カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか

平井和正の訃報に

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平井和正が亡くなったそうだ。
それに関するツイートは変な形で変則的に届いたが、最終的には朝日新聞やNHKでも訃報を伝えた。

平井和正は俺にとって、かつて最大級のアイドルだった。
…アイドルという言葉が一番妥当だろう。俺は中学生の頃平井和正作品に遭い、俺の中学高校生活は平井和正作品とともにあった。
当時の平井ファンの言う「天使の時代」の頃だった。「狼の時代」はだいぶ前に終わっていたが、俺は「狼の時代」の作品が一番好きだった。
「天使の時代」の始まりの頃だから、GLA教団の高橋佳子の三部作なんぞも俺は高校生時代に読んだ。それが平井和正ゴーストライター作品だと知ったのは随分と後のことだ。
平井和正は、筒井康隆と並んで、マンガや後世のラノベに多大な影響を与えた人物だ。ただ、そのことは本人の本意ではなかったようだ。
平井和正の才能は、「被害妄想をエンタメ化すること」に特化していた。被害妄想をスーパーヒーローな主人公に仮託する才能があった。「安手のスーパーヒーローを作る才能」みたいなことを福島正美に評され、随分傷つき福島正美を恨んだようだが、その評は妥当だった。福島正美が言語化しきれず、平井和正が「俺はそれだけの作家ではない」と強く意識したのは、平井和正の被害妄想をヒーローに仮託する、その被害妄想部分だった。
「狼の時代」の平井和正は、「煙草のような、ウィスキーのような」作家だとも評された。本質を突いていた。被害妄想な平井和正はこの評にも、表明はしていないものの傷ついたようだ。平井和正の才能は煙草のような、ウィスキーのような才能だった。だが本人はそれを肯定したがらなかった。
本人の主観的には、漢方薬のような(特定の人の健康維持に寄与する意味と、西洋医学を否定する意味と両方の意味で)、もっと云うと抗生物質のような作家でありたいと願っていたと思う。結果、「狼の時代」後期から、EM菌のような作家になってしまった。

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かつて最も好きだった平井和正のことを繰り返し思い出すうち、そもそもなぜ平井和正作品を読んだのだろう、という疑問が湧いた。
俺は1967年生まれで、小学校中学校の図書室には、筒井康隆の『SF教室』などが置いてあった。
マンガとSFは、1960-70年代頃、「後続を育てよう、社会に浸透しよう」という意識が強烈だったジャンルだ。マンガやSFに好意を持って80-90年代を生きた人々は、その育成意識の空気を吸って育った世代だ。俺はたいして小説を読まない人間だったが、SFというジャンルに憧れを中学高校生の頃漠然と持ち続け、大学ではSF研究会に所属した。

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偶々なんだが、今、東洋史家の宮崎市定が昭和19(1944)年に書いた本を読んでいる。
変な比較なんだが、文章力の凄さ、みたいな俺的基準だと、平井和正宮崎市定島泰三、といったあたりが俺の中では同列に並ぶ。
この三者のうち、俺が十代のうちに文章に出会えたのは平井和正だった。それは今にして思うと残念なことだった。残念ではあるが、この三者のうち平井和正にだけ十代のうちに文章に遭ったのは、SFというジャンルが、当時まだ「後続を育てよう、社会に浸透しよう」というエネルギーというかベクトルを持っていたから、というのもあるだろう、とか思う。まあ、それ以前に、平井和正ってラノベ元祖なんだけどね。

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平井和正はGLA教団という新興宗教に「狼の時代」末期から嵌り、作家としてグネグネのグダグダになった。
そこでGLA教団なんていうパチモンに嵌ってしまったあたり、才能がエンタメでしかないというか、所詮ラノベ作家というか、時代の制約というか、海水をジョッキで飲むくらいにしょっぱいことである。
平井和正は自身の中に「崇高なる何か」が欠けているのを強く焦っていたと思われる。どうせ嵌るのなら伝統宗教に嵌ればよかったのに。遠藤周作的なキリスト教とか、あるいは親鸞あたりの思想を追えば別な展開もあっただろうに。
時代の制約、と先に書いたが、平井和正がGLA教団に嵌った時期というのは、前後するが、高橋和己が大本教をモデルに『邪宗門』を書き、鶴見俊輔が「ヤマギシ会」を好意的に評し、石原慎太郎が「巷の神々」を連載し新興宗教教祖と接触し後に政界進出の際の新興宗教票を獲得するきっかけを作った、そういう頃だ。
共産主義とか革命とか、そういうものへの失望が新興宗教へ向かわせた時期だ。
この新興宗教への志向性が、その後一周してオウム教団に繋がる。

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俺にとって最大級のアイドルであるところの平井和正は、昭和13年生まれだ。俺の父親とほぼ同世代だ。俺はそのことに中学高校生の頃から驚いたというか違和感があった。
平井和正は横浜生まれで、時代の先端の空気を吸い、SFという時代の先端を生き、テレビという当時の先端で「8マン」という作品を作成していた。先端を歩んだ人だ。オウムが登場するのはその一世代以上後だ。

俺の父親のことを比較で書くのも読者には意味不明だろうが、俺の父親は山梨の山深い田舎の感覚を生涯持ち続けた人だ。だから世代的には学生運動などと同時代だが、そういうのは空想の世界の出来事同然であって、山梨の山深い400世帯程の小集落の中での生活以外の生き方というのをあまり想像できなかった人だ。ちなみに俺の母親は父より7歳下で平井和正より少しだけ年下なのだが、山深い集落以外の世界の存在を拒絶するような、適切な形容ができないんだが、諸星大二郎のマンガに出てくる山に住むばあさんが発狂したような、妥当でないな、掠ったな、まあそういう。年齢とは別に平井和正の方が感覚的には一世代くらい若い。それがまあ俺としては色々不思議で。
…それで連想して書くけど、別件だが、『男組』と『うる星やつら』がわずか5年しか違わないと気づいて、ああ、高橋留美子ってどれだけ時代の先端を行っていたんだ、と改めて畏れ入ったのだが、それに似た。http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20150119/p2

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俺はマンガ家をしていたごく短い期間、読者との手紙のやり取りというのを大事にしていた。それは平井和正の影響だった。
当時の俺の読者から、俺のマンガには「情念」がある、という評を得た。それは俺には当時誇りだった。平井和正が「情念」の作家だと評されていたからだ。

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他の作家・文筆家とは違い、平井和正へだけは、主観的には昔同棲していた相手のような感情がある。土田世紀編集王』の明治一郎が、初恋の奈保子がシャブ中丸出しの顔でソープで接客しているのに遭遇したような。

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文筆家の訃報に接するとき、生前に一度だけでも遭っておきたかったな、と思うことは多い。
平井和正にだけは、生前遭わなくて良かったと、たぶん、かつて憧れた相手にだが、そう感じる。

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