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カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか

中尾佐助『栽培植物と農耕の起源』

夏のシーズンの前の頃、山川出版社の「世界史リブレット」をamazonで何冊も購入した。『グローバル・ヒストリー入門』がその中でピカイチに面白かった。
その56-58pに以下記述あった。

中尾佐助『栽培植物と農耕の起源』は農耕文化基本複合という概念を用いて、地球全体を根菜農耕文化、照葉樹林文化、サバンナ農耕文化、地中海農耕文化、新大陸農耕文化へと分類し、栽培植物の起源や伝播の問題を地球規模で論じたものであり、〔略〕主要な作物とその栽培・加工法の特徴を描写している。
そこには栽培植物と地域特性の関連にかんするいくつもの興味深い事例が記されている。それによれば、イモ類には毒が含まれることが多く、なんらかの加工が必要である。このようなイモやバナナ、サトウキビなどを主たる構成要素とする根栽農耕文化では、生イモの毒消し法として、すりつぶし、水晒しにする方法が東南アジアの温帯地域で完成した。そして、いったんこの技術が習得されると照葉樹林での食糧確保が極めて容易になるため、人間の生活が安定化し、採集経済から飛躍することが可能になった。他方、この根栽農耕文化はマメ類には無関心で、油料作物もなかった。そのため、栄養成分のバランスをとるには、魚類など農業以外からの補助食料の採取が不可欠という欠点があった。〔略〕サバンナ農耕文化では、シコクビエなどのさまざまな種類の雑穀が栽培された。イモ類が栽培されなかったかわりに、根栽農耕文化では見向きもされなかったマメ類が栽培され、加えてキュウリやナスなどの果菜類、ゴマや油ヤシなどの油料作物も栽培されるなど、農業のみでの栄養補給が可能であった。また、それらを食用にするためには水を加えて加熱することが不可欠なため、土器が必要であった。
中尾の議論は、こうした農耕の特色にとどまらず、それぞれの社会の特性にまでおよぶ。例えば、サバンナ農耕文化家畜を欠いていた。それだけではなく、勤勉な人間労働力の投入を必要とする雑草との戦いがあった。〔略〕日本人にとって、除草の必要性は雑草の特性に付随する当たり前のことのように思われる。ところが、地中海農耕文化の代表であるムギ類の場合はそうではないという。なぜなら、ムギ類の雑草の場合には、作物と雑草は敵対者どころか人間の目からみてたがいに補い合う関係にあったからである。
こうした記述にみられるように、一九六六年に出版された同書は、人類と農耕、文化、地域との関連を農耕文化基本複合という概念を用いて総合的に理解する枠組みを提供しており、グローバル・ヒストリーの先駆的研究の一つであったとしてよいだろう。

で、その直後、中尾佐助『栽培植物と農耕の起源』を購入し読了した。面白かった。上記要約が簡潔で最も優れていると思うので以上記す。

グローバル・ヒストリー入門 (世界史リブレット)

グローバル・ヒストリー入門 (世界史リブレット)

栽培植物と農耕の起源 (岩波新書 青版 G-103)

栽培植物と農耕の起源 (岩波新書 青版 G-103)

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