カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか

山本夜羽音さんについて

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山本夜羽音さんはマンガ家時代の俺の先達で指針の一人だったので、もし俺が今でもマンガ家だったら以下は書けないけど、俺がマンガ世界に復帰することはないので以下書く。

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俺は山本夜羽音さんと面識を持った時、何か一つ自分は越えたと思った。そのくらいには山本夜羽音は俺にとってアイドルだった。

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AMIの活動に山本夜羽音さんが代表として関わったのは必然だとも思ったが、俺は関わらせたくないとも思っていた。
AMIが結成される前、マンガ防衛同盟時代に児童ポルノ法関係で俺と西形公一の二人でモニョモニョ動いていた時、その経験によりそれまで俺が前提していた「オタクが前提する社会観」がガラガラと崩れ、世界観社会観がまるっきり変わってしまい、結果俺はマンガを描かなくなったのだけど、その感覚って感じさせたい人と、感じさせると害悪になるというか射程を長くとりすぎて描けなくなるから不要な人といて、当時の夜羽音さんは俺の中では後者だった。
夜羽音さんがAMIの代表を長い期間努めている期間、わりと近くにいて、「夜羽音さんらしさ」を運動のために制約させられて、申し訳ないな、と、感じていた。AMIに関わらなければもっと制約少なくマンガ活動できて実績も積めただろうに。

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で、現在の山本夜羽音さんは土方をなさって生計を立てられている。

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リアルな山本夜羽音さんを知っている人はサブカル世界や杉並区界隈にはたぶんびっくりするくらいに多いと想像するけど、リアルな山本夜羽音さんは、表現が難しくて誤解を必ず招く表現にしかならないが、生きるのにわりと手段を択ばない。矛盾を抱え矛盾と戯れることが当人のキャラとしての面白みであり、そのキャラとしての面白みは失礼ながら夜羽音さんが描く漫画の面白さをはるかに超える。
キャラとして面白すぎ、交友範囲が広すぎるから、AMIやマンガ防衛同盟の活動の暗黒面として、夜羽音さんの広すぎる交友範囲の中の性質の悪い人たち経由から逆恨み的な酷い神経戦消耗戦を延々食らって疲弊しまくった、なんてこともあった。
そういう「暗黒面」(広すぎて偏っている交友範囲には百鬼夜行がゴロゴロいる件)も含め、それは本人のキャラの面白さ、魅力へのスパイスだった。

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若かりし頃の山本夜羽音さん(あるいは山本夜羽時代)の作品の魅力は、清冽な感じにあった。遠くに輝く何かを求める清冽な感じにあった。
リアルな山本夜羽音さんに会ってからそれは当人のごくごく一側面に過ぎず、当人は全然そういう人じゃないということを知って以降、俺は山本夜羽音のマンガのあまり熱心な読者ではなくなった。
リアルな山本夜羽音の面白みは、一言で言ってカオスぶりにある。

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俺はマンガ家山本夜羽音のあまり熱心な読者ではないが、山本夜羽音さんの作品には、もっと身も蓋もないカオスさを期待する。
山本夜羽音さんと俺はちょっと似ているところがある。そのちょっと似ているところから勝手に想像する。
夜羽音さんが「描けない」のは、かつて見えていた遠くに輝く何かは今でも見えているだろうけど、自分がどこからそこを狙っているのかの自分の位置が、社会観世界観的意味で常に崩れ、狙いへ向かっているのか確信が持てなくなっているのが理由の一つだろうと想像する。足場がよく判らないからテクニカルなところに仮そめの信を置いて自分の商品価値を確信したがるという悪いスパイラルに入り、それが長いスランプの一つの理由となっていると思う。

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山本夜羽音さんと俺は全く似ていないところがある。俺は金に困ったとき絶対友人から借金しなかったしそもそも決して借金しなかったが、夜羽音さんは友人から借金することに躊躇がない。ここは決定的違いで、俺が夜羽音さんに決して金を貸さず、夜羽音さんに寄付献金している理由だ。
この価値観の違いからだけ見ると、夜羽音さんは生きるのに手段を択ばない人だ、という評価ができる。
だが夜羽音さんは自分が発表すべきマンガについては手段を択びまくりたがる。
ここは当人が自覚していない「矛盾」で、「カオス」の悪しき表れなのだが、夜羽音さんは「マンガの描き方発表の仕方」にこそ手段を択ぶべきではない。ここは夜羽音さんのマンガ家的アイデンティティに関わること確実だが、その深い淵を大急ぎで全力で渡るべきである。

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山本夜羽音さんの小口ではあってもマンガでの今のメインスポンサーは俺なのだから、スポンサーとして要求したいのは、「主観的には商品価値がないように感じる」webマンガを大量生産することである。夜羽音さんが主観的に思っている夜羽音さんのマンガ家としての商品価値と、夜羽音さんというキャラが潜在的に持っている商品価値とは真っ向から対立する。なので夜羽音さんの主観的に「ああ、こんなもの描いてしまった、マンガ家として終わりだ、共産主義者として終わりだ、イエス様に合わせる顔がないしたぶん地獄に俺は落ちる」と感じた瞬間から次の展開が生まれるので、早いところ身も蓋もない日常を淡々と描いてほしいと願う。何を描こうが小口スポンサーとしては約束した金額は必ず支払う。
ツイッターで夜羽音さんが零しまくる恨み節は、キーボードに文字で書くべきではなく、紙に絵で描くべきである。それに金を払おうという人は俺以外にもいるはずである。そこのところで手段を選ぼうとするべきではないのである。土方として生きていける余命はそう長くないが、マンガをツイートして金を得るという仕組みを作るのはたぶん可能である。巧くいけば出版社から声がかかるし、最悪俺の店の宣伝費で夜羽音さんの当面の原稿代は支払える。できれば前者を望みたいし前者は現時点なら十分可能だ。

蛇足その2

この記事を書いた動機は、以下のツイートを見たことが関連する。
https://twitter.com/johanne_DOXA/status/770177618041679872
俺はマンガ家田川滋の良き読者では全然ないが、田川滋は俺のしょっぱい大学時代の漫画研究会の先輩にあたる。大学漫研には帰属意識もほとんどないし、しょっぱい思い出しかないが。田川滋とは面識がないので先方は俺を知らないが。
俺の大学生活は我が老母により心をへし折られ、それが生涯の悔いとなっているが、俺がもしもう少し心を強く保つことができ、大学でまじめに大学生をしていたら、俺は山本夜羽音の小口スポンサーにならず田川滋の小口スポンサーになっていた平行世界が存在する。山本夜羽音が田川滋に絡むというのは俺のしょっぱい思い出が二乗になってしょっぱすぎる。ていうか個人的トラウマが刺激されすぎて泣ける。

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