カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

『風立ちぬ』と喫煙シーンと「風」

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風立ちぬ』を、嫁と、「観たいねえ」と言っていたんだが、ウチの仕事、10月連休までぼちぼち平日も客が来て休みがなかなか取れず、休みを取るとしても生後10ヶ月の娘を映画鑑賞している間どうしようか、嫁の母に預けようか、嫁の母は働いているから嫁の母の休日に合わせないと、嫁の母の休日は不定期だからそこを確定させて、という感じで、なかなか観に行けなかった。
やっと今日行けた。今週で『風立ちぬ』の上映は山梨では終わってしまうのでギリギリだった。
ここ数日私は寝不足でイマイチ体調が優れず、これは暖かい映画館の中の、止まった空気の暗い中で、座り心地の良い椅子に腰掛けたら、上映内容と無関係に寝るだろうな、と思っていた。眠ってしまったら起こしてくれとあらかじめ嫁に言っておいた。
娘を嫁の母に預け、観た。
すげえ面白かった。たぶん今までの宮崎アニメの中で最高の出来だ。今まで宮崎駿が自身に課していたブレーキを外した結果、エンターテイメントである以上に芸術になってしまった。良い意味で。私は宮崎駿作品の中では『紅の豚』が一番好きだったが、これはそれとは別ベクトルというか、ベクトルは同じでもっと長射程で別味付けと言うか、『紅の豚』もけっこう宮崎駿が自分の趣味を全開した作品だったと思うが、『風立ちぬ』はそれをさらに展開させていた。
作品内容についての批評は http://d.hatena.ne.jp/macgyer/20130725/1374757996 http://d.hatena.ne.jp/ayakomiyamoto/20130724#p1 http://blog.freeex.jp/archives/51395088.html が良い。これらをあらかじめ読んでしまっていたのでその文脈で観てしまってはいる。

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以下、ちょっとだけメモ。喫煙シーンが何回も出てくる。今回は食事シーンはイワシとシベリアとクレソンくらいか。主人公が口の中に食べ物を入れる描写は今回ないんじゃないかな。その代り主人公は喫煙する。喫煙シーンの力の入れようは実にいい。宮崎駿は食事シーンに力を入れる作家だが、今回はその力を喫煙シーンに使っている。宮崎映画にすら禁煙団体から苦情が上がったのだからこんなに喫煙しまくるアニメはたぶん今後現れない。
宮崎駿と煙草と言えば、2011年4月に震災後の気仙沼被災地に煙草をプレゼントしたというエピソードがある。http://news.nicovideo.jp/watch/nw51054
煙草は害悪だとされる。宮崎駿は煙草を愛しているし愛煙家に同情していている。
アニメ表現として喫煙は欲望表現の一つだ。欲望だけじゃない。この「だけじゃない」の余韻部分がこの作品の語っているものだ。

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堀越二郎が西回りで帰国するあたりで、嫁は一瞬睡魔に負けてしまったそうだ。それは作品の面白さとは無関係に。嫁には『風立ちぬ』は好評だった。

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「風」のシーンが何回も出てくる。宮崎駿は「風」の描写が巧くて本人もそれを好んでいる作家だ。
今回の「風」の音響は、不快に感じられない程度に不気味な処理がされていたように感じる。「風」は「人間の力では逆らい難いもの」を暗示している。と思う。特に菜穂子との出逢いの風と、ラストの風は、「人間の力を越えた、逆らい難い」ものとして表現されていると思う。
飛行機は「風」をとらえてそれを切り進み、飛ぶものだ。人間の力を越えた逆らい難い何かをとらえて飛ぶものだ。
だからこの作品は「風立ちぬ」、風が吹いている、と表題されている。

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ようやっと休日を作って映画を観に行った今日は、一昨日くらいまで忘れていたのを妹からのメールで思い出したのだが、老母の誕生日だった。前日のうちに花屋に花を注文した。今週は俺も嫁も今日しか休みを取れないので一日フルに休日にしたかったのだが、老母に誕生ケーキを買って帰った。老母は古希になる。

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