カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか

愛国先生とボーガスニュース主幹

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愛国先生から初めてブクマ貰ったのでhttp://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/kamayan/20140823/1408807786、メモ的に書いてみるけど。
愛国先生と、ボーガスニュース主幹は同じ人でhttp://d.hatena.ne.jp/aikoku_sensei/20111130
で、ボーガスニュース的な左翼的お笑いは物事を360度くらいひっくり返す力技が必要だ。これは知的体力をすげえ消費するので、ボーガスニュース主幹が消耗したのは勝手に同情する。
一方、愛国先生的な右翼的ネタは物事を90度くらい捻れば書ける。右翼的言説の矛盾をデフォルメすればネタとして完成する。
ボーガスニュースを書く際には愛国先生の思考を一度経て、右翼言説の矛盾を思考空間内でデフォルメして、その後、それと良い感じで化学反応しそうなオタクネタかお色気ネタを選別して、実際に化学反応させてみるというのがボーガスニュースのネタで、労力として、愛国先生ネタを書くのはボーガスニュースの4分の一くらいで済むはずだ。読者のほとんどにはその差が判らない。読者に差が判らないのなら、より効率の良い方法を選択するのはわりとあたりまえなことだ。[2014/08/25 12:57追記]イナズマンにまで変身しないでサナギマンへの変身まででいいやという感じな。[以上追記]
主幹の中の人は別にボーガスニュースで収入を得ていたわけでもなんでもないだろうから、溢れる才気が書かせずにいられなかったのだろうから、ボーガスを止めて愛国先生という手抜きネタに走るのは別に芸人として責められることではない。
責められるべきではないけど、涸れたのか、とは思っている。
読者としては寂しい。

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以下は全くの蛇足で書かない方がいいんだけど、ちょうど今ヴォネガットの最後のエッセイを読んでいるところなんだけど、ヴォネガットがユーモア作家だと自称したり評価されたりするたびになんか違和感があるんだよね、ヴォネガットで笑えたためしがないから。
アメリカ作家だとマーク・トウェインの『アダムの日記』読んだ時、ああ、成程マーク・トウェインはアメリカ最大のユーモア作家だと評されるのが順当だ、と思ったんだけど、この差はコンセプトの差というか俗悪さへの良い感じの角度の違いというか、いややめとこ。それはそれとして、ボーガスニュース主幹のセンスはマーク・トウェインに通じるものがあるように俺は勝手に思っているんだけど、だから愛国先生という手抜きネタで余生を送られるのを眺めるのは読者として切ねえなあ、と、自分も創作者を辞めたくせにそんな読者の勝手な要望と思い入れを書いてみる。

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