カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか

「策士」の条件

俺も相当おっさんになったので、以下のような戯言を吐いても良いかなと思って、俺より若い人へ宛てて、以下の戯言を記す。
後世「策士」と呼ばれた人は、生前は、「律儀な人だ」という評判を得るために全力を尽くした。真田幸村徳川家康黒田官兵衛張良孔明劉基も。
「策」は、「あれは小狡い人間だ」と評された時点で、効果の半分以上を失う。
「策」は、原則として、少なくとも「策」を弄する相手に対しては、生涯ただ一度しか通用しない。逆の言い方をする。「策」を成功させるためには、相手に、「あれは俺に対しては律儀で正直な人間だ」と常に感じさせることが必要だ。「相手」が誰になるかは、時勢が決める。よって、交際の全方位に「律儀で正直者だ」と印象付けておくことが有利となる。
だから諸君らは「律儀な人」「正直者」として振る舞い、政治的立場が逆な相手にも、「敵」にも、可能な限り、そのように振る舞おうとする方が有利である。「可能な限り」の限界値が君の策士としての「器」の限界値であり、俺の限界値はこんな戯言を吐いている癖に貧弱なものだった。
それでも「正直であろう」とすること(「馬鹿正直」である必要はない。「馬鹿正直」は常に悪徳である)、「小狡い嘘つきとしては振る舞うまい」という方向性は、君の策士としての基本能力にボーナスポイントを与えるはずである。
逆に言うと、自分が信じてもいないことを軽々に口にする者は、策士としての最重要能力を自らゴリゴリ削ることとなる。
諸姉諸兄が賢明なる策士となることを希望する。

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