カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか

娘の誕生日を迎えるにあたり

1

12月12日は娘の2歳の誕生日だ。
老母はいつものように錯乱して、いつものように鼻息荒く、娘の誕生日を老母が恩を売りたい店で、嫁の父母も呼んで祝いたい、と俺に迫った。
その店は暖房設備が貧弱で寒いのと、食事がたいして美味くないのと、何より老母が恩義を売りたいという欲望を優先しそれに付き合わされるのが不愉快で反対したが、老母はさらに俺らがゲンナリする第二案を提示したので、ウザすぎて敵わなくて、最初の提案を採りいれた。
本来なら娘の誕生日は楽しいイベントであるはずなのに、なぜこんなにも嫌な気分で迎えなければならないのか。
娘が生まれて2年、娘の記念的イベントは全て我が老母が錯乱して俺らを振り回したので、しょっぱい思い出しか残っていない。もっと言うと嫌な思い出なので俺はほとんど記憶していない。嫁から、あの時はこういうことがあった、と言われても嫌な記憶なので思い出せない。

2

黒子のバスケ」脅迫事件の被告の発言が、報道されていた。

http://digital.asahi.com/articles/ASG843HSKG84UTIL00B.html
 被告「自分が好きになったものを次々に取り上げられた。小5で将棋禁止、小6で勉強禁止。どうしてダメなのかと聞いたら、怒られて砂糖瓶を投げつけられた」

勉強禁止というのは我が老母に通じる。この被告は俺と環境が通じるところがあり、共感する点が多い。

 検察官「両親に申し訳ないと思わないのか」
 被告「思わない。いい仕返しになった」

その気持ちも共感する。
黒子のバスケ事件被告については以下も参照されたし。http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20140410/1397142986

3

宮城谷昌光の『春秋の色』という随筆集を読んでいた。こんな一節があった。

 日産自動車の前身をつくった鮎川義介という人は、小さいころ祖母に、ああしなさい、こうしてはだめです、などと、こまかなことはいわれずに、ただ、
「おまえは、きっと偉くなる」
 と、いわれた。そういわれつづけていると、ああ、オレは偉くなるのだ、と自然におもわれてきて、あとでふりかえってみると、祖母は賢婦人であったと、かれはおもった。
 鮎川義介の人物評価はさておき〔略〕それにむくいようとする気がはたらく。(170-171p)

4

萎えることばかり多い毎日だが、娘には「自分は愛されているのだ」という感覚を与え続けるよう心掛けたいと俺と嫁は思っている。
我が老母が変人であるのは、老母が幼少期に愛情の乏しい環境だったからだ。

春秋の色

春秋の色

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