カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

嫁の出産に付き合って気づいた事のメモ

http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20121212/1355322509の続き。
嫁の出産に付き合って気づいたことのメモ。
1;私は自営業で今がオフシーズンだから嫁の出産にずっと付き合えたが、これで給料取りだったらこんなに付き合うのは難しい。シングルマザーが出産するたいへんさとなると物凄いものとなる。付き添いがいないと出産はしんどすぎる。体力的にも精神的にも。しんどすぎるのだから出産に対する社会的なバックアップは今以上に必要。
2;こんだけ近代化された病院での出産があんだけしんどかったのだから、前近代社会の出産のしんどさはどんなものだったのだろう。
3;陣痛から出産までずっと嫁に付き添っていたけど、嫁の苦しさというのはつまるところ私には判らない。同じ場所にいて同じ空気を吸っていても、相手の苦しみというのは判らない。判らないのだということを判ることはそれなりに大事。
4;嫁は産後、「よく最後まで頑張った」「よく途中でもうやめると言わなかった」「よく投げ出さなかった」と看護師たちに褒められたが、「え? 途中でやめるって、アリなの?」と私と嫁とビックリしたんだが、あれはどういう意味で言っていたんだろう。陣痛促進剤投与をやめて翌日に持ち越す、という意味なんだろうか。もうたいへんでかったるいから帝王切開してくれと言いだすという意味だろうか。
5;陣痛から出産に至る脳内麻薬の分泌を嫁はかなり冷静に自己把握していた。こういうところが我が嫁は改めて偉い。
6;高血圧が理由で陣痛促進剤投与に嫁は至ったのだが、入院中の嫁の血圧値は正常だった。我が家庭でのストレスが高血圧の原因だったんじゃないかなあ、入院だけして血圧値だけ調べて様子を診るという選択肢がありえたんじゃないかなあ、とか嫁と話す。
7;嫁が今回出産に苦労した主な理由は、出産予定日より一週間早かったため、産道や腰骨が出産状態になっていなかったから。というのは私と嫁には自明だったが、医者にとってはそんなことは誤差範囲でどうでもいいことだった、とは感じた。
政治家が庶民生活、特に弱者の生活に対してたいがいデリカシーがないように、医者は患者個々のメンタルに対してたいがいデリカシーがない。医者としては生かして帰すのが優先度高いから、子宮を柔らかくする薬と陣痛促進剤を投与して、場合によっては帝王切開して、とっとと出産させるのが、一番リスクが少ない、という判断で、化学物質で無理やり出産させられることの体力的しんどさとかは誤差範囲なのだよな、とは嫁も私も思った。
しかしながらそういうデリカシーのなさが、自然出産へのカルト的信仰に人を誘引させることになるのだから、もうちょい産科病院がデリカシーを発揮できる仕組みになるほうがいいんじゃないの? 
8;医者にとっては帝王切開は誤差範囲なんだろうけど、私と嫁は第二子第三子をすぐに作る予定になっているので、第二子第三子にとってちょっとでもリスクがあるのは我々にとって望ましくない。帝王切開は第二子第三子へのリスクを増す。
9;我が老母が主張するには、出産で入院している嫁のところには親戚近所同級生が押し寄せるから、栄養剤と缶ジュースとサイダーを袋で用意しておいて、来た人に渡す風習が我が田舎にはある。お前はそういう風習があることを知らない。だからちゃんと用意しておけ。そのように我が老母は主張した。糞重たい栄養剤とジュースのケースを嫁の病室まで運んだ。
しかしながらですね、それは我が老母が出産した頃そういうブームがあった、というだけの話だと私は思うのですよ。50年前60年前に我が田舎には缶ジュースも栄養剤もないので、間違いなくその「風習」は高度経済成長期以降の「風習」であります。そしてその頃は娯楽も少なかったから皆娯楽半分で見舞いに来たのだと想像するのですよ。
出産の見舞いというのは、ふつう、兄弟くらいまでだと思うのですよ。我が老母が私を出産した頃は、父の姉弟のうち地元にいるものが3家族、母の兄妹が2家族、我が老母は当時まだ若かったから同級生とかが見舞ってそりゃ賑やかだったろうとは思います。
しかしですね、私も嫁も兄弟が地元にいないし、仲の良い友人も地元にはいないし、私は地元同級生との関係は相互に険悪だし、もっと若かったら昔の友人が訪ねてくるのもあり得るけど年齢的にそんなこともないし、見舞いだからと言って病院には昔と違ってそう簡単には入れないし、見舞いの人がそんなに来るとは考えられんのでございますよ。
10;嫁が入院しているので、我が家は、私と老母のクッションになる人がいなくて、たいへんに殺伐としている。
11;我が娘の頭の形は、インカの王族やエイリアンみたいに後頭部が長い。出産直後は特に長かった。産道をそこで探していたため頭部が変形したのか。翌日には少し縮んでいた。骨相学的にはどういう性格だと想像できるかな。
12;出産の翌日、親戚のところへ行ったら、どうにか通園可能な範囲に、英語教育を主眼とした幼稚園があるということが判った。嫁は以前から我が妹にその存在を聞いていた。地元保育所に通わせるよりはその幼稚園に通わせる方が娘にはメリットがありそうだが、ただでさえつながりの薄い地元との関係がいっそうなくなってしまってそれはどういうものだろうとか、小学校中学校は公立に通わないとならないだろうからその時馴染めるかどうかどんなものだろうかとか、仮にその私立幼稚園に通わせたら地元からのやっかみ(妬み)があり得るが、それをどう考えどう処理したもんだろうか、などと嫁と話す。だがまあ地元でやっかむ奴は何をしてもやっかむし、やっかむ奴が必ずしも地元多数派ではないのだから、そういうのを基準に考えても詮無いとか、ああ糞面倒くせえ、なんでこんなレベルの低い、狭い地元人間関係の中で最も程度の低いタイプの人間との付き合いを考慮せにゃならんのだとか、嫁と話をする。
13;ところで眼鏡は翌日、私と嫁が寝起きしている「離れ」の炬燵で発見した。

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