カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

嫁の父の手術と入院

1

嫁の父が入院した。
首の関節に支障があって、手足が痺れるようになった。それを直すために手術をした。脳梗塞を避けるための手術、みたいに聞いていた。
手術には6時間かかると聞いていた。
嫁も私も病院にいる必要は必ずしもなかったのだが、家から離れる口実として、病院へ行った。すでに手術は始まっていたので、嫁の父には会えなかった。嫁の母と、嫁と、嫁の弟さんと私で、昼まで時間を潰した。
私は、彼らと昼食をとったあと、観光協会の仕事に行った。3時ごろ終え、病院へ向かった。ちょうど手術が終わる予定時刻を少し過ぎたところだったが、まだ手術は終わっていなかった。
手術は午前9時に始まり、麻酔が1時間くらいかかり、午前10時くらいから執刀開始、午後3時過ぎには終わる予定だった。午後6時になっても手術は終わらなかった。
嫁の父の病室と同じ階の食堂で待っていたが、患者さんたちの食事時間となったので、私たちは1階へ移動した。
嫁の弟さんは、午後7時の高速バスで帰るつもりだったが、午後8時20分の高速バスに予定を変更した。午後8時が近づいても手術は終わらなかった。弟さんはやむなく帰宅した。バス停までは私が送った。弟さんを送る車中で、手術が終わったことの連絡が携帯に来た。手術は10時間以上かかったことになる。
弟さんを降ろし、病院へ戻った。
病院へ戻ると、嫁の母と嫁によると、嫁の父は現在検査中、とのことだ。
スクリュー(ボルト状のもの)を頭・頸椎に入れて神経の圧迫を避けるそういう手術だったようだが、微妙にスクリューの位置がずれ、脳への大動脈を圧迫するかたちになってしまったようだ。血管を傷つけていないかどうかの検査が行われている、と、嫁の母と嫁に説明があったそうだ。
夜10時を過ぎても検査結果はもたらされなかった。私たちは個室へ移動した。夕食を食べそこなっていたので弁当を私が買い出しに行った。
その間に、嫁の母と嫁に医師から説明があったように記憶する。
私たち3人はコンビニ弁当を食べ、嫁の母に残ってもらって我々はいったん帰宅した。

2

翌日。嫁とともに病院へ。嫁の母と合流。医師から説明を受ける。脳への血管は圧迫はされているが傷はない。圧迫されているため脳梗塞・脳血栓のリスクがある。
選択肢は3つある。
1;血液をサラサラにする薬を飲めば、脳梗塞・脳血栓のリスクを抑えることができる。血管が圧迫されて細くなってはいるが、それで様子を見る。
2;スクリューを外すという選択肢。ただし血管を傷つけるリスクがある。
3;血管を詰めてしまう。詰めてしまえば血流がなくなり、脳梗塞・脳血栓のリスクは抑えられる。
なんか3つめの説明の意味がよく判らなかったが、現時点では選択肢1が最もリスクが少なそうなので、1を選択する、ということに決める。
本人の意思確認をする。
嫁の父は首のところに、ブックエンドのような固定装置をつけられていた。首を中心に、たくさんの管が繋がっていた。点滴の管も当然に繋がっていた。管の一つは血液を体から抜くというものだった。どういう目的で抜いていたのかは知らない。
嫁の父は気丈な方で、芯のしっかりした方であるので、嫁の父自身が最悪の状況を想定されていらっしゃったが、それほどは悪い状態ではない、という説明を医師がした。
嫁の父は薬嫌いなので、選択肢1の、「血液をサラサラにする薬を毎日飲む」というのに抵抗をされたが、それが最もリスクが少ない、という説明で、それを承諾した。
この日、手術直後で、嫁の父の体温は38度5分くらいあった。

3

ところで入院となると、退屈が敵だろうと私は想像するので、嫁の父に本でも差し入れしたかったのだが、首を動かせないので、自力で本を読むことが適わない。
それなら私が本の読み聞かせをしてあげたい、という話は、嫁には事前にしていた。ご本人や嫁の母にもその病室でその話をしたのだが、図書館には朗読のCDがあるよね、という話になり、これまで読む機会のなかった文学をこの機会に朗読で読むのが良いですよ、という話になった。
嫁と図書館へ行き、朗読CDを借りた。昨夜嫁の父は眠れなかったそうだが、朗読CDを聞けば、頭も使うし眠くなるかもしれない。ところで文学的な朗読CDより論説文的朗読CDのほうがきっと嫁の父には合うだろうが、そういうのは存在しないね、みたいな話を嫁とした。
嫁は体調不良だったので、帰宅の後、私だけが朗読CDとラジカセを持って、もう一度、嫁の車を借りて、病室へ向かった。
嫁の母がいるかと思ったが、この日、嫁の親族に葬式があり、嫁の母はそちらへ行った。私は嫁の父としばし話をし、芥川龍之介「鼻」の朗読CDをかけたりした。
夕食時間となり、看護婦さんが来た。「食事は息子さんに食べさせてもらいますか?」と看護婦さんが嫁の父に訊ねるが、「いや、これは息子じゃなくて婿ですので」と嫁の父が言い、看護婦さんに食べさせてもらうことに。
私はその間、病院1階へ行き、読書して時間を潰した。1時間ほどで食事が終わった。嫁の父はちゃんと全部食べたそうだ。
嫁の母が病室へ帰ってきたら自分も帰宅しようと思ったが、嫁の母はその日はもう病室へ戻らないとのことだったので、私も夜8時頃帰宅した。
台風の最中で、道路は川のようになり、嫁の車の低い車体ではやばめな感じだった。車高の高い車に乗ってくるべきだった、と後悔した。

