カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

表現規制反対活動を昔していた。元エロマンガ家。元塾講師。現在は田舎で引きこもりに似た何か。

「勝共」機関紙『思想新聞』に名刺広告を出した政治家たち

以下、資料転載。〈若者と宗教〉研究会『統一協会の内幕』エール出版社、1992年162−163p より重引。

勝共」機関紙『思想新聞』に名刺広告を出した政治家たち

自民・衆院議員

町村信孝(北海道一) 佐藤静雄(北海道一) 箕輪登(北海道一) 上草義輝(北海道二) 武部勤(北海道五) 竹中修一(青森一) 田名部匡省(青森一) 木村守男(青森一) 佐藤敬夫(秋田一) 玉沢徳一郎(岩手一) 工藤巌(岩手一) 小沢一郎(岩手二) 椎名素夫(岩手二) 三塚博(宮城一) 愛知和男(宮城一) 伊藤宗一郎(宮城一) 長谷川峻(宮城二) 鹿野道彦(山形一) 亀岡高夫(福島一) 天野光晴(福島一) 栗山明(福島一) 中山利生(茨城一) 額賀福志郎(茨城一) 梶山静六(茨城二) 中村喜四郎(茨城三) 船田元(栃木一) 稲村利幸(栃木一) 松永光(埼玉一) 浜田卓二郎(埼玉一) 三ツ林弥太郎(埼玉四) 江口一雄(千葉一) 大塚雄司(東京一) 石原慎太郎(東京二) 新井将敬(東京二) 小坂徳三郎(東京三) 粕谷茂(東京四) 高橋一郎(東京四) 天野公義(東京六) 小沢潔(東京七) 浜野剛(東京九) 島村宣伸(東京一〇) 石渡照久(東京一一) 小泉純一郎(神奈川二) 戸沢政方(神奈川三) 亀井善之(神奈川五) 小沢辰男(新潟一) 近藤元次(新潟一) 佐藤隆(新潟二) 稲葉修(新潟二) 中尾栄一(山梨全) 若林正俊(長野一) 羽田孜(長野二) 村井仁(長野四) 大野明(岐阜一) 稲垣実男(愛知四) 村田敬次郎(愛知五) 山下元利(滋賀全) 宇野宗佑(滋賀全) 野中広務(京都二) 中山正暉(大阪二) 原田憲(大阪三) 塩川正十郎(大阪四) 左藤恵(大阪六) 北川石松(大阪七) 石井一(兵庫一) 砂田重民(兵庫一) 鴻池祥肇(兵庫二) 渡海紀三朗(兵庫三) 井上喜一(兵庫三) 松本十郎(兵庫四) 戸井田三郎(兵庫四) 奥野誠亮(奈良全) 前田武志(奈良全) 中西啓介(和歌山一) 二階俊博(和歌山二) 東力 相沢英之鳥取全) 大村襄治(岡山一) 平沼赳夫(岡山一) 加藤六月(岡山二) 橋本竜太郎(岡山二) 粟屋敏信(広島一) 中川秀直(広島二) 亀井静香(広島三) 佐藤守良(広島三) 森田一(香川二) 大野功統(香川二) 月原茂皓(香川二) 越智伊平(愛媛二) 森清(愛媛二) 西田司(愛媛三) 麻生太郎(福岡二) 三原朝彦(福岡二) 自見庄三郎(福岡四) 大坪健一郎(佐賀全) 保利耕輔(佐賀全) 山下徳夫(佐賀全) 愛野輿一郎(佐賀全) 久間章生(長崎一) 虎島和夫(長崎二) 野田毅(熊本一) 園田博之(熊本二) 畑英次郎(大分一) 衛藤征士郎(大分一) 田原隆(大分二) 佐藤文生(大分二) 江藤隆美(宮崎一) 大原一三(宮崎一) 堀之内久男(宮崎二) 保岡興治奄美群島区) 

自民・参院議員

古賀雷四郎(比例区) 大鷹淑子比例区) 北修二(北海道) 高橋清孝(岩手) 星長治(宮城) 曽根田郁夫(茨城) 田辺哲夫(東京) 斎藤文夫(神奈川) 長谷川信(新潟) 河本喜久蔵(滋賀) 植木光教(京都) 石井一二(兵庫) 亀長友義(徳島) 三池信(佐賀) 大塚清二郎(佐賀) 後藤正夫(大分) 坂元親男(宮崎)

民社党

神田厚(栃木二) 田中慶秋(神奈川四) 安倍基雄(静岡三) 吉田之久(奈良全) 伊藤昌弘(東京六) 小川泰(神奈川二) 

その他

佐藤孝行(北海道三)中曽根派 山崎武三郎(鹿児島一) 亀井久興(島根全) 近藤豊(愛知五) 田島衛(東京一〇)
 (日本共産党ブックレット「霊感商法勝共連合統一協会」より)

