カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか

入院5泊

1

8月末日は開店しておくに値しない程度に宿泊客が少ないと昨年時点で判明したので、今年は当初から8月30日31日を休業日と決めていた。
これは今年の8月の心のよすがだった。伊豆の温泉に一泊しに行こうと嫁と決めていた。

2

8月29日に盆踊り実行委員会の「反省会」という名の宴会の誘いがあった。
普段なら、旅行前日でもあるし、直前まで欠席するつもりだったが、今年は盆踊り実行委員会に観光協会長として色々迷惑をかけたから顔を出して「お世話になりました、来年もよろしくお願いします」と挨拶しといたほうがいいなあ、と思い直し、出席した。
出席してみたら、実際のとこご迷惑をおかけして挨拶したかったのは「盆踊り実行委員会」の中の実務を毎年している「育成会」の人たちだったが、その人らは誰も出席しておらず、毎年順繰りに交代する区長のおっちゃんたちだけが参加していたので、全然出席の意味がなかった。

3

ところでこの8月29日というのはそろそろ処方してもらっていたセルシン錠剤が切れる時期だった。ので、処方してくれる心療内科は週2日しか開業してなくて、当日並んだ順で対応するという厳密なルールのとこなので、午後3時開院の1時間前に並んだ時点で俺で23番目だった。俺が実際に処方してもらえたのは午後6時近かった。「反省会」は午後7時からだ。

4

で、心療内科から「反省会」へ直行する前に、近隣の大手神社に行って、「酒で荒れたりしませんように、明日からの旅行に事故がありませんように」と祈願して、「反省会」へ向かった。

5

セルシンを最後に飲んでから20時間は経っていたから、まあビールくらい飲んでも大丈夫だよな、と思い、それなりに飲んで、あまり長居しないで歩いて「離れ」へ帰ろうとした。歩いて5分強くらいの距離だから。
「離れ」の50mくらい前まで歩いていたのは覚えている。

6

翌朝気づいた時には「離れ」の変なところの布団に寝ていて、頭から血が出ていて、鼻血も出ていた。
嫁の言うには、道路で倒れていて、ゲロ吐いて「悔しい悔しい」と叫んでいたそうだ。たまたま自動車で通りがかった人が救急車を呼んでくれて、近隣の善人のおじさんたちがゲロを始末してくれて、俺は救急病院へ行ってMRI診断とかしてもらったらしい。全く覚えていない。
で、翌日診察受けなさいと言われていたとのことだが、客のチェックアウトを済ませた後病院に行ったらもう診察受付時間終了だった。

7

なのでそのまま伊豆へ一泊旅行に行った。運転はしない方がいい、お風呂に入らない方がいい、と言われていたそうなので嫁に運転してもらった。温泉に行ってもお風呂に入れないからシャワーだけ浴びてひたすら寝てた。
宿の夕食も朝ごはんも全然食える気がしない。食欲がないとはこういうことか。

8

帰ってきた翌朝9月1日金曜にその病院へ改めて行った。そのまま入院措置となった。クモ膜下出血の可能性がないかどうか調べたいが今日は金曜日で月曜まで脳外科医がいない、とのことだ。え、じゃあ別な脳外科医の病院行く方がいいんじゃないの、という気がしないでもなかったがそのまま入院した。
記憶する限り、入院経験というのは俺は初めてだ。
スマホの充電がギリギリ切れかけていたので、公衆電話で嫁に事情を説明した。
点滴を打ってもらって眠っているところに嫁と娘が来てくれた。入院中の俺の退屈をしのぐための俺の本を適当にたくさん持って。ありがたい。なによりありがたい。これで寝返りするとき眩暈がしなければ天国なのだが。
9月1日はひたすら眠った。点滴に導眠剤的成分もあったのだろう。セルシンも飲んだ。
歯を磨こうとしたらよろけて倒れそうになった。自分が病人であることを自覚した。寝返りすると眩暈がしてきつい。
kindleで『この経済政策が民主主義を救う』とか『一揆の原理』とか読んだ。そしてひたすら寝た。

9

9月2日土曜、家業は忙しいだろうがセルシンを飲んでそのことを考えないようにした。
病院食は不味いわけではないが全然喉を通らない。ほとんど残して売店へ行ってウィダーインゼリーを買って飲んだ。
この日もひたすら寝た。寝返りすると眩暈がする。
しまたけひとの『みちのくにみちつくる』を読み終えた。これはkindleでも買ってあったが小さい書き文字がkindleでは読めずストレスたまるのでお布施の意味も込めて紙媒体で購入し直したものだ。やっと読み切れた。
ポメランツの『大分岐』を途中まで読む。
たしかこの日にCTスキャンしたように思う。次の日だったかもしれない。
木村草太の『憲法という希望』を読了する。あとはひたすら寝た。

10

9月3日日曜、家業は忙しいだろうがセルシンを飲んでそのことを考えないようにした。
嫁と娘がスマホ充電器を持ってきてくれた。俺は入院して以来髭も剃らず髪も整えていなかったので、嫁たちと別れた後鏡を見て「これはどこからどう見ても病人だ」と感じたので、髭を剃って髪を整えた。だいぶ病人らしさが消えた。
3日目になるとさすがに夏の疲れも取れてそれほどは眠れない。ポメランツの『大分岐』を途中であきらめ、kindleで古谷経衝『右翼も左翼もウソばかり』読了。次いで筒地清忠『昭和史講義2』を読み始める。飽きてくる。
寝返りしてもそれほどは眩暈がしなくなった。
睡眠が足りてきて回復してきたので、セルシンを飲んでもいまいち寝付けない。が寝た。

11

9月4日月曜、宮崎市定『世界の歴史6巻宋と元』読む。セルシンを飲んでもあまり眠れない。
やっとMRIの検査をした。
それとも検査は火曜だったか。
充分寝足りているので夜になってもなかなか寝付けない。

12

9月5日火曜、宮崎市定『世界の歴史6巻宋と元』読了。
夕方、脳神経外科の担当医が来て、このまま様子見るために入院していてもいいが退院してもいいと言う。
我が家業は繁忙期で俺が不在な分嫁がヒイヒイ言っているのは確実なので退院したいと告げる。

13

9月6日水曜朝、やっと退院できた。
入院中出された食事は半分も食べていないから痩せたとは思う。運動もしていないから筋肉も衰え痩せていると思う。
今日から少しずつリハビリで歩くこととする。
頭はまだ痛いし、歩くのも少し怪しいし、仕事は普段の半分くらいしかできいないが、いないよりは俺がいるほうが嫁が楽なはずだ。
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