉ができたぞ」と叫ぶと病人まで出てきて、飯盒二杯分ぐらいの汁粉はあっという間に空になった。誰も礼も言わず、あと始末もせず引き上げてしまったので、井出上等兵が怒って怒鳴った。〔略〕
「おこるなよ」水田班長は、おだやかな、それがくせのようなくしゃくしゃ笑いをして見せた。
「おれたちだけで食ったら腹は満足するが、気持がわるいやろ。みんなに分けたら足らんけど、まあすまない気がせんやろ。お前も平気で怒れるやろ。怒っても悪かったという気にならんでよいやろ。それが心の満腹だというのやとわしはきいたことがある。みんなうまそうに食いよった。それでよいのや」
〔略〕水田班長はたのしげだった。私はこの答えを聞いてすこし驚いた。説教めいてそういうことを言う人があるが、それをこんなとき実行できる人があるとは信じられなかったのである。
これ以後、私は水田班長に注意がひかれた。見ているとかれは、毎日私たちの二艘のオンボロ丸木船のところへ行く。偽装が充分であるか、かけてある木の枝が枯れているかどうかを調べ、船を裏がえしにしてはたえずタールを丹念に塗る。タールはこの部落にあったのを毎日消し炭で暖めるのである。すこしでもそれを怠ると、いたるところ布を張って修理してある丸木船はどんどん浸水してしまう。この船だけが私たちの生命を救うかもしれないのだ。しかしこういう面倒なことをくりかえすのはほとんど水田班長だけである。昼間は煙が出せない。夜、床下で薪をたいて消し炭をとっておくのもかれの仕事であった。〔193〜195p〕
ところが、捕虜生活が続いて、しだいに平穏無事な生活に私たちが慣れてくるにしたがい、この水田班長の存在は、だんだんその比重を失っていった。かれの行動に変化があったわけではない。いつでも班長は誠実にその務めを実行していた。しかし捕虜生活では、そのようなものがかならずしも必要ではなくなってきていたのである。〔195p〕
水田班長の生甲斐は、自分では自覚していなかったらしいが、こういう平凡な日常生活からは生まれてこず、危機をはらんだ世界のなかで、それに対応する緊張した生活を持続させるところにあったようである。いわば非常事態向きの人間であった。〔196p〕
その反対に、しだいに発言権を持ってくるのは、何よりも泥棒がうまく、要領がよく、そしてかなりゴテることのできる心臓と、論理はどうでもよいが「名文句」の入ったとうとうたる弁舌の持ち主である。日本の議員さんみたいな人間である。〔197p〕
〔略〕水田班長のような人柄は、こういう曲芸的なこと向きではない。大変不器用なのである。しかもかれは弁はたたず、議論は下手だった。対陣中は絶対的な信頼をかち得ていたかれが、いつの間にか、その存在すら忘れられるようになっていったのは、やむをえなかったのかもしれない。〔197〜198p〕
おなじような運命を持ったのが谷本兵長であった。〔略〕谷本兵長の真骨頂は戦闘そのものにあった。〔略〕こわさというものを感じない男のように見えた。その勇敢さは中隊の伝説のようになって伝えられていたのである。
しかし、収容所の生活が落ちついて、私たちが見定めたこの通称たっつぁんこと谷本兵長は、仕様のない男だった。人柄ではない。人柄はよかった。こういう人にありがちな陰鬱さはない。よくはしゃぎ、よく怒った。愚痴は決して言わないからりとした男で、誰からも好かれた。しかし始末に困るのである。捕虜の作業をなまけるのは、私たちもおなじことである。誰が敵国の仕事に一生懸命になるものか。しかし英軍の激しくうまい使い方の前では、一人がサボると仲間に大きい迷惑をかけることがある。
しかしそんなときでもたっつぁんは、平気でサボった。〔略〕収容所内でも掃除はしない。食事の仕事もしない。もちろんそのあと片付けもしない。いや、しないのではないが、かれにかませておくと不潔で困る。〔略〕戦闘における英雄的行為への尊敬が失われてはいなかったが、すぐこのたっつぁんは、もう英雄でもなんでもなく、不潔で不精で、どちらかといえば迷惑な存在になってしまったのである。〔199〜200p〕
〔略〕谷本兵長には水田班長よりもっと激しい危機が必要とされるようである。そして、この刺激が与えられたとき、谷本兵長の眼が輝き、水を得た魚のように行動を開始する。砲爆撃、火焔放射器、戦車、私たちがそれに圧倒され恐怖によって度を失い、行動が敏速を欠き、判断に誤りを生ずるようなときに、かれだけがまるで別人のようにその全能力を発揮するのである。水田班長はすこしちがう。危機が突発的で急激な場合よりも、もっと持久的で、じわじわと迫ってくるような、つまり漠然たる危機のときに、もっともその本領を発揮する。私たちが疲労と不安で行動が不能になり、判断力が麻痺し自棄的になってしまうようなときに、水田班長の肉体と精神はかえって冴えてくるのである。その代り平凡な日常生活ではこの二人の気質は発揮されず眠ってしまうのだ。
私はこの二人を見て、昼行灯ということばを否応なしに思い知らされた。水田班長は大石良雄だ。堀部安兵衛は谷本兵長だ。二人とも、赤穂が平穏無事なときは無用ではないにしろ、ほとんど光らぬ人間だ。もし内匠頭の刃傷がなかったら、大石はやはり昼行灯として終わったろう。〔略〕
人間には種々の型があり、万能の型というものはない。異なった歴史的条件が異なった才能を要求し、その型の人物で、傑出し、しかも運命にめぐまれた人物だけが活躍した。古代の偉大な政治家も、現在では村会議員にもなれないかもしれない。〔略〕
もっとも、この経験を一般的に拡大することはあぶない点がある。〔略〕水田班長も谷本兵長も、思考や理論とはあまり縁のある方ではない。信念や理想がからんでくるとどういうことになるかは、これだけでは判断できないようである。〔200〜201p〕

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画像は http://piapro.jp/t/2rRp から

アーロン収容所 (中公文庫)

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