カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

ネトウヨ的老人の言説とか

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先に述べた同業者の人々http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20121116/1353067397は、「地元の人の中では善人の部類なのだが、政治の話題になるとネットウヨクと同じことしか言わない」全員60歳以上の地主な人々http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20101110/1289397484だが、
自民党への評価はわりと低かった。とくに原発政策への評価が。
ほほお、じゃあ今回の選挙は、自民党はそれほどは伸びないかな。

2

この同業者の人々は、「政治の話題になるとネットウヨクと同じことしか言わない」全員60歳以上の、地元では地主な人々だが、
尖閣諸島問題に関係する『外交問題』」と「日教組」というキーワードになると完全にネトウヨ化する。同行していた60歳過ぎの千葉県の老婆が特にそれが酷かった。
彼らは個々の政策・政治トピックの相互関連性を理解していない。一つの政治トピックはその政治トピックだけで完結している。他の政治トピックについて語るときとまったく断絶してネトウヨ的トピック」の時だけネトウヨ的に「神経症的に」噴き上がる
原発とか雇用とかの話題のときは「リベラルな」言説を彼らはコピーする。
彼らは「(尖閣諸島問題・北朝鮮問題・従軍慰安婦問題を焦点とする)外交問題」と「(「日教組」をキーワードとする)「教育問題」を語るとき、過度に感情的になり、事実を無視して「ネトウヨ的物語」を語りだす。
この「ネトウヨ的物語」を共有しているという意味において、彼らの中で安倍晋三石原慎太郎への評価が高い。

3

彼ら、ネトウヨ的老人を観察して思ったのだが、「外交問題」と「教育問題」は彼らにとって「その話題だけで独立した物語」になっていて、他の政策議題とは彼らの内面で知的に独立・断絶している。
ちょっと言葉が巧くないので別な言い方をしてみる。
「教養」と「雑学」の違い、というものがある。
「教養」は情報が系統立ててあるので、一つの事柄から他の事柄に適切に思考・情報が発展・展開する。
「雑学」はそれだけで情報が途絶して他の事柄とつながらない。「ネトウヨ的言説」とは、「雑学」に分類される。別な言い方をすると、他の政策議題、たとえば雇用とか経済とか、そういうものと決して接続しないことによって成立している。

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他の政治議題・政治課題と接続できない政治トピックとしての「外交問題」「教育問題」の「ネトウヨ的偏見」を刷り込まれた人は、その話題については「感情的・情緒的に噴き上がる」というところまでセットで刷り込まれている。
この「刷り込み」を持った人が、たとえばネット老人になった場合、他の議題を語っているときは正常であっても、「外交」「教育」を語るとき、「ネトウヨ的物語セット(情緒の噴き上がりセット付)」を語り、相手に「この激情に同感するのが当然である」という態度を要求する。
しかしながらこの「ネトウヨ的物語セット」は他の政治課題との練られた知見を欠くことで成立しているので、物事を深く見ている人からの軽蔑をしばしば被る。
同時にこの「ネトウヨ的物語セット」は情緒噴き上がり付であるから、同じ「ネトウヨ的物語セット」を持っている人からの非理性的情緒噴き上がりを喚起する。これで同じ方向性での情緒興奮共同体というものができあがっていく。この共同体は自省能力を欠くことで成立している。

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といったことを感じてしまった。
この「ネトウヨ的物語セット」への粘り強い反論がなされることは国益に適い、この「ネトウヨ的物語セット」に非理性的共感していることは売国行為であるのだが、「ネトウヨ的物語セット」は売国的思考を愛国の名のもとに伝染させるというミーム(文化)を持っていて、老いも若きも思考の浅い人はそのミームにけっこう侵されるので、さて面倒くさいことである。

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関連 
70年前の同類の例 http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20051214/1134509973 
鏡面の例 http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20110322/1300805275 
ネトウヨ関連 http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20050728/1122495007
[2012年11月23日11:41追記]草の根保守運動関係 http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20110306

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