「つくる会」歴史教科書立ち読み

つくる会」歴史教科書立ち読みしましたですよ。5.15事件の記述がありませんですよ。足利義満についての記述が本文中にありませんですよ。南北朝時代を統合したのが足利義満だということも書いてませんですよ。清教徒革命の文字もなかったですよ。これじゃ上位校は狙えませんよ。
で、絶対試験に出ない「大東亜会議」が太文字で書いてあり、2ページくらい使ってグダグダ説明してあったですよ。んなとこは入試には出ないのですよ。仮に出るとしても、「以下の選択肢の中から誤ったものを選べ」、という選択問題で
 ・第二次世界大戦で、日本はアジアでよいこともした
を選ぶと得点、選ばないと失点
、というそういう扱いですよ、入試では。先月の中3向け全国模試でそのまんまこういう問題が出ましたよ。
ところで、「つくる会」シンパな人々は、第二次大戦中、南京周辺はイギリス権益の場所であり、だから南京事件英米で先にニュースになったこととか、英米メディアで「日本悪玉・中国善玉」論を展開した主要人物が蒋介石夫人である宋美齢であることなんかには全然言及がねえのな。不思議。

通州事件ほか

職業系・宗教系ネット右翼のバカどもによって「通州事件通州虐殺)」のトンデモ言説がweb世界を走っているので、はてなキーワードに登録する。

  通州事件 
 〔略〕一方、〈蘆溝橋事件が起きると〉華北では日本軍は七月三〇日までに北平・天津を占領した。その間の二九日冀東政権の保安隊が反乱を起こし、中国民衆も加わって、日本人居留民二二三名を惨殺する通州事件〈原補足〉が発生した。
 〈原補足〉保安隊は関東軍飛行隊に兵舎を誤爆されたことに憤怒して反乱したといわれる。また中国民衆は通州を拠点とする【日本のアヘン・麻薬密売の盛行】にたいして憤激を爆発させ、報復した〔23〕。この事件は日本国民の敵愾心をあおるために利用された。
 〈原注〉
 〔23〕信夫清三郎「通州事件」『政治経済史学』二九七号、一九九一年。
 以上、出典;江口圭一『十五年戦争小史』青木書店、1991年。125p。 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4250910091/qid=1099270499/sr=1-2/ref=sr_1_8_2/249-9475508-4288344

通州事件
 一九三七年七月八日早朝、北京郊外約三〇キロの豊台に駐屯する日本軍と、マルコ・ポーロ橋(中国名、蘆溝橋)近くに駐屯する国民党軍との間で衝突が起きた。〈略〉
 日本軍の総攻撃は、天皇の裁可を受け、中央から出た命令に厳格に従っていた。戦闘のわずか二日後には、日本軍は北京と天津を占領することとなった。そこにはイギリスとフランスの租界が含まれていた〔9〕。支那駐屯の任務を在留邦人保護から中国領土への占領へ変更したことで、昭和天皇は事件のエスカレーションに拍車をかけ、華北に新たな事態を招いたのだった。
 七月二九日から三〇日にかけて、「暴支膺懲」の名のもとに再編された日本の侵略政策を正当化するのに格好なタイミングで、新たな事件が起きた。北京東部に通州という城壁で囲まれた小さな町がある。そこは対日協力者の殷汝耕(冀東政府の代表)と【その中国人保安隊】(【日本により訓練された】)が支配していた。七月二九日から三〇日にかけて、この保安隊が反乱を起こし、日本の駐屯部隊主力が近くの北京、天津に出撃して無防備となった日本人居留地域を攻撃したのである。日本の北京、天津占領に激しい憤怒の雰囲気があり、それが反乱の引き金となった。学生、労働者の支持を得て、中国人の部隊は一八名の日本兵、九名の情報将校、三八五名の日本人ならびに朝鮮人の居留民のうち、女性、子どもを含む二二三名を殺戮した。
 日本では、通州大虐殺が激しい怒りと好戦的な雰囲気をつくりだしていた。新聞は「第二の尼港」〔〈原注〉ニコラエフスク事件=一九二〇年二月から五月、シベリア出兵時、黒竜江ニコライエフスク〔尼港〕の日本守備隊・居留民がロシアのパルチザンにより包囲され、全滅した事件〕と報じたが、【日本の華北侵略が非武装地帯から行われている】こと、そこで日本人や朝鮮人華北の諸省へ【密輸】する【ヘロイン】や【阿片】を作っていたことに言及することはなかった。中国人による蛮行の真相を正しく伝えることをしなかったのである〔10〕。
〈原注〉
〔9〕藤原彰昭和天皇十五年戦争』青木書店、一九九一年、九二ページ。 http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/417833fa4d0270102417?aid=&bibid=02273527&volno=0000
〔10〕江口圭一「蘆溝橋事件通州事件の評価をめぐって」『季刊 戦争責任研究』第二五号(一九九九年秋季号)、四ページ。http://www.jca.apc.org/JWRC/center/somokuji.htm
 以上、出典;ハーバート・ビックス『昭和天皇 上』講談社、2002年、275-279p。 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/406210590X/qid=1099269175/sr=1-1/ref=sr_1_2_1/249-9475508-4288344

荒らしと公安

http://d.hatena.ne.jp/artane/20050805
一説によると、ネット右翼を扇動しはじめたのはプロジー筋の人間が中核となったグループで、2ちゃんねるなどで行われている扇動活動には公安警察の秘密工作グループであり、意思決定機関でもある「チヨダ」が一枚噛んでいる。とする「事情通」の説もある。

という書き込みに対してネット右翼が爆発的に反応し、しつっこく荒らし行為をしたということは、この推測は事実だということを逆説的に示していると思う。