カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

表現規制反対活動を昔していた。元エロマンガ家。元塾講師。現在は田舎で引きこもりに似た何か。

書物は商品か?

内田樹『街場のメディア論』http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20110426/1303828723続き。

第六講 読者はどこにいるのか

安く買い叩こうとする買い物客と、高く売りつけようとする商人の間のゼロサム的なネゴシエーションをモデルにして、多くの人が出版ビジネスについて語っている。〔128p〕
出版をビジネスモデルに基づいて思量している限り、出版危機についての実践的結論は「既得権益を小出しに失いながら滅びていく」というあたりに落ち着きます。〔127p〕
でも、僕はこのような構図でしか現況をとらえることができない知性の不調こそが実は出版危機をかたちづくっているのではないかと思うのです。
「読者は消費者である。それゆえ、できるだけ安く、できるだけ口当たりがよく、できるだけ知的負荷が少なく、刺激の多い娯楽を求めている」という読者を見下した設定そのものが今日の出版危機の本質的な原因ではないかと僕は思っています。〔130p〕
書物が商品という仮象をまとって市場を行き来するのは、そうしたほうがそうしないよりテクストのクオリティが上がり、書く人、読む人双方にとっての利益が増大する確率が高いからです。それだけの理由です。書物が本来的に商品だからではありません。〔略〕
ということは、もし、書物がもっぱら商品的にのみ流通することで、「いいこと」が損なわれ、「よくないこと」が起きるなら、商品としての仮象を棄てるという選択肢は当然検討されてよい。〔139p〕
著作権というのは単体では財物ではありません。「それから快楽を享受した」と思う人がおり、その人が受け取った快楽に対して「感謝と敬意を表したい」と思ったときにはじめて、それは「権利」としての実定的な価値を持つようになる。著作権というものが自存するわけではない。僕はそのように考えています。けれども、これは圧倒的な少数意見です。〔140p〕
〔たとえば〕映画ファンは誰でもロメロが監督した〔ゾンビ〕シリーズ最新作を観たいと願っている。でも、他人が著作権を持っているせいで、それが許されない。〔略〕
こういう考え方はおかしいと思いませんか。〔140-141p〕
〔ロメロの〕一ファンとして言いたいことがあります。それはコピーライトはどんなことがあってもオリジネイターの創造意欲を損なうようなしかたで流通されてはならないということです。〔142p〕
ビジネスが創作活動にかかわってくるのは、ビジネスがかかわったほうがクリエイターの「やる気」が亢進し、リスナーや観客や読者が享受できる快楽が増大するからです。ですから、逆に、ビジネスがかかわったせいでクリエイターの自由が奪われ、インスピレーションが枯渇し、ファンが作品を享受する機会が失われるなら、ビジネスは創作にかかわるべきではない。これがそこから著作権についての議論が出発すべき基本原則だと僕は思います。〔143p〕
〔略〕本を書くというのは本質的には「贈与」〔略〕読者に対する贈り物である、と〔内田樹は考える〕。
〔略〕その書きものを自分宛ての「贈り物」だと思いなす人が出現してきて、「ありがとう」という言葉が口にされて、そのときはじめて、その作品には「価値」が先行的に内在していたという物語が出来上がる。〔145p〕

第七講 贈与経済と読書

僕が「感謝の気持ち」といういささか情緒的な言葉で言ったのは、人類学者の言う「反対給付」(contre-prestation)のことです。贈り物に対する返礼義務のことです。マルセル・モースも、ブロニスワフ・マリノフスキも、クロード・レヴィ=ストロースも人間社会の基幹制度はすべて反対給付義務に基づいて構築されているという仮説に基づいてその人類学モデルを体系化しました。そして、この仮説の妥当性は今のところ反証されておりません。〔168p〕
すべての読書人は無償のテクストを読むところから始めて、やがて有償のテクストを読む読者に育ってゆきます。〔略〕ですから、無償で本が読める環境〔ネットや図書館〕を整備することで、一時的に有償読者が減ることは、「著作権者の不利」になるという理路が僕には理解できないのです。
無償で読む無数の読者たちの中から、ある日、そのテクストを「自分宛ての贈り物」だと思う人が出てくる。著作者に対して反対給付義務を感じて、「返礼しないと、悪いことが起きる」と思った人が出てくる。そのときはじめて著作物は価値を持つ。そのような人が出てくるまで、ものを書く人間は待たなければならない。〔187p〕
けれども、商取引モデルで書籍を論じる人は「待つ」ということができない。それは「待つ」ことは「損すること」だと教えられているからです。〔188p〕

内田樹は、出版危機を打開するためには、書物へ「反対給付」としての金銭を払いたいと考える「読書人」を育てるべきだとこの本で述べている。
関連 http://togetter.com/li/129977

街場のメディア論 (光文社新書)

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