カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか

大学通信制入学を試みるにあたり

俺のブログはインテリな諸姉諸兄がそれなりに読んでくださっているようなので、お知恵と知識を拝借したいと思い、恥を忍んで以下記す。
http://anond.hatelabo.jp/20150329233854 を読んだ。

というのが俺の感想。
で、時々ブログに書いているように、俺は自分が知的訓練をちゃんと積まなかったことをすげえ後悔しているので、余生いっぱいちゃんと知的訓練積みたいと思っていて。
俺がこんなことに慚愧の念をムダに抱えたまま育児していたら娘に間違いなく悪影響があると思うので、「私のお父さんは結局のところ知的世界ではほとんど何にもしなかったけど、知的世界に対して姿勢がそれなりに真っ直ぐだった」という印象を娘に与えて俺は死にたいと願っていて。娘が30歳になる頃には俺は老衰死しているか恍惚化しているのはほぼ間違いないのでそんなには時間の余裕が残っていない。もっと早く、娘が大学卒業する頃に老衰しているか恍惚になっていて全然おかしくない。余計な話だけど「それなりに」という語はどんなフレーズにおいても筆者の力不足に対して読者の好意的解釈を喚起するマジックワードでな。こういう記述力だけはムダに俺は上達していてな。という種明かしを読まされると憤慨して以降悪意的解釈しかなさらなくなる一定読者の存在も受け入れた上で自己言及を今してみました。
で。俺が抱えている知的訓練への後悔というのは
1;論文を書く訓練をちゃんとしなかった。(卒論は絶対に落とさないことで定評のある講師に提出したので、落ちなかった。ゼミには一度も出席しなかったけど)
2;史学をちゃんと学ばなかった。(大学での専攻は史学ではなかった。大学卒業後にテンプラ学生を何年かしたので、「それなりに」大学3年生相当くらいの知識までは得たが、どうも史学の基礎が全然できていないと自分を顧みる)
3;法学や経済学(と、ちょっとだけ未練があるのが論理学)を全然学ばなかった。(でも一応大学で教養学部での単位はとっている。授業には全く行かなかったし、授業内容もそれぞれ講義一回分くらいしか覚えていないのに)
だいたい以上がその内容で、この悔いを克服したいというのが動機で。
で。13年くらい前にそういう思いが沸点を越えて一度明治大学文学部史学専攻の社会人入試受けて合格したんだが学費を納入する自信がなくて入学しなかった。それも少しだけ悔いがある。
当時、テンプラ学生をさせてもらっていた教授に相談した際、史学会に入ることを薦められて、田舎に戻ってから史学会を調べてみたこともあるが、発表会がたいがい土日で、俺がしている家業は土日に仕事するので、相性が悪いので史学会に入るのを断念した。それでも断念するべきじゃないのかな。発表会にはたぶん生涯一度も行けないだろうけど。俺が発表するとかそういう以前にお手本を一度は見ないとイメージのしようがないのだが。
史学をちゃんと学びたい、と思って通信制の大学を調べると、冒頭の通り、放送大学と法政大学の、ほぼ2拓になる。
放送大学は「史学」というカテゴリではないので、法政大学の通信制を受けるのが順当なのかなあ、法政大通信制とすると、選択科目生と本科生との二択になるが、俺の場合論文指導もほしいから、3年時入学の本科生が順当かなあ、と一応9割がた気持ちは固まったのだが。
ところで法政大通信制は2年くらい前の資料では通信制でのレジュメがけっこう充実していて、「こういう本を読め」という案内ががっちりあったので「今年はまだ入学できないけど、本だけは読んでおこう」という気になって、「それなりに」本を読んでおいたりした。
去年くらいから法政大通信制のレジュメは通信制の学生を計算に入れないものになっていて、なんか気合の入れなさが、ちと不安を喚起させる。
法政大通信制の場合、春入学と秋入学があって、2014年の秋入学をするつもりだったが、10月11月頃はまだ俺の家業がシーズンの余波が残っていて、多忙過ぎて入学のための手続きをすっかり失念して期限を過ぎた。
2015年春入学の場合、俺が現在手取りで貰っている金から入学費を支払うのがかなり辛く、税理士とかと相談して、どうにかこの3月末、4月頭に入学のための学費を揃えることができるに至った。4月入学の期限にはあと1ヶ月くらいあるんだが、この選択で正しいのかどうか、俺には判らないので、冒頭に記したとおり、インテリな読者諸姉諸兄のアドバイスがもしもあれば賜りたく思う。
この記事→ http://bugrammer.hateblo.jp/entry/2015/03/23/172326 より俺は10歳遅いわけだが。

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