カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

祖母の導きとか

私は嫁と結婚できたことも、嫁との間に娘が生まれたことも、嫁の実家がたいへん暖かいことも、いずれもまことに得難いことではあると思っている。
以前に書いたかもしれないが、書いていないかもしれないが、田舎に帰ることになったとき、祖母に呼ばれた気がした。祖母はもう30年も前に死んでいる。嫁の祖母と私の祖母は同名だ。不思議な偶然だ。私が日頃クソミソに言っているところの老母の、その兄が、3年ほど前に癌で死んだことも、私が田舎に帰ったきっかけの一つだ。その人は我が老母を叱ることのできたほぼ最後の人だった。その頃、祖母の実家から、祖母の小学校卒業証書がおよそ80年ぶりに発掘され、私の家に届いた。
だから私は、嫁は祖母が世話したと思っていて、娘は祖母の転生だと思っている。
だいたい3年くらい前から私の人生は祖母により導かれ直して、亡くなった祖母に嫁を世話してもらい、祖母が娘として転生したと、半分以上本気で思っている。
それはそれでいい。
それはそれとして、私が今している家業は私には合わない。平均以上の仕事は私はするが、ここは私には合わない。3年くらい前、一度、妹2号がこの家業を継ぐ話がけっこう現実的に進行した。ところで我が家業に最も性格的に適しているのはその妹2号であり、たとえば私が高校生くらいのうちにウチの家業を妹2号に継がせるという話に落ち着いていたら、私は全く別の人生を歩んでいた。そのことは今に至るも我が後悔であり桎梏である。私は適性的には教育者とか学者がそれであり、今就業している家業は私の適性に合わないし、我が老母とともに生活しこの土地で生活しているのは苦行以上の何物かでしかない。主に老母の強い思い込みに無駄に人生を振り回されたことが私をして老母への強い嫌悪感となっている。老母はそのことを内面の最も深いところで多少は気にしているかもしれないが、老母にとり、私が独立するのは罪悪であり、学問とはそれ自体有害であり、という、そういう目いっぱい毒親な価値観を、私は無駄に内面化し、人生をドブに捨て 今日に至る。我が老母の最も酷い点は、13年ほど前、私がマンガ業を畳む決心をして田舎にいったん帰還した際、我が老母の無茶苦茶な仕打ちに私の心が折れ切ってしまって、完全引きこもりになったその原因はほぼ100%我が老母にあるのだが、全くそのことを今に至るもかけらも反省していない、その心性が我が老母は毒親以外の何物でもないと確信させる。一刻も早く死ねばいいのに。
私が毒親ぶりを再演してしまわないよう強く願う。

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