カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか

セルフネグレクト(自棄)な日々

1

4月には、1泊だけ休みとって、嫁と娘と伊豆シャボテン公園へ行ってワオキツネザルなどを見てきた。
5月には、2泊休み作って、那須高原へ行き、アルパカ牧場見てきた。「いらっしゃーい、アルパカ牧場へよおこそお、いや待ってたよお、やっとお客さんが来てくれたよお」とは言われなかった。受付のお姉さんの訛りがアルパカの訛りとイントネーションが同じだった。劇中の訛りは栃木弁ではないらしいが栃木訛りの喋りはちゃんとアルパカに聞こえる。
那須高原の帰りに日光東照宮を見てきた。明王朝の建築や墳墓に似ているなあ、と思った。
どうにか休みを取って小旅行に行けている。それは運の良いことだ。

2

とはいえセルフネグレクト(自棄)な感覚がずっと続いている。
村のおっちゃんたちと飲む機会があると必ず俺は荒れる。たぶんあのおっちゃんたちより俺のほうが未来への希望とかが乏しいのだろう。長生きしたくない。余生は短い方がいい、そう毎日思う。
このセルフネグレクト感覚がもっとこじれると犯罪者とかになるので、適当に散らしたいところだが、散らす手段が生活上少なすぎる。
創作意欲なんぞ毛ほどもないが、ストレス発散にマンガでも描きたいとすら思った。前頭葉大脳新皮質を使わな過ぎて、脳味噌がしびれてマヒするような感覚がずっと続いている。

3

観光業をしている村のおっちゃんたちは、ナチュラルに人をもてなすことが得意だ。
俺は人をもてなすのが不得意だ。
観光業宿泊業は人をもてなすのが好きなタイプの人のための職種だ。俺には向かない。向かない仕事をあと20年強続ける予定。

4

我が老母はほぼ毎日狂乱して俺を罵っている。こんな狂人とあと20年くらい生活するのかと思うと本当に人生は短い方がいいと感じる。

5

『サピエンス全史』読了。面白い本だった。訳も良い。読む側の俺がセルフネグレクトで気力萎え過ぎだがそれでも読めたのだから本の出来は良い。色々面白いことが書いてあったが、末尾に、人類はそう遠くないうちに老衰で死なないよう肉体改造が可能ではないかと書いてあって、けっこうあり得そうなのだが、不死を支配層が獲得したら、人類究極の平等の拠所を失い、地獄な階層社会しか予想できないんだがどうなんだろうね。
それ以外色々興味深めるべき記述があったが、それを記述する気力が俺にあるかどうか。
サピエンス全史 上下合本版 文明の構造と人類の幸福
浅野裕一老子と上天』読了。読んでいる間は面白く感じたが、内容をほとんど覚えていない。
老子と上天: 神観念のダイナミズム
浅野裕一諸子百家』読了。恵施と公孫龍の言っていることがほとんど判らないが、この二人の思想はデカルトなどの近代思想にあと少しで至るところだったか、あるいは近代思想を古代中国の語彙で表現したものだったんじゃないかなとか感じるけどどうなんだろう。鄒衍の五徳終始説というオカルト史観が公孫龍の近代思想に論争で勝利したのは東洋史の分岐点だ。
諸子百家 (講談社学術文庫)
ヴォルテール『寛容論』読了。1763年原典刊行。カトリックプロテスタントの狂信による不寛容への反論。日本会議というカルトに席巻されている2017年の日本で読むと18世紀の賢人より俺らははるかに愚かに生きていると感じる。
寛容論 (光文社古典新訳文庫)

6

共謀罪衆院通過。俺がもし歴史学をちゃんと勉強していて語れる知識があったら、治安維持法成立前夜の言説と比較して一章を記すところだが。

7

旅行の際も、その後も、4歳の娘を肩車することが多く、俺の首はもう老齢で肩車に堪えず、痛くて堪らない。
整形外科医から処方された痛み止めの薬は、神経の興奮を抑える効能のある薬だそうで、それを飲むと、脳味噌がしびれてマヒするような感覚も少し抑えられる。脳味噌がムダに空回り的興奮でもしているのだろうか。
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