4

その翌日、嫁は私たちの昼食の準備をして、自分はお茶の教室へ行き、そのまま病室へ行く、とのことで出かけた。
昼食の準備もせずなんか私用で出かけていた我が老母は、我が嫁のことを、お茶の教室なんか行っている場合か、親の見舞いに行かないのはどういうことだ、と、吹き上がった。聞いちゃいられなかった。
この日は台風の翌日だったと思う。台風で湖が増水し、桟橋やボートへの対処をしてから、夕方、嫁の父の見舞いに行った。
ブックエンドのような固定装置は外されていた。嫁の父の体温はこの日は37度5分くらいあった。嫁の父と話をした後、井伏鱒二山椒魚」を森重久弥が朗読しているCDをかけたりした。
私の後、嫁の母が、そして嫁が来た。
しばらく嫁の父を中心に話をして、そして退室した。
私は嫁の母に言う。「ウチの風習だと入院の間中、ずっと誰かが付添いしてます。だからウチの親が入院となったら、嫁さんの負担が凄くなるので、お義母さんはそのことを理解されておいてください」
嫁の母が言う「ウチはあっさりしているよね」
このまま帰宅しても我が実家の老母から何を言われるのか知れたものではないので、3人で夕食に行った。ビールを飲んだ。私の乗ってきた車は病院へ置き、嫁の車でその後、嫁の実家へ行き、紹興酒をいただいた。

5

翌日、私は二日酔いになった。意外にたくさん飲んだようだ。この日は我が老母は老母の足を診てもらいに東京の病院へ行っていた。老母が自動車を駅へ置きっぱなしにしているので、家の自動車の数が足りなくなった。
この日、雨の中、大人数のバーベキュー休憩の客の予約があった。
昼食後、客が帰ってから、嫁の車で病院へ行く。嫁の父の顔を見て、嫁はそのまま付き添いをし、私は電話番をしに帰宅した。昨夜置きっぱなしにした車に乗り、それを家に戻した。

6

本日、朝、我が老母が、嫁の父への見舞金を用意しろ、と私に言う。嫁の家の風習には合わないと思うが、用意し、老父母の用意した見舞金と合せる。
午前中、私は観光協会の仕事で出かけた。午後、台風の後処理を行った。「柳に枝折れ無し」というが、台風のたび柳の大枝が折れている。今回も折れた。それを片付け、ついでに太めの枝をチェーンソーで分断し、植樹したりした。
我が老母と老父が、嫁の父の見舞いに行った。夜7時頃、帰宅した。夜8時頃になり、見舞金を渡してこい、と老母が私に言う。
え? 我が老父母様が渡したんじゃないの? と訊くと、バカを言うな、お前の名前なのだからお前が渡すのが当たり前だ、と罵られる。
それにしても今日はもう遅いよ、と言うと、遅いもんかとっとと行け、と我が老母様がお罵りになられたので、やむなく嫁と行く。ところで我が老母の就寝時刻は午後8時半であり、午後8時に来客があったりするとすげえ迷惑がる人だ。
病室へ。嫁の父は体の管が外れ、個室ではなくなった。自力で車椅子が使えるようになっていた。体温も平熱になった。こうなれば安心だ。
見舞金を持ってきたことを伝え、嫁の父と少し話をし、退室し、嫁の実家へ行った。見舞金を嫁の母へ預けた。
見舞金という風習は、互酬性贈与交換というやつだよなあ、前近代社会の、旧石器時代からの風習だよなあ、http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20110724/1311518978 みたいな話を嫁とする。レヴィ・ストロースが交叉いとこと並行いとこを発見した件なんかも嫁を相手に知ったかぶりした。

7

嫁の父を見舞ったりする間に、

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水滸伝―虚構のなかの史実 (中公文庫)

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