カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

表現規制反対活動を昔していた。元エロマンガ家。元塾講師。現在は田舎で引きこもりに似た何か。

うつ症状の大きい原因の一つが、解決しそう

ここんとこ、久しく、うつ症状をこじらせていた。
先日、うつ症状の大きい原因の一つに、解決のめどがついた。
具体的には観光協会長職をやっと辞めさせてもらえることになった。名前だけで情報が全然俺のところに集まらない会長職で責任だけはあるので、けっこうストレスの元だったようだ。
こじらせている間のうつ症状の状態は、思い返すと、この田舎の実家での生活をするたび、いくたびか繰り返している。
俺の今している仕事は、無駄に俺に宿題がごっつり回されていて、俺が解決しないとならないことが延々終わらない、という、そんな感じ。俺に宿題を回している老母はバカで自己中で狂乱していて共感能力がないから、俺に無駄な宿題を回して生産性を落として無駄な作業を増やさせることにばかり全力を尽くしやがる。
合わないちほーでの暮らしは、寿命を縮めるのです、と、irodori版「けものフレンズ」でも言っていたなあ、とか思う。
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「けものフレンズ2」関連のメモ

以下、ああ、賢い人が書いているなあ、と感心したので、備忘としてメモする。

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けものフレンズ」というIP企画自体について

825 : 名無しのフレンズ 2019/02/03 09:12

KFP〔けものフレンズプロジェクト〕は「1期の人気が出たのはけものフレンズの地力が認められたから」と思っていたが、ヤオヨロズや多くのファンは「たつき監督の力」だと思っていた。
が、権利的な意味でKFPの意見が正しいとされ、けものフレンズの地力だけで勝負した結果が現状〔「けものフレンズ2」の不出来と不人気〕。 それだけにとどまらず、KFPはヤオヨロズを徹底的に潰したかったように感じる。 ビートルアニメに投げるほど製作間に合ってないにも関わらずケムリクサと放送時期をかぶせたり、アイカツの監督、ゾンビランドサガの脚本と、有名どころを据えてきた。 KFPは「けものフレンズ2大人気、ケムリクサ?なにそれ」という想定をしていたのではないかと思う。

826 : 名無しのフレンズ 2019/02/03 09:35

KFP側がヤオヨロズたつきをあからさまにタブー視したり、細谷や沼田と言った二期主要メンバーがヤオヨロズ叩きメインのアカウントと馴れ合いを興じちゃうんだから、その辺りはガチでお察しなんだよねホント 。そう言う「製作サイドのクズムーブ」をここぞとばかりに披露してるのに、肝心の2の内容が「良くて凡作」レベルなんだから草も生えんわ。

2

けものフレンズ2」の木村隆一監督が(KFPたちにとって満を持しての第五話が大不評だったため)相当心折れているらしいツイートをして、そのことが旧作「けものフレンズ」ファンの中で話題になった。
たつき監督を追い出したうえでの「けものフレンズ」のアニメ続編監督就任なんて「火中の栗」を拾うことだろ、分かっていただろ、とたいがいの人が思う件について。

461 : 名無しのフレンズ 2019/02/15 13:13

そもそも、けも2を「火中の栗」ではなく、「虎穴の虎子」と〔「けものフレンズプロジェクト」は〕勘違いしていたのではないかと。
けもフレ自体が金鉱脈のIPだから、誰が監督をやってもうまくいけばヒットさせられるものと思ってた。
実際には高く売れる虎子どころか、栗としても虫が巣食ってて食い物にならない屑栗だった。
それでもヒットさせられるほど前の監督が未曾有の鬼才だったという見当外れ。
〔木村隆一監督が〕万人ウケを目指すことすら諦めるという前言撤回ぶりは、実績あるプロとしての立場すら見失ったかのような狼狽ぶりだけど、そうならざるを得ないほどの大誤算があったのだと思われ。

