カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

『ヨーロッパ史における戦争』とか

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日本史と世界史の両方を高校で履修できるか片方しか履修できないかは、年代によってバランバランで、私は高校時代、片方しか履修できなかった。この時日本史と世界史のどっちを履修しようか相当悩んだんだが、当時まだ若かりし我が老母は「日本史が判らなければ世界史が判るはずがない」とえらく説得力のある言葉を吐いたが、私は世界史を選択した。世界史を選択したことはものすごい正解だった。その後、大学で歴史学の方へ進まなかったのは後悔だが。
世界史の基本を学習したい、という方にはマクニール『世界史』をお勧めする。ハードカバーだと一冊。たしかシカゴ大学の世界史の教科書。

世界史 上 (中公文庫 マ 10-3)

世界史 上 (中公文庫 マ 10-3)

パソ通時代、色んな賢人にネットで会ったが、パソ通時代の賢人は「自分はそれなりに知識を蓄えてしまったが、この貧弱な情報社会でどうやって自分と同じ程度の知識を得させることが他の人に可能か」というのにえらくエネルギーとコストを費やした。インターネットとamazonが普及するまでは、それが大問題だった。それぞれの地方の図書館にまともな学術書が揃っていることは全く期待できなかったし、ウチの田舎の図書館にはまともな学術書は今でももちろんないし、まともな学術書の存在をあきらめた地点からどうやって知識の共有を図るかというやるせなくもムダなエネルギー消費が、地方で無駄に知性と知識を高めてしまった人が他の人とコミュニケーションする上で必要なことであった。田舎では教員か役人に就職しない限り、頭の働きが良かったりものを余計に知っていたりすることはデメリットでしかない。
まあそんなこともあった。賢人でない人が似た環境にあると痴呆なネットウヨクになる。

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マクニール『世界史』に私は運よく八重洲ブックセンターで会えて、その後『疫病と世界史』『戦争の世界史』と読み進めることができた。

疫病と世界史 上 (中公文庫 マ 10-1)

疫病と世界史 上 (中公文庫 マ 10-1)

戦争の世界史―技術と軍隊と社会

戦争の世界史―技術と軍隊と社会

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マクニール『戦争の世界史』はえらい面白くて、これはこれで『疫病と世界史』とともにジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』のネタ本なのだろうな、と思った。
大雑把にいうと、人類社会へのマクロ的寄生が適応していく過程が『戦争の世界史』、ミクロ的寄生が人類社会に適応していく過程が『疫病と世界史』、両者を統合して家畜や農業原種に着目すると『銃・病原菌・鉄』。

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マクニール『戦争の世界史』にはいろいろ面白いことが書いてあって、たとえば青銅器文明について、青銅器を作るための銅と錫のうち、錫は希少金属で、それを手に入れるためには文明外の少数部族との交易が必要で、それができた帝国でだけ青銅器文明が成立したとか。
古代の英雄、サルゴン王とかは、兵を養うためだけに戦争を繰り返し、それは人類と適応できない状態の伝染病が苛烈に人を殺害するのと同じで、やがて戦争は「税」という形でより穏やかに人類社会と共存し、一方、『疫病の世界史』では苛烈に人を殺害した疫病がやがて害の少ない小児病、たとえば「はしか」として人類社会に定着するとか。
ギルガメシュたちは杉の木という資源を求めて戦争していたとか。だいたい90日くらいの行程が「帝国」の支配範囲の限界だとか。ギリシャペルシャの戦争はペルシャから見てその支配領域の限界で行われたとか。
マクニール『世界史』の方の記述だけど、中世ヨーロッパの騎士は、その甲冑と馬と槍(ランス)の突進力により、一対一である限り、同時代最強であったとか。
マクニール『戦争の世界史』の方の記述で、「教練」という発明が近世ヨーロッパでなされたことで、ヨーロッパ軍隊が世界最強になったとか。

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マクニール『戦争の世界史』で「パイク(長槍)兵」の重要性が唐突に書かれ、「パイクって何?」という疑問がその後私にはあったのだが、ハワード『ヨーロッパ史における戦争』でやっと氷解した。

ヨーロッパ史における戦争 (中公文庫)

ヨーロッパ史における戦争 (中公文庫)

