カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

実家は居心地が悪く、落ち着かない

1

オフシーズンになり仕事量は少ないのだが、我が家は居心地が悪く落ち着かない。
ふつう、「自分の家」というのは最も落ち着きを覚えるべき場所だ。我が家はそうではない。
といったことを嫁に話す。
嫁も同意する。「夏のほうが忙しいけれど、することがある分まだマシだ。今は仕事がないから仕事を探さなくちゃならない。仕事がないのに休めないし本も読めない。」と嫁が言う。
先日までしばらくの間、老母は海外旅行へ行って我が家を留守にしていた。その間は、我が家はいい感じで気が抜け、落ち着いていた。
老母の留守中、嫁に老母が変な義務を課していたので、嫁はそれをこなすことに疲弊したが、それをこなした後はいい感じでゆるい生活ができた。
老母が帰宅して以来、我が家は居心地が悪くなり、落ち着かない。
「強制的に休日を作って休むべきだ」と私が嫁に言う。
「でもどの道この家にいる限りは落ち着けない」と嫁が言う。それは私がこの家に感じていた不快さであり、それを共有できる人がいることはたいへんにありがたい。今まで、自分の感じる不快さを同感してくれた人はこの家の周辺には誰もいなかった。その孤独たるや。
口実を設けて何泊か外出するしか方法がない、ということで嫁と意見が一致する。
しかしながら、自分の家にいる限り、居心地が悪く落ち着かずムダに疲れる、というのは、健康的ではない。

2

老母は海外旅行をしている間中、老母の信仰している新興宗教の会合に出席するよう嫁に求めた。もちろん嫁はそこを信仰していない。
老母のその要請は筋が違っていておかしい、と、私は老母に抗議したのだが、老母は抗議されることを理不尽だと感じ、老母が大変に不機嫌になっただけだった。老母は自分と家族の区別とか、自分の都合と仕事の区別などが一切できないので、家族を自分の都合に巻き込むことに何の躊躇もない。老父はそのことに抵抗を覚えないので、老母のその悪い性向を増長させる。
さらによくないことに、老母は「働き者である」という自己イメージを強く持っている。しかしながら老母は自分と子供夫婦の区別がつかないので、かつ老齢で体が巧く動かないことなどもあり、我々に色々強要・要請する。老母の要請はたいがい理不尽である。理不尽であるので要請を遂行してもあまりいいことがない。要請時に期待した快楽を老母に与えなかったという理由で老母が不機嫌になることはしばしばある。
老父母に共通する欠点だが、老父母には一貫性というものがない。理念的なものが欠落している。ので、要請に絡んで「べき」論を老母は好んでするが、「べき」論の内容は日によって矛盾しており、当然に老母自身は「べき」論の内容を一つも実践していない。老母自身波実践できていないのだが、我々には実践せよと当然に要請を四六時中行う。
そのため私と嫁は老母と一緒にいる限り、常にムダに疲弊させられる。
外出しているときでしか息が抜けないというのは、不健康だ。

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