463 : 名無しのフレンズ 2019/02/15 14:02

1期は、動物を美少女化して飼育するという旧コンテンツの邪悪さを、人類の側を絶滅させる大どんでん返しの発想で浄化したのがウケたのであって、元来のけもフレは「売れざるべくして売れなかったもの」でこそあるのに。
そもそもが元から優しい世界を構築していたものだと勘違いして、誰でもやるような正攻法を試みたら潰えた上に、旧作の邪気にまで取り憑かれてしまった。
「万人ウケする作品なんか作れないし、作る気もない」と〔木村隆一監督が〕いうのは、それ故の自信喪失の裏返しなんだろうよ。

3

けものフレンズ」での擬人化のさせ方について

569 : 名無しのフレンズ 2019/01/24 03:23

フレンズって「動物が女の子になった」という設定だけど、動物と人間では形態が異なるために、動物ではできなかったことができてしまう。 サーバルキャットには自転車をこぐことも、カップを掴んで飲むこともできないけど、サーバルちゃんにはできちゃうんだよね。 むしろ、人間にできることはほぼすべて、フレンズにもできる。
できないのは「知識がないから」。
1期は「人がもういないパーク」だから、知識が無くてできないことがあり、それが動物っぽさを描写する下地になっていた。
2期はパークが崩壊して、人が住んでいない描写をしていながら、フレンズの行動がかなり人寄りという矛盾が存在するから違和感が出てしまう。
そもそも、パークが崩壊してる割にはモノレールは普通に動くし、ロバの店にはじゃぱりまん以外の食べ物が普通に売ってる。
こうした矛盾を解消するには、早い段階で「2期のパークはまだ人が完全にいなくなったわけではない」と、せめて台詞のうえだけでも言わせるべきだったが、カラカルは人を知らないという逆の描写をしてしまっている。
設定と描写が矛盾しているから、視聴者からの「人がいないはずのパークで、なぜかフレンズが人っぽい動きをする」という矛盾の指摘に繋がる。

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「人生のやり直し」としての「異世界転生ファンタジー」と「タイムトラベルSF」

『ひみつのひでお日記』と、俺が異世界転生していた時期のこと - カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記 の続き。

1

異世界転生ファンタジー(ファンタジーRPG的世界にチート能力付きで召喚か転生する話)」は、希望のない現実から逃れるには異世界に転生するしかない、という現代人の切ない願望の産物だ、みたいな評をされる。その評はけっこう当たっているとは思う。俺はここ1年強、「なろう」や「カクヨム」の異世界転生ファンタジーばかり濫読している。

2

中村融・編『ロマンティック時間SF傑作選 時の娘』を、『ひみつのひでお日記』で吾妻ひでおが絶賛していたので購入した。
まだ本文は読んでいないが、「編者あとがき」に以下の文がある。

〔オールタイム・ベストSFの投票結果を比べると〕海のこちら側と向こう側のSFファン気質のちがいが見えてくるのだが、とりわけ目を惹く点がある。長篇部門におけるロバート・A・ハインラインの『夏への扉』(一九五七、早川書房)、短篇部門におけるロバート・F・ヤングの『たんぽぽ娘』(一九六一、集英社文庫コバルトシリーズ同題書所収)に対する評価のちがいだ。この二作はわが国のオールタイム・ベスト投票ではつねに上位を占めるのに、欧米では見向きもされない。
いうまでもないが、両者には共通点がある。どちらもタイム・マシンを利用して純愛を成就させる話なのだ。時間の移動範囲が、せいぜい数十年でしかない点も同じ。〔略〕
端的にいってしまえば、”時を超えた愛”という見果てぬ夢が成就する物語。その実現のためにSF的な仕掛けがあるわけで、これはこれでSFならではの魅力だといえる。〔略〕
つまり、海の向こう側では、オールタイム・ベストに投票するようなコアなSF読者は”歴史の分岐”や”タイム・パラドックス”をテーマにした時間SFを好むのに対し、一般読者は”時を超えた愛”や”人生のやり直し”をテーマにしたSFを好むのだといえる。〔略〕個人の運命に焦点を絞った物語は、ひょっとして自分の身にもこういう事態が起きるかもしれないと思わせるところがあり、訴求力は非常に強いものがある。

