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カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか

「世に倦む日日」がいかに小熊英二やSEALDsをこき下ろしているかについてのメモ

http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20150926/1443276174の続き。

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上記リンク先を丹念に読んで丹念に反論しようかと思っていたけど、たぶんしない。けど上記メモしておく。

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上記ツイートURLならびにブログURLは、http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20150926/1443276174で言及した政治ウォッチャーの人が俺に伝えてくれた。
以下書いていいかどうか判らんけど、「政治ウォッチャー」と書いたけど、この人は本当は「政治ウォッチャー」じゃないんだ。俺のエロマンガ家時代の友人は一種の「妖怪」というか「超能力者」が何人かいたけど、彼はその一人なんだ。「座敷わらし」の能力を持った「妖怪」なんだ。彼は独特な情報への感度感性を持っていて、彼の中での評価が肯定であれ否定であれ、彼が注目するイベントは「成功」しているイベントなんだ。そういう「能力」の持ち主なんだ。こういう「超能力」は当人が無自覚な間発揮されるもので、ここで俺が言語化して当人が自覚すると今後は感度感性にたぶん鈍りが生じるだろうけど、以上書いてみました。
だから短期的には「世に倦む日日」がしようとした小熊英二誹謗・SEALDs誹謗キャンペーンは一定程度「成功」したのだろうと思う。
多分それ以上に小熊英二がなそうとしていることとSEALDsがなそうとしていることは成功しているのだろうと思う。

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小熊英二は『〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性』で、鶴見俊輔に最も共感的に記述していた。あの頃最も命懸けだったのは鶴見俊輔だと小熊英二は解している。そして今、鶴見俊輔の役割を果たすべきは自分だと小熊英二が覚悟を決めSEALDsを指導していたのだとしたら実に納得がいく。
俺はその覚悟に共感し支持する。

〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性

〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性

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逆に唾棄すべき例は昔から腐るほどいやがって、以下リンク先の例がまっさきに脳裏に浮かんだが、http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20100423/1271948628 唾棄すべきとまで言うとリンク先の例に酷か。でもな。

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9月末頃から、「世に倦む日日」や高島章がSEALDs叩きをスットコな方角から始めたのは、国会が終わって公安に本格的にSEALDs叩きの要請が下ったその結果だと俺は思っている。日本社会はいつでも陳腐な謀略が横行している。

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「SEALDsの意義は認めるが、こういうところがいかん」とか言っている連中は皆無責任なんだ。SEALDsに無限の人材があると錯覚している。そんなことをツイッターに書く前に、SEALDsに直接アクセスして「ここはこうすんだよ!」と手本を見せてやりゃいいんだ。SEALDsの至らない部分は、SEALDs構成員より年上の全ての日本人の至らない部分でしかない。手本を自分で示せないくせに、少ない人材でやりくりしているSEALDsを批判するのは、自分より優れた後輩を貶すダメ親父でしかない。野間易通みたいなバカを使わざるを得ない点でSEALDsの人材不足は明らかだ。それでこの程度しか揚げ足を取られることをしていないのは指導部の見事さを示している。「俺反体制だけどSEALDs批判するぜ」な言説は、「俺泳いだことないけど、SEALDsの泳ぎ方はなっていない」と批判している畳の水練だ。畳の水練ばかり日本は多くて。俺は実際に潜って泳いで20mくらいしか泳げなかった。SEALDsは10km位泳いでいる。
北田暁大は水面に潜ったことすらない小僧だ。日本の政治に絶望する前に自分の能力に絶望しろ。オシメも取れていない小僧が。
高島章は遠泳している人のすぐそばをモーターボートで追っかけて揶揄しているキチガイだ。そのうちスクリューに巻き込んで何人か死人が出る。高島章のキチガイはもちろんそれを望んでいる。

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