バカ親列伝/受験に不熱心な親、受験の邪魔をする親
塾講師をして知ったことはいくつかある。バカ親はたくさんいること。子供の様子がおかしい時は親はたいがい輪をかけておかしいこと。
忘れないうちにいくつかメモしておく。
1
今年小6になる男子生徒。私の授業が気に入ったそうで、それが理由で入塾した。本人は頭の回転が早い。落ち着きを欠き、他の講師にはそれが困ったことのようだったが、私はその生徒で困ることはあまりなかった。
受験学年になったのに、受験生としての意識を欠き、他の担当講師がその生徒を扱うのを困りだした。
保護者に電話した。算数担当と最近相性が悪いことと、受験への意欲を欠くので、塾を辞めさせることも考えている、とのこと。学校をまだ全然見ていないとのこと。「本人の意思が問題」だと母親は答えた。保護者は中学入試を経験していないが、本人の姉は中学入試していて、結局公立に通っているのだそうだ。公立中学校が楽しそうだから、本人も受験への意欲が湧かないのだろう、とのことだった。
本人と話をした。「どうしたいのか?」という問い方は適切ではないと思ったので、「どうすべきだと思うか?」と本人に問うた。受験すべきかそうでないか。「受験すべきだと思う」と本人は答えた。ならば真正面から頑張って取り組め、と激励した。学校を全然見ていないようだから、保護者に学校を見せてくれ、とお願いしろ、と言った。「どういう学校がいいですか? どのあたりなら目指していいですか?」と生徒が問うた。この生徒は大規模な模試を全然受験していないので、現時点の偏差値が見えない。模擬試験が近くあるのでそれを受けてその数値で判断すべきだ、とまず答えた。
この出来事は私が塾を辞める数日前のことなので、その模擬試験の数値が分る時には、私は塾にはいない。とはいえこの生徒が一番信頼しているのは私なので、翌日、生徒本人に、いくつかの学校を提示した。これらの学校なら目指して無理がなく、行って損がない、と。
「本人は受験をしますとおっしゃいましたよ」と母親へ伝えた。「けれど、何のために受験するのか、本人が分っていないでしょう」と母親が答えた。いや、小学生にそこまで要求するのはおかしい。何のために受験をするのかという意味づけはそれは保護者が考えるべきことで小学生に考えさせることじゃない。と私は言った。生徒へ伝えた学校名を上げ、これらの学校なら目指せるし損はないから、ぜひ学校を見てください、と保護者に伝えた。
保護者と話をしているうちに感じるのは、保護者が中学受験にやけに消極的だということだ。金銭的な問題かと思っていたがそういうわけでもないらしい。中学入試というのは、勉強する以外のほとんどのことは保護者がするのだから、保護者がまず受験モードに入ってもらわないと困る。
この保護者はなぜ受験に消極的なんだろうね、と、同僚と話した。
おそらく、と、同僚は言った。保護者は二人とも公立学校の、たぶん公立中学高校あたりの教員なのではないか。だから私立中学入試に消極的なのではないか。
なるほど、と思った。そう考えると符合する。保護者は受験モードに最後までならないだろう。この生徒は親のその気持ちを受けて、受験モードに最後までなれないかもしれない。クラスが受験モードになりきらないと、中学受験は色々難しい。
[追記]この生徒は本日塾を辞めたそうだ。私がいなくなったことを知ったからかもしれない。違うかもしれない。
2
http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20100204#1265213023で少し触れた、5人兄弟で、長女で、受験勉強しながら家では弟妹のオシメを替えたりしている生徒の例。
彼女は6年生の秋に他の教室から来た。前の教室の担当と関係がこじれ、それで教室を変えた。
彼女の志望校は女子最難関校だった。国語が不得意だったので、私の責任は重かった。受験学年は秋から宿題として、週に1回分4科目の過去問演習をうちの塾では課している。その添削と解説書きを私たちは毎週行なう。この添削と解説書きの濃度は教室によってずいぶん差があり、うちの教室は他の教室より丁寧に濃密に解説を書く伝統があった。この生徒へはとくに力を入れて解説を書いた。塾講師をしていた数年間に書いた解説をまとめればわりと良い受験参考書ができあがるだろう。ただ問