日本人は(海外のコアなSFファン以外の読者もそうだが)、「人生をやり直したい」という願望をいつでも持っているようだ。
その願望の発露がタイムトラベルSFであり、異世界転生ファンタジーなのだろう。異世界転生ファンタジーでは「どう人生をやり直したいのか」という視点に作者がわりと無自覚なことが多いので、その願望にもっと自覚的な作品が増えると、さらに深みのある作品が味わえるようになると期待する。

3

「なろう」小説や「カクヨム」小説を濫読していると、「俺ってプロット作りの才能ゼロだよなあ、俺はフィクション作家としての才能って平均以下だったなあ」と、作者たちの執筆能力にしょっちゅう感心する。
『ひみつのひでお日記』と、俺が異世界転生していた時期のこと - カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記で、上京体験を異世界転生に喩えたので、これを核にフィクション化できないか少しだけ考えたら、陰鬱な気持ちになって、話なんて全く浮かばなかった。

時の娘 ロマンティック時間SF傑作選 (創元SF文庫)

時の娘 ロマンティック時間SF傑作選 (創元SF文庫)

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『ひみつのひでお日記』と、俺が異世界転生していた時期のこと

1

吾妻ひでおが癌で入退院したとツイッターで知った。(吾妻ひでおと面識はないので敬称はつけない。)
俺は中学生から高校生にかけて吾妻ひでおから物凄く影響を受けた。ウィキペディアを見たら、吾妻ひでおは俺より17歳年上だった。吾妻ひでおが初めて失踪したのは今の俺より若い時期で、再度の失踪は今の俺くらいの年齢か。ここんとこ俺は自分のうつ症状を無駄に自覚することでこじらせていた。

2

お布施というか寄付金的な気持ちで、未読だった吾妻ひでお『ひみつのひでお日記』を新刊で購入した。

2009年から2011年までの日記マンガと、2014年の日記マンガが収録されている。
2010年から、東京都「非実在青少年条例」の件が出てくる。ああ、そういう時期か。
2011年3月に地震の描写がある。そうか。その頃か。あれ、俺、この頃何してたっけ? あ、俺はその年に結婚したんだった。結納から結婚式にかけては老母の空前の狂乱に付き合わされて酷い目に遭った、とか思い出す。
作中に、上京していた時期に面識があった人とか、薄くだけれど関りがあった人とか、大学の先輩(俺は嫌われていた)とかがチラチラ出てくる。
2014年に描かれた「あとがき」に「児童ポルノ所持禁止」「漫画・アニメは除外」という新聞記事を吾妻ひでおが読むコマがある。「児童ポルノ法」はかつて俺が直接に深く関わった事柄だ。俺個人の経験が胸の深いところで甦り、自分の現実世界との繋がりを感じた。
吾妻ひでおとは面識を持たなかったけど、この日記マンガに出てくる何人かの周辺に俺はいた。今の俺はマンガ界からもコミケからも遠く離れたけど、あの世界にいた時期があったんだ。

2

上京していた期間て、思えば、異世界転生していたようなものだ、とか思った。
今俺が住んでいる世界とはルールも違うし、登場人物たちの種族も違う。今俺が住んでいる世界にはオタクという種族はない。今俺が住んでいる世界では、オタクという種族は空想上の種族だ。ドワーフやエルフや獣人と同じ程度に。
異世界では今の俺には使えないスキルも使えた。同人誌作成とか同人誌販売とかロビー活動とか。
俺は異世界転生先で少しだけ冒険をして、少しだけ奇跡を起こして、繰り返し現実世界というか「こっちの世界(田舎の宿泊業の世界・狂乱している老母が漏れなく付いている)」に逆召喚されて、もうあの異世界には戻れない。そんな風に感じた。

