カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

表現規制反対活動を昔していた。元エロマンガ家。元塾講師。現在は田舎で引きこもりに似た何か。

「お孫さんですか?」

1

我が老父が若かりし頃、赤ん坊の俺を見た客から我が父が「お孫さんですか?」と聞かれたことがあったそうだ。
半年くらい前、生後1年くらいの我が娘を見て、客だったか業者だったか、業者だったような気がするが、俺に「お孫さんですか?」と聞いたことがあった。
その時は我が老母の孫という意味で聞いているのかと思ったんだが、今考え直すと、俺の孫という意味で訊ねられたんだろうな。俺は実年齢よりちと老け顔で、で、俺くらいの年齢だと実際孫のいる人間もいないこともないし。あの業者は俺を60歳近いくらいの年齢だと思ったんだろうなとか。まあ、別にいいんですけど。

2

生後1歳5か月の我が娘の履いている靴は、ウチを手伝ってくださっているおばさまの2歳半の孫の靴と同じサイズだそうだ。
我が娘は大柄な女性に育ちそうだ。
大柄だったり背が高かったりすること自体の価値はフラットだから、それを劣等感とさせないよう上手に育て上げることが私と嫁の使命だろう。塾時代にお気に入りだった生徒たちも実年齢より相当大きく見えたから、そういうことの価値はフラットだ。

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残りの人生で、読書に使える時間はどのくらいか

意味のない計算だけど、ふと、残りの人生で読書に使える時間はどのくらいあるか、ざっと計算してみた。
我が自営業は満室に換算してだいたい稼働日数が120日くらいだ。365日から120日を引いた日が、読書が可能な日数だと仮定した。満室でない日に読書可能な時間は経験的にだいたい3時間くらいだと仮定した。ツイッターをする時間を削ればもう少し増やせるだろうけど。
これに余命のうち読書が可能な脳味噌を維持できる期間を約30年と仮定して掛算してみた。
ざっと2万時間。…そうかこれだけしかもう読書できる時間が残っていないのか。俗に何かで一角になるには1万時間を費やすと言われるが、今から読書時間を使って何事か一角になれる可能性があるのは、二つだけか。二つの分野で何者かになれたら立派なものだが。
以上、意味のない計算。

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片山祐輔は、なぜわざわざスマホを「埋めた」のか

「片山祐輔が河原にスマホを埋めたのを、警察が見た」情報を知った時、嘘だろ捏造だろ、河原に埋めないで川に投げ捨てれば完全犯罪成立じゃん、なぜわざわざ見つかるように河原に埋めるなんてことするねん、と思った。
その後、片山祐輔が自供したので驚いた。
片山祐輔を母親が疑っていた、それを片山祐輔が悩んでいたみたいな情報があったので、ほお、と思った。
となると、片山祐輔は、たぶん無意識のうちに、自分の暗黒面を、母親や弁護士に見せたかったのだろうな、だから、わざわざ見つかるように、見つかる可能性があるように、メール情報の残っているスマホを河原に埋めたのだろうな、とか思った。
弁護士さんが精神鑑定しようとしているようだけど、この程度の二面性を持っている人は普通にいるし、片山祐輔は前科があるから警察の動きを読めていて、だから黙秘しきれば警察はそれ以上の追及ができないという予測も立てることができたのだろうし、そしてそれが予想以上に巧くいってしまって完全犯罪にしたいという欲求と自分の暗黒面を知らしめたいという欲求の葛藤で、見つかる可能性のある行動をとったのだろうな、とか思う。
暗黒面って、誰かと共有していないと耐えられないものだ。

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