ランスは騎兵が持ち突進して敵を蹴散らす槍である。
パイクは歩兵が用いる長槍である。古代ローマ軍の長槍と基本的に変わらない。
古代ローマから近世までの過程、中世の戦争の主力は、まず甲冑で固めた騎士。騎士は鎧が重すぎるので通常その鎧などを持たせる従者、馬をひかせる従者など、だいたい6人くらいで1チームを作っていた。人間の甲冑と馬に着せる甲冑はたいへんに高価であったので軍事貴族だけがそれをそろえることができた。このあたりは日本の中世武士と同じだ。軍事貴族は領地をもち、そこからの年貢で甲冑を揃えた。
中世になってマスケット銃が登場した。初期のマスケット銃は日本でいう「火縄銃」とだいたい同じだ。
パイク(長槍)兵は、マスケット銃士を守るために配備された。後年、「銃剣」の発明により、パイク兵は消滅した。

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信長の「長篠の合戦」は、俗には、江戸時代の講談では、信長の側が三列に火縄銃を用意し、突進してくる武田勝頼の騎馬隊を、一列目が射撃し、次いで二列目が射撃し、三列目が射撃し、その間に次弾装填を完了した一列目がまた撃ち、それにより無敵武田騎馬隊を滅ぼした、鉄砲により日本の戦史が変わった、と、される。
なんか実際にはだいぶ違っていて、武田騎馬隊の騎馬というのは指揮官であって、指揮官を集中して狙撃したから武田が敗北したとかそういうのが最近の定説になっているそうだけど。

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それはそれとして、信長の頃というのは、日本もヨーロッパもともに文明のルネサンス段階で、戦闘力火力科学力技術力があまり変わらなかった、とは宮崎市定も言うところである。

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日本では徳川が戦国を終結させたその後もヨーロッパでは戦国時代がずっと継続し、そのため戦争の技術革新が続いた。ドイツ三十年戦争、イギリスの海賊、ユトレヒト同盟諸州のオラニエ公モーリッツ(マウリッツ)、スウェーデングスタフ・アドルフ、彼らによる軍事革命、そしてナポレオン戦争。これらにより戦争と兵器が革新していった。
オラニエ公モーリッツ(マウリッツ)は約10列のマスケット銃隊と彼らを守るパイク(長槍)兵の隊形を採用し、マスケット銃による連続射撃を可能にした。いわゆる信長の「長篠の合戦」の三段撃ちならぬ十段撃ちだ。信長とマウリッツはほぼ同時代人だ。

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ナポレオン戦争はヨーロッパを震撼させた。ナポレオンの兵器は他の国の兵器より優れていたわけではなかったが、それまで傭兵を主体として「殺し合わない戦争」をしていた他国に対し、フランス国民の熱狂により「敵を殲滅させる」情熱を持った兵士を用いたのがフランス軍の強さだった。同時代の軍事評論家はナポレオンの戦争をそれまでの戦争の延長線上に解釈しようとしたが、クラウゼヴィッツは軍の「士気」の重要性に注目した。それから近代戦は第二次世界大戦まで、「人口の勝負」となった。核の誕生により「人口の勝負」は終了した。
ナポレオン戦争の軍隊は補給能力がなかったので「現地調達」した。「革命の輸出=侵略」した先で、片っ端から略奪をしていった。これがフランス革命の大義名分をずいぶんと損ねた。
軍隊の補給の問題は、「鉄道」の発明によって劇的に変化した。「鉄道」による兵士輸送・補給輸送を最も熱心に考えたのはプロイセンだった。

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プロイセン神聖ローマ帝国の一部だった。神聖ローマ帝国内のブランデンブルク選帝侯領ホーエンツォレルン家が軍事国家として台頭したのが「プロイセン」だった。やがて他の「神聖ローマ帝国(のちに第一ドイツ帝国ともいわれる)」、ハプスブルク家の領地は「 オーストラリア帝国  [2013,03,07訂正]オーストリア帝国」となり、プロイセンは「第二ドイツ帝国」となった。

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司馬遼太郎的作風で、オラニエ公モーリッツ(マウリッツ)、スウェーデングスタフ・アドルフマリア・テレジアとかを書けばけっこう読者を期待できると思うんだが、どんなもんだろうね。
司馬遼的作風というのは、大仏次郎譲りのリベラルな感覚の上に、「なんとなく知っているけどいまいち知らない」歴史人物を、「なんちゃって歴史学」的にマクロ視点、ロマン小説的にミクロ視点、を交互に読者提示して、当然主役はヒーローとして描いて、「読み終えた後、その時代について詳しくなったし、読んでいる間退屈しなかった」という感想を持たせるよう歴史的事実に様々虚構と手前勝手な情念を込める、というものである。西洋史の英雄については、躓きやすく覚えにくい人名地名について毎回司馬的薀蓄を記述すればそれっぽい感じになると思われる。

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マクニール『戦争の世界史』についてはhttp://d.hatena.ne.jp/kamayan/20120322/1332430130

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