3

吾妻ひでおは、うつ症状とつきあいながらマンガを描いていたのだ、ということを、今までは我がこととして感じていなかったけど、自分がうつ症状になっている今読んで、「すごいな」とも感じるし、「自分にもできるかな」とも少しだけ思う。
『ひみつのひでお日記』の中に出てきた本を何冊か購入した。こっちの世界では、あっちの世界の本を読むのがきついが(魔素不足的意味で)、読めるだろうか。読みたいと今は思っているけど。
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「気分障害」と「うつ症状」

抗不安剤飲んでいるので、新規に保険に入れなそうだ - カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記
 の続き。

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2018年10月頃、通っている心療内科に、診断書を書いてもらった。「気分障害」の「うつ症状」なのだそうだ。
素人として平たく言うと、「うつ病」ということでいいのだろう。
気分障害|KOMPAS
気分障害とは何か
気分障害:ヘルプノート:こころもメンテしよう
2016年末あたりから早朝覚醒が続き、情緒不安定になった。早朝覚醒が「うつ症状」だとは気づかずにいた。
2017年7月に心療内科を受診し、以降、セルシンジアゼパム)を処方してもらうようになった。
近況1東武動物公園とか地元イベントとか - カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記
8月16日時点での近況 - カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記
で、毎日の仕事は、まあまあこなせる。
宿泊業の店主が「うつ病」というのも聞こえが悪いが、ウチの職業形態は接客時間が少ないので、あまり問題はない。
事務処理能力とか事務処理の意欲がかなり衰えているが、嫁がカバーしてくれているので、そこもあまり問題はない。
だが「毎日の仕事」を超えるぶんになると、わりとしんどい。しんどいというか、どうにか可能なんだが、意欲ゼロで行うので、そういう意味でしんどい。
具体的は、観光協会長職にまつわる雑務がしんどい。任期がまだ一年あるが、辞めさせてもらうよう次の総会までに先輩たちに相談しよう。
もう一つ、老父死去に伴う財産分けというか、老父名義になっているどこにあるのか誰も知らない土地の扱いとか、そういうのが、税理士さんがいるからまあどうにかなるはずなんだが、そこに老母の狂乱が加わると大混沌必至で、そういうのがしんどい。
「うつ症状」の「症状」そのものなのだが、将来への希望とか、楽しいと感じることとか、充実感とか、そういうのがないのが、しんどいというか、楽しさを感じないのだから楽しくない。

2

考えてみると狂乱の我が老母は、若かりし頃からずっと早朝覚醒していて、早朝覚醒を美徳だと思っていて、いつも情緒不安定だから、狂乱の我が老母も「うつ病」なのかもしれない。当人に情緒不安定の自覚がゼロだが。

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同じ心療内科が、睡眠時無呼吸の検査も扱っているので、老父の葬儀後、まず睡眠時の血中酸素量を測る検査をした。2分くらい息を止めているのと同じくらい血中酸素が少なくなることが睡眠中複数回あることが分かった。さらに詳しい検査は今後する。
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老父の永眠(2018年11月)

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11月2日(金)、老父がお菓子を喉に詰まらせた。
老父は要介護2で、認知症が進行していて、咀嚼能力が衰えているのに、つまみ食いをしたがるという状態が続いていた。
なのでお菓子を放置しておくのは危険なのだが、後で気づいたのだが、我が老母がその日の朝購入し放置していた。それを家族不在のタイミングで老父がつまみ食いし、窒息した。
窒息して、レジのところで老父が崩れ落ちた。崩れ落ちたところを嫁が発見し、店の前にいた俺を呼んだ。
後で考えると、そのとき俺がすべき正解は、窒息物を吐き出させるために、老父の後ろから羽交い絞めして、みぞおちのところに拳を固めて強く押す、ということだった。
「どうすればいい?」と動転する嫁に、救急車を呼んでもらい、救急電話の指示に従って心臓マッサージをした。老父は一度、目を見開いた。あれが俺との別れのメッセージだったように俺は解する。
救急車が来て、老父と、付き添いで嫁が病院へ向かった。
その時点で老父は心肺停止状態だったので、警察が検分に来る、対応してほしい、と救急職員から言われた。
警察が来て検分した。防犯カメラを昨年くらいから設置してあったので、それで窒息時の状況が確認できた。
警察の検分が始まるタイミングあたりで、老母の妹の夫が車検を終えた車を届けに来た。彼は自動車修理工場を営んでいる。親戚の中では俺と最も親しい叔父さんだ。老父が倒れたことを叔父さんに伝えた。
それと前後して嫁から、「至急、父に会わせたい人、近親者を呼んでくれ」との電話があった。
警察が検分している最中、老母が「店舗」に戻って来た。状況を説明した。老母は色々変なことを言いながら、病院へ向かった。
警察の検分が終わった後、嫁が戻ってきた、のかな。このあたりよく覚えていない。
入れ替わりで、俺も病院へ向かった。
医師から説明を受けた。一旦停止していた心肺は動き出したが、窒息が15分以上続いたので、脳の機能は戻らない。次に心臓が止まった時に蘇生措置をするかどうか尋ねられた。次に心臓が止まったら蘇生措置はせず、それでおしまいにしてください、と俺は告げた。
今日明日が山だ、と医師が告げた。
老母と、老父の姉は、その日から数日、泊まり込んだ。
俺も老父の病室に一日の半分以上の時間いた。
金土日を挟んでいたので、俺の妹など親族も見舞いに来れた。

2

老父はそれから約11日間命をつなぎ、11月13日(火)の朝に亡くなった。11日間命をつないでくれたお蔭で、老母の錯乱もそれなりに収まり、老父の死を老母も受け入れることができた。
医師が死亡診断したところで、葬儀屋とお寺へ電話した。
老父は葬儀屋の会員になっていたので、その後の葬儀関連の手続きはわりとスムースだった。とはいえ、事前に映画『お葬式』を観てシミュレーションしておけばよかった、とは思った。
老父の遺体は、村中にある、俺と嫁が寝泊まりしている「離れ」へ運んだ。この「離れ」は俺が生まれた頃まで老父たちが生活していた「実家」だ。

3

この「離れ」のうち、俺と嫁が寝泊まりしている部分以外の空間は、11月3日に老母が新興宗教の仲間とバザーをするための準備室倉庫として、老父が倒れた11月2日まで使われていた。
老父が危篤になったので、バザーは中止となり、バザー用物品は老母の妹さんと老母の従姉たちが片づけ、「離れ」の清掃をしておいてくれた。
老父の遺体は、この「離れ」へ運ばれた。我が村には「仁義」という風習があり、通夜までの間、親戚や生前の知人たちが、「離れ」で遺体に線香をあげに来た。
葬儀屋さんと打ち合わせ、11月15日(木)通夜、11月16日(金)火葬、告別式、というスケジュールに決まった。
方丈さんと打ち合わせ、戒名には、「慈」という文字と、老父の曽祖父の戒名から文字をもらうよう要望した。老父の曽祖父は、すってんてんの極貧から平民レベルまで一代で財をなした働き者だ。老父はすってんてんの極貧の原因を作った先祖と同名だったが、生き様はむしろその財を成した方の曽祖父に似ている、と、生前の老父に言ったところ、ずいぶんと喜んだ記憶がある。のでその名に因むのが供養になると思った。

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通夜葬式の際の香典帳場は、自治会の同じ組の人たちにお願いした。人が足りないので組が違うご近所さんにもお願いした。
地元の風習に関してと、我が老母のヒステリー対応には、老母の兄の長男がずいぶん力になってくれた。前述の、老母の妹夫妻が相談相手として最も力になってくれた。地元の風習については、老母の従妹の夫も力になってくれた。
老父の血筋の従兄弟は、俺以外の男は、県内では絶滅していていて、ほとんど頼れなかった。俺の祖母の実家の家はずいぶん本気で力になってくださった。
「離れ」での老父の遺体を見ているうち、老父の顔を見るのももう最後だな、と思い、久しぶりに本気モードで老父の似顔を描いてみた。親族へ見せたら受けが良かった。似顔絵は棺に納めた。

5

通夜葬式の喪主は俺なのだが、その際の口上・挨拶を、妹一号が張り切って下書きした。俺としては「できるだけミス少なく済ませる」ことを優先し、葬儀屋さんからもらった定型文に沿って口上を述べた。
妹一号は独身でもあるので妹として考えず、弟として考えるべきだ、と、俺は嫁から指摘された。そうか。たしかにそう考えるほうが適切だろう。弟として考えれば、妹一号の張り切りぶりは、ストンと腑に落ちる。

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葬儀の翌週、富士山マラソンがあった。俺の施設は給水所なのもあって、毎年けっこうたいへんなのだが、今年は葬儀から連続している感じがあって、特にたいへんだった。

7

老父の命日から数えて四十九日は、大晦日に当たった。なのでその前の週、12月22日(土)に老父の四十九日法要を行った。12月のこの週は三連休なので、本当は24日(月)昼が一番望ましかったが、クリスマスイブに法事をするというのも変だし、その前日は天皇誕生日で連休中日なのでそれも避けたいので、22日昼に行った。
寺で法要をしたのち、墓に納骨した。我が村は30年位前まで土葬だった。現在の墓石は20年位前に父母が建てたものだ。なので、我が家の墓の納骨一号は老父だ。
この納骨堂には、この後、老母と、俺と、俺の嫁と、俺の妹一号が納まることが確定していて、俺の娘はこの墓に入るかどうか判らない、で、俺の家は基本的にはそこでお終いなんだな、とか思った。*1

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抗不安剤飲んでいるので、新規に保険に入れなそうだ

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田舎に来て以来、老母と付き合いのある保険屋に多数会い、「田舎のお付き合い」で、入りすぎるくらい保険に入った。
生命保険の総額を見ると、俺が死んだとき保険金目当ての殺人の容疑者になりそうだ、と嫁が懸念する程度に。
保険屋にも有能と無能がいて、その中で一人だけ商品知識が確かな人がいる。逆に言うとその人以外は薦めている商品知識が貧困で話にならない。
その有能な保険屋さんが久しぶりに来て、少し話をした。
俺が昨年から精神安定剤抗不安剤)を飲んでいることを言ったら、あ、もう、新しい保険に入れませんね、と彼が告げた。
過剰なほど入っているし多数の保険屋から過剰なほど勧められてきた保険の類だが、もう新規に入れない、と知ると、少し寂しい。

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抗不安剤を飲んでいる人は自殺する可能性があるから、新規加入させないのだろうなあ、とか想像した。

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数日後、無能な保険屋が来て商品を勧めてきた。
俺、精神安定剤飲んでいるからもう新規に入れませんよ、と答えた。
病名が判れば入れるかもしれない、と無能な保険屋が粘った。そこ粘るところかなあ。
たしかに病名は告げられていないので、後日確認してみよう。

4

処方してもらっているジアゼパムと、処方されるきっかけになった不眠症(朝4時~5時くらいに目が覚めて眠れない症状と、睡眠不足による情緒不安定)から、病名を推定してみようとグーグルで検索してみた。
検索の結果、素人考えでは、どうも可能性が高いのは、うつ病のようだ。
あれ、そうなんだ? 俺が「うつ病」という言葉から連想していたのとは症状がちょっと違うな。
とはいえ、ジアゼパムを飲まないでいると「悔しい」という言葉が四六時中出るし、共感力や感受性が自覚できるほど低くなっているし、ジアゼパム飲まないでいると睡眠障害もあるし情緒不安定になるし、生活がちっとも楽しくないから、まあそうなのかな。

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睡眠時無呼吸症候群の可能性もあるので、そっちも後日検査してみよう。
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