カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

表現規制反対活動を昔していた。元エロマンガ家。元塾講師。現在は田舎で引きこもりに似た何か。

聴講先が冬休みになった

聴講先が冬休みになった。ので今週は聴講に行っていない。
聴講しなくなったら、知的刺激がなくなって、「なろう」小説ばかり読むようになった。教養書を読もうという気力が湧かない。知的能力が衰えているというか、鬱症状が緩く再発しているというか。
聴講に行っていないと、朝から晩まで、正気ではない老母から理不尽な罵りを受けるばかりだ。俺が仕事をしていようがいまいが。
田舎での俺の環境は、知識や知性とは縁遠い。社会とも断絶している。
幼少期から青年期にかけて、俺はマンガばかり読んでいた。ここでの生活と俺とは相性が悪い。その状況を再現している。
幼少期青年期とは違うのは、50歳前後のあたりから、自分の脳味噌の働き、思考力のうちとくに先々のことを考える力がずるずると衰えているところだ。以前、自分には少しあると思った未来予測能力のセンスは、今の俺にはない。年齢的衰えと、社会と全く関わっていないことと、双方によると思われる。
聴講先までは自動車で片道1時間半弱かかる。自動車の運転ができる年齢の間は、できるだけ聴講を継続させないと、脳の衰えがかなり早く酷いことになりそうだ。脳を使うと長生きするとコリン・ウィルソンが書いていたのを覚えている。さほど長生きしたくはないが、娘が大学卒業するくらいまで俺があまりバカにならないよう、あまり娘に間違ったことを言わないよう、知的刺激を受けるようにしておきたいと思う。
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