カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

『戦争の世界史』粗筋

1

マクニールの『世界史』がベストセラーになっているhttp://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120317-OYT1T00473.htmと聞いて、嬉しかったり、もにょったり。まあ嬉しいんですが。

世界史 上 (中公文庫 マ 10-3)

世界史 上 (中公文庫 マ 10-3)

2

マクニールの『戦争の世界史』再読終了。
訳者があとがきにて『戦争の世界史』の内容を章ごとに紹介しているので、それをさらに圧縮して以下記す。

戦争の世界史―技術と軍隊と社会

戦争の世界史―技術と軍隊と社会

3

第一章 「古代および中世初期の戦争と社会」

青銅器・二輪車・鉄器など画期的技術が開発され普及されるたび、ユーラシア大陸に割拠する人間集団の力のバランスが傾き、階級関係が変わっていく過程を、高い圧縮度で語る。騎馬戦術はユーラシアのステップ遊牧民を圧倒的優位に立たせ、それに対抗する重装騎兵の騎兵の採用がヨーロッパ中世社会の封建化を結果した。

第二章 「中国優位の時代」

市場価格の変動に応じる「市場志向的行動様式」が初めて臨界量を超えて作用しはじめたのは宋元時代の中国だった。そこから発した経済刺激がインド洋貿易圏を経て全世界に普及した。という仮説。世界史における近世は宋元中国によって芽吹き牽引され動き出した。工業的規模の石炭製鉄までいっていながら、中国の市場経済は、支配階級である士太夫文官層に民間企業家への警戒感があり、頭打ちとなった。
市場経済が青天井の発達を見せたのが、複数の国家からなるヨーロッパだった。互いに競合する王侯が、税収源がライバルへ逃げては困るので、民間起業家に無制限の資本蓄積を許した。

第三章 「ヨーロッパにおける戦争というビジネス」

主題は、北イタリアにおける傭兵軍団の発達、フランスとブルゴーニュ公国における攻城・艦載砲製造技術の発達、イタリア式築城術の発達。中国でしおたれヨーロッパで威張っていたのは、民間起業家だけではなく、軍人もそうだった。ヨーロッパでは「戦争という技芸」を駆使する専門技術者として、雇い主の王侯となかば対等な請負契約関係を結び、海陸で独立独歩の活躍をした。民間企業家と軍人は、20世紀の軍産複合体の前身にあたる「軍事・商業複合体」をなしており、ヨーロッパの王侯たちはライバルとの対抗上、この複合体に依存し「商業化された戦争」を戦うことを余儀なくされた。税率を適正な水準でとどめ民間起業家に税金を納めてもらい、その資金で軍事専門家を雇い戦ってもらうことで、軍人企業家の支出が有効需要として民間経済を刺激し、増加した税収でさらに軍事力が高度化する。ヨーロッパにおける市場経済の急成長と、「戦争という技芸」の非ヨーロッパ世界に対する百戦百勝の優位の確率は、双子の現象だった。

第四章 「ヨーロッパの戦争のアートの進歩」

イタリアで発生した「軍事・商業複合体」が17世紀に、ワレンシュタインボヘミアグスタフ・アドルフスウェーデンのような後進地域にまで普及し、ナッサウ伯マウリッツ*1が創始した軍事教練という大発明により、「商業化した戦争」の威力がいよいよ増していく。

第五章 「ヨーロッパにおける官僚化した暴力は試練の時をむかえる」

非ヨーロッパ世界に対してヨーロッパが圧倒的軍事的優位をかちえたことから、その東西両端に位置する辺境国家ロシアとイギリスが最大の利益を得て急速に国力を伸長させる。続いて18世紀フランスでグリボーヴァルら新世代の知性派の軍人が、野砲の開発、師団組織の採用、平時から作戦計画を立案しておく参謀業務の創始といった新機軸を次々うちだし、フランス革命ナポレオン戦争を準備する。

第六章 「フランス政治革命とイギリス産業革命が軍事に及ぼした影響」

マクニールは、フランス国民軍を軍事的大革新とみる通説に与しない。カルノーやナポレオンは、18世紀の人口増加で農村からあふれ出した革命的群衆を、グリボーヴァル時代にはほぼ仕上がっていた装置に投入したにすぎない。
イギリス産業革命は軍需の助けをうけ人口増加を吸収したものの、戦後の軍事技術はむしろ旧に復する傾向を見せた。

第七章 「戦争の産業化の始まり」

19世紀半ば、イギリス産業革命の成果はついに「軍事・産業複合体」が支配する「産業された戦争」を生み出す。アメリカで開発されたフライス旋盤技術により、後発ライフル小銃の大量生産が可能となり、それまでヨーロッパ最強だったロシア陸軍は、産業技術の遅れによってクリミア戦争に敗北した。この時代の特徴は、民間技術の方が陸海軍工廠より進んでいたことで、クリミア戦争中にイギリスの実業家ウィリアム・アームストロングは、民間産業の製造技術を兵器生産に応用するだけで画期的新兵器ができると気づき、難なく後装施条砲を開発した。これがクルップに代表される近代兵器産業の嚆矢だった。敵味方とも後装ライフル小銃を駆使する新しい戦争は、防御側が攻撃側に対して圧倒的有利にたつ性格のもので、そのことはアメリカ南北戦争で予示されていたが、たまたまプロイセン普墺戦争普仏戦争で快速の勝利をおさめたことで、新時代の戦争についての誤ったイメージが普及し、ドイツ大参謀本部は実力以上の威信をかちえた。

第八章 「軍事・産業間の相互作用の強化」

19世紀末に、イギリスを中心に建艦ブームが起きた。1906年「ドレッドノート」級戦艦の出現で頂点に達した。そこに至る技術革新は、海軍側が実現すべき性能を指定して民間の軍需企業に開発を促す「お上の注文を受けての技術開発」となった。これは20世紀に国家とあらゆる民間大企業の間に生じる癒着関係のはしりだった。装備の選定について海軍首脳部は判断能力を失い、軍需企業もどんな納入価格をつけるべきかわからなくなり、政府もどんどんふくらむ建艦予算を統制できず累進所得税に新しい財源を求めていった。指令原理〔市場原理の反対。権力による指令が経済原理に優先する体制〕が優位を占める20世紀の「経営された経済」は、この建艦ブームによって発生した。

第九章 「二十世紀のふたつの世界大戦」

「経営された経済」は英独仏三国の戦時産業動員によって全経済をおおいつくした。

第十章 「軍備競争と指令経済の時代」

「経営された経済」は戦後の米ソ冷戦期にも引き継がれる。
しかし世界史を振り返るとむしろ、「戦争という技芸」と民間企業が国家の統制から高度の自由を許され、その結果、めくるめくような資本蓄積と軍事力強化が起こった近世・近代のヨーロッパは、世界史上空前の異常な時代だったのであり、20世紀にいたっていわばそれは常態に復した、とマクニールは結論づける。