カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

蒟蒻問答と鎌倉仏教

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塾講師をしていた頃、鎌倉仏教の説明をする時、禅問答の例として、落語の「蒟蒻問答」をサラリと出していた。これは受けた。
ちょっと再現してみる。

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さて、鎌倉時代には鎌倉仏教と呼ばれる、新しい仏教の宗派がいくつも現れた。
まず、比叡山で修業しまくった法然が、「こんな学問は何の役にも立たない、大事なのは阿弥陀様と極楽浄土をイメージして『南無阿弥陀仏』と唱えることだ。」という過激な結論に辿り着きます。これが浄土宗。仏様をイメージすることを念仏と言います。
法然の弟子に親鸞がいます。親鸞は政府から追放されて法然とはばらっばらな場所で布教しました。その結果、別な宗派になってしまって、これを浄土真宗といいます。一向宗とも言います。親鸞の考えはこうです。仏教では殺生をしてはいけない。貴族どもが魚や獣を殺生しないで済んでいるのは、他の人に殺生をさせているからだ。殺生をしないで済む恵まれた貴族どもですら極楽浄土に行けるという。あんな『善人』どもですら極楽浄土へ行けるのだ。ならばやむなく魚を殺し獣を殺して生活している猟師農民貧民の『悪人』は、もっと極楽浄土へ行けるはずだ。これを「悪人正機説」と言います。日本独特の哲学だとされます。
念仏宗にはさらに一遍という人が現れ、こう説きます。阿弥陀如来は全ての人を救う。つまり君たちは皆すでに救われている。それを喜び踊ろう、レッツダンス。一遍の宗派は時宗といい、「踊念仏」とも言う。
鎌倉仏教が盛んになった頃、日蓮という人が出てきました。当時比叡山では法華経が流行っていました。法華経こそお釈迦様の語った本当の真実がある、と当時言われました。比叡山に憧れて比叡山で少しだけ修業した日蓮は目覚めます。「南無阿弥陀仏の念仏なんか唱えていたら地獄に落ちる。南無妙法蓮華経の題目を唱えなければ地獄に落ちる」日蓮の宗派を日蓮宗とも法華宗とも言います。余計な話ですが、法華経は実際のところ、仏陀が死んでからずっと後の時代に作られた経典です。それはそれとして日蓮は「自分の言う通り南無妙法蓮華経を唱えなければ日本は滅ぶ」と主張しました。鎌倉幕府日蓮を投獄しました。そしたら元寇が来ました。日蓮は「それみたことか」と。日蓮は「南無妙法蓮華経を唱えれば日本が救われる」と主張しました。そしたら神風が吹いて元寇は終わりました。日蓮は「それみたことか」と。
さて、禅宗というのも生まれました。禅宗はインドのダルマ大師という人が中国に渡り、その影響を受けた人が中国風にアレンジし、日本に伝わりました。
栄西臨済宗を、道元曹洞宗を開きます。受験的にはエイサイがリンザイ、イが同じ。ドーゲンがソートー、トーが同じ、と覚えます。
栄西は当時中国宋朝で流行していた禅宗臨済宗を日本に伝えました。ついでにお茶も日本に伝えました。
臨済宗というのは、座禅をして、禅問答をして悟りを開く、という宗派です。
曹洞宗の方は、ひたすら座禅をしろ、そうすれば悟りが開ける、という宗派です。道元栄西の孫弟子になります。
臨済宗の有名人には一休さんがいます。一休さんは頓智で有名ですね。「この橋渡るべからず」「ならば真ん中を通ればよい」こういうのが禅問答です。余計な話ですが一休は浄土真宗蓮如と仲が良かったそうです。両方嫁さんのいる珍しい坊さんだからですかね。
禅問答にはこんな例もあります。「両手で拍手をすると、音が出る。ではその時、片手ではどんな音がしたのか?」え? と思いますよね。こういうのが禅問答です。こういうことを突き詰めて考えていって、悟りに至ります。
禅問答が後世落語に出てきます。「蒟蒻問答」といいます。
江戸時代に、旅の修行僧が空いている寺の住職になろうとします。その寺にはすでにコンニャク屋の主人の六べえが坊主のふりして居座っていました。
禅宗の修業をみっちりした修行僧が、坊主のふりをした六べえに、禅問答を挑みます。この問答に勝った方がこの寺の住職になれます。
修行僧はまず、両手で輪を作り、ぐっと前へ押し出します。
それを見た六べえは、両腕を広げて、上から下まで、ぐるりと大きな輪を描きます。
修行僧は次に、両手の指を十本、ぐっと前に出します。
六べえは片手の指を五本、前に出します。
修行僧は青ざめて、指を三本出します。
六べえは右手の指を自分の右目の下に押し当てます。
修行僧は畏れ入り、「ここの住職様は凄い、私は修行が足りなかった」と、住職にとって代わろうとするのを諦めます。
何が起きたのかさっぱりわからない寺男が修行僧に訊ねます。いったい今の問答は何なのかと。
修行僧が答えます。
私が最初に問うたのは、「天地の間は如何」世界とはどうであるか、という意味だ。住職の回答は「大海のごとし」、海のように広い、ということだ。
次いで問うたのは、「十方世界は如何」この世の全てを解き明かしてみよ、という意味だ。住職の回答は「五戒で持つ」仏教の五つの戒律でもって成立する、ということだ。これには畏れ入った。
最後に私が問うたのは「三尊は如何」、釈迦・文殊・普賢の釈迦三尊について問うた。その回答は「我が眼中にあり」いや畏れ入った。私など修業が全く足らないことをつくづく思い知った。
そう述べて旅の修行僧は去って行った。
寺男コンニャク屋の六べえに今の問答の内容を確認した。
あいつが初め、「お前ん所のコンニャクはこんなに小せえだろう」と言いやがるから、「何言ってやがる、こんなにでけえぞ」と答えた。
次いで、「10個でいくらだ」と聞きやがるから、「五百文だ」と答えた。
「三百文に負けろ」って言いやがるから、アカンベーしてやった。
まあこういうのが禅問答ですね。

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蒟蒻問答をここに書いたのは、落語の蒟蒻問答を覚えて甥に披露すると約束したので、さて正確にはどんな話だったかな、と、youtubeとかで確認したから。最後のパントマイムは面白いんだがそれに至る話が、今でいうヤンキーが偽坊主して純朴な村人だまして布施をくすねているのが主人公で、それに感情移入できるのが聴衆という、そういう前提になっていて、ヤンキー大っ嫌いな俺は聞いててきつくてつらくてかなわんかった。さてどうアレンジすれば感情移入できるだろうか、とりあえず書いてみよう、というのが今回の趣旨だったり。うん、だいたい覚えた。何を省略すればいいかも判った。これで甥の前で披露できる。

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