「教える」「伝える」の巧拙
家業を老母から教わっているのだが、わが老母は人にものを教えるのが激烈に下手であり、しかもその自覚を完全に欠くので、たいへんにアレである。だいたい老母自体が仕事を判っちゃいない。
ものを「伝える」「教える」の巧拙について。
「伝える」「教える」ことの下手な人というのは、まあ色んなパターンがあるけど、一つの類型としては、相手が判り切っていることをくどくど言い、相手が何を知らないのか、何に疑問を抱くかに対して、想像力と理解力が働かず、相手が「知らない」こと「疑問に感じ、躓きやすい」ことについては決して教えないし伝えない。あるいは相手の記憶に最も残りにくいかたちでしか伝えない。情報をスッキリと要点にまとめる、ということができず、情報をムダに断片化し、ムダに作業を繁雑にさせる。というのが類型の一つだ。
具体的には、私は現在の仕事を20年前までずっとしていて、10年前にもしていたのだから、10年前から後変更になった点だけを伝えてくれればいいのにそこがどこなのか老母が理解していないので(理解できないわけがないのだが理解できていないので)、20年前から変わっていない点ばかりをくどくど感情的にしつこく言い続け、10年前から変わった点についてはろくに伝えない。
「伝える」「教える」ことの下手な人の類型の一つとして、相手が「聞ける」体勢にあるかどうかを確認しない、というのがある。私が知らないことが明らかで老母もそのことを承知している事柄について、老母は必ず私が他の作業途中で、その作業のほうが優先度が高くて聞けない体勢にあるときに伝える。言ったほうは教えたつもりになり、言われたほうは記憶できない。よって我が家ではたいへんに頻繁にものが紛失する。それも重要なものに限って紛失する。老母が重要なものを他の人に渡すとき、ほぼ必ず相手が受け取れないときに渡すからだ。そして相手にとり必要なものについて老母は記憶しないので、たいへん頻繁に、紛失するわけがないものが紛失する。
「伝える」「教える」ことの巧い人というのは、その逆である。
つまり相手が聞ける体勢にあるかどうかをまず確認する。
そして相手が何を知らないのか、どこに疑問と躓きを覚えるかに想像力を働かせ、把握する。
「知らない」とは、ふつう、その最も基礎となるところを知らないのだから、基礎をさかのぼれる限りいったんさかのぼり、リズムよく確認し、要点を教え、そしてまだ身についていない部分を繰り返し反復させる。覚えさせるための作業として、「こんなことわざわざ説明するまでもないだろう」と思われるところまでさかのぼり、「躓き」の元を潰し、覚えるための作業、理解させるための作業を定式化する。疑問と躓きを覚える点というのは情報の盲点になりがちな部分についてであるから、それをあらかじめ想定し対策しておく。下手な人というのは、最も基礎となるところをスキップし、基礎さえ知っていればどんなバカでも自分で考えてわかる断片部分ばかりを言いつのる。下手な人は最も基礎の部分は決して伝えない。要点を自身で把握できていないからだ。
躓きを潰すには、必要な情報、頻繁に確認を要する情報は、スッキリと可能な限り視覚的にまとめ、最も目につきやすいところに置き、頻繁に確認をさせる。
塾での場合、生徒が「解らない」「覚えられない」事柄というのは必ず傾向性がある。その傾向を可能な限り早期に潰しておく。生徒が「解らない」「覚えられない」ことで一番多いパターンは講師自体の知識への理解が甘く不正確であることだ。よって他の講師や学校の先生や保護者から不正確に教わっている事柄の洗い出しを徹底して行う。そのためにたとえば生徒のノートを確認し、添削する。
塾講師をしていた時、私はテストの多い講師だった。漢字テスト暗記テストをしつこく反復して生徒に受けさせ、生徒が正確に覚えていないところを繰り返し再テストさせ、口頭試問し、何を覚えていないのか確認し、正確に覚えさせるようしつこく繰り返した。テスト内容は必ず事前に生徒に予告し、同じ問題を宿題に出し、そしてテストするのだが、それでも生徒は満点をとれない。満点がとれるようになるまでしつっこくテストと宿題を繰り返す。国語に関してはとにかく漢字と知識を刷り込んだ。漢字を間違えて覚えていないかどうかしつこく確認した。社会科を教えるときは同じ問題をしつこく宿題に出ししつこくテストをししつこく再テストをし、ひたすらに覚えさせた。基礎知識を覚えればそこから先は覚える生徒は勝手に覚えていく。得点できない生徒というのは基礎知識の刷り込みが足りない生徒のことを言う。よって良い講師はひたすらに知識と解法を定式化し、それをしつこく繰り返し生徒に刷り込ませる。下手な講師というのは一度自分が言っただけで相手が永遠にそれを覚えていると期待している。
月初めまで仕事をしていた塾では、知識伝達法とか解法が定式化していなかった。そこの方針は、他塾の優秀生を日曜講座で登録して見かけ上の実績を上げることにエネルギーを注ぎ、実際のところ、とくに文系の解法はまったく塾として研究も定式化もしていなかった。よって講師の力量には物凄い格差が自然と発生し、その塾で長年教わった生徒は実際のところたいして実績を残していない。といったことがあった。塾からの案内や塾内部のマニュアルはムダな修飾ばかりが多く、情報と要点はムダに断片化していて、要点を把握するのが実に困難なものばかりだった。マニュアル自体がムダに断片化していてマニュアルの内容は一冊一冊はムダな反復が多く、必要とする情報を得るのにたいへんにストレスと手間を要した。必要な情報がどこにあるのかを指示しておくガイドが基本的に欠落していた。それにより生徒と保護者と職員のストレスが溜まり、ムダにエネルギー消耗されたが、塾の中枢は講師として無能だから本社勤めになったような無能者が多く、よって情報伝達の下手さはまったく改善されず、塾の会社としての欠陥への対策力が全く育たず、結局現場講師にシワ寄せがいき、有能な講師は疲弊して退職し、無能な講師が残り、生徒にシワ寄せさせるという悪循環が続いていた。よって最優秀生はこの塾のメインの客層たりえなかった。保護者が賢明ならその欠陥にある程度気づくからだ。だからあの塾はそう遠からず自滅すると予想する。「教える」「伝える」のが下手な類型の一つだった。