カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

表現規制反対活動を昔していた。元エロマンガ家。元塾講師。現在は田舎で引きこもりに似た何か。

国家という公共財は「重要」だが、公共財を「愛する」のは変態行為である

内藤朝雄さんのブログから。

http://d.hatena.ne.jp/suuuuhi/20060627
〔国家とは〕一人一人の人間の共存と福祉のための公共財である機械装置〔略〕と考えるものである。国家は水道や電気や医療や交通網のように、人々の生存にとってきわめて重要なものだ。〔略〕しかし、いかに国家が重要であるとはいえ、それを「愛する」などというのは、水道管や電線をぺろぺろ舐めまわし、女性の靴や下着のにおいを嗅ぐのと同様、変態である。〔略〕愛国心はフェテシズムの一種である。〔略〕国家が愛国心などという変態心性を万人に要求する制度は、日本国装置の性能の悪さとして、国家プライドを大いに傷つけるだろう。

http://d.hatena.ne.jp/suuuuhi/20060627
〔略〕国際関係のなかで北朝鮮の立場を有利にしているのは、〔略〕日本の右派である。また日本の右派は、反日運動によって民衆の不満をそらせて中国共産党独裁を延命させるのにも役立っている。

以上、たいへん良い文なのでここにメモしておく。『図書新聞』、買える機会、あるかなあ。
もちろん私は変態だから変態の思考様式にはわりと明るい。「ネット右翼」に欠けるのは「自分は変態である」という覚悟である。「自分は普通のはずだ」というのはヌルイ変態が言いたがる自己欺瞞であり、これが最も性質(タチ)が悪い。というか、変態として三流である。三流の変態は他者を嫉み、他者の陰口を言うことだけに全エネルギーを投入し、結果、変態としての幸福すら掴み損ねる。もちろん変態だから「普通」の幸福とは生涯縁がない。

ぽちっとな