カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

「つくる会」「救う会」と、「キリストの幕屋」に関する証言

“癒し”のナショナリズム―草の根保守運動の実証研究

“癒し”のナショナリズム―草の根保守運動の実証研究

http://web.sfc.keio.ac.jp/~oguma/report/thesis/2001/ueno.htm
6. 「史の会」のエスノグラフィー
 6−1−1 サイレント保守市民
 まず「サイレント保守市民」という言葉自体についてだが、これは完璧に筆者〔上野陽子〕の造語である。じっと黙っている一般大衆を指して「サイレント・マジョリティ」なる言葉がたびたび使用されるが、史の会に参加する人々が日本国における本当に平均的な人たち(マジョリティ)であるかどうか、ということは判断しにくい。したがって、彼らがマジョリティかどうかではなく、サイレントであるという事実に注目してこのような言葉をつくった。
 では、どういう点がサイレントな市民なのか。参与観察の結果、筆者が考えるサイレント保守市民の特徴を以下に示していこう。
  本業>保守運動
 史の会自体の活動を政治運動だと思いますか?というアンケートに対し、29名中、27人が「そうではない」と答えている。では、具体的にどのようなものかをたずねたところ、彼らからは「仲間との付き合い」「道楽」「ボランティアのようなもの」「学習活動のようなもの」「趣味のサークルのようなもの」という回答が得られた。このような回答から、大幅に時間や労力をさいてまで没頭する、というイメージの「政治運動」ではないという認識が伺える。むしろ、好きだから、気になるから参加する程度の関心であろう。
 インタビューをする中でも、こうした意識は随所に見られた。T氏(44歳会社員)は次のように述べた。
「(つくる会が最近「【キリストの幕屋】」という宗教団体の影響を非常に受けてきていることに対して)こういう運動っていうのは一般市民には無理ですよ。基本的にボランティアなんですから。逆に言うと、【幕屋】の人たちは信仰と結びついているから、すごく熱心。つくる会への入会だって家族ぐるみでやる。つくる会の教科書とか国民の歴史なんかを自腹で何十冊も買って、知人に配っている。今、つくる会の会員って8000人くらいに減ってきているんですよね。普通の人だったら年会費6000円払って、時折会誌「史」が届くくらいじゃ納得いかないですよ。わりにあわない。」
 〔略〕つくる会の基本姿勢として“アンチ「左翼(サヨク)」”がある。左翼の得意とする(と内部で思われている)市民運動を否定するのは、十分予想できた。ではどのような運動が実際に行われたのかといえば、講演会・シンポジウムへの出席、マスコミなどへの抗議文提出、自主的な勉強会開催などである。
 つくる会の支持基盤層である「良識ある国民」は、同時に「生活者」でもある。平日は勤務しなければならない。なりふりかまわず、つくる会の運動を繰り広げるほどの情熱はない。なぜなら左翼のように、運動の根拠となる思想がはっきり定まっていないからである。国民の「常識」「リアリティ」こそがつくる会の運動の根拠だ。国民の常識からすれば、平日は働いて稼ぐべき時間である。また、たとえ休日でもデモに参加するのは極めて異例なことだろう。
 このような点が、つくる会の「運動体」としてのジレンマだったのではないだろうか。右翼ではない、過激ではない、怖くない、一般の人でもわかりやすい、バランス感覚に富んだ「国民の」教科書作りの落とし穴は、運動をすすめる人たちの立場のあやふやさにあったのではないだろうか。普通の国民は「生活」に忙しいのである。
  過激な運動を敬遠する
 史の会では、よく「【北朝鮮拉致問題】」に関する署名活動が行われる。「この問題を早く解決するためにはより多くの方の署名が必要です。お願いします。」の声とともに、署名用紙がまわされる。これは、北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(略称「救う会全国協議会」)の活動の一環である。史の会参加者は、それほど躊躇することなく署名をする。実際に、署名をする人たちはどのようなことを考えているのかを聞いてみた。すると幹部のT氏(44)意外なコメントを述べた。
 「あれはやりすぎだと思う。ここ(史の会)に来れば、署名が必ずもらえると思ってやっているんだろうけれど、、。断りにくいですよね、あの雰囲気だと。むしろ私は、署名用紙を机の上に置いておいて、趣旨に賛同する人だけ自由に署名してください、っていう形のほうが自然だと思う。」
 また、つくる会自体の変容(方針・支持者層)を憂慮する声もあった。発足当初に比べ、宗教色が強まってきたというのである。前述した「【キリストの幕屋】」信者の割合が増えているのが目に見えてわかるというのだ。なぜわかるのか、と問うたところT氏(44歳男性)とH氏(34歳女性)が頭の上で指をくるくる回した。
 「【幕屋】の女性の信者さんは皆ほとんど同じ髪型をしているからわかります。長くのばした髪を三つ編みにして上にあげているんです。だからすぐ分かる。」
 「戦争論2のシンポジウム(2002年2月13日)でも、【幕屋】の人多かったですね。平成10年のときのシンポジウムとは、参加者が明らかに違うって感じです。最初はもっといろんな人がいて明るーい感じだったんだけどな。」(H氏)
 「宗教が悪いといっているんじゃありません。ただ宗教色が強まると、ますますつくる会が一般の人たちから敬遠されてしまうんじゃないかと思って。史の会は意図的に【幕屋】の人たちは誘っていないんです。神奈川支部でいただく名簿でも家族で入っているようなところは大抵そう(幕屋関係の人)ですから。」(T氏)
 話を聞く限りでは、採択戦が終わったあとはどんどんマニアックな方向になってきた、というのが二人の共通見解であるようだ。〔略〕

  6−2−2 運動支持派と運動推進派
  a市民運動へのまなざし
 年齢層ではなく、「つくる会」への関与の程度により各タイプの温度差を見ることも可能だ。単純化して言えば、「市民運動」を支持するサイレント保守市民と、実際に推進する運動推進派との間の溝である。小林よしのり氏は『ゴーマニズム宣言』でたびたび「良き観客」という言葉を使用する。市民運動をすること自体が目的化してはならぬ、と言う。そういう意味では、史の会のサイレント保守市民は、つくる会のシンポで学び、好意的な目で支持する「良き観客」なのである。
 しかし、観客だけでは前に進まぬ、ということで積極的に運動を繰り広げる人たちも存在する。これが「運動推進派」である。採択の結果が思わしくなかったことなどを受けて、「つくる会」では、どんどん「運動支持派」層が脱会している。「運動推進派」の担い手が宗教団体「【キリストの幕屋】」の信者たちに移り変わりつつある。
 教科書採択、というフィールドではもはや限界がある、と見切った「運動支持派」は興味の矛先を「【夫婦別姓問題】」にシフトしている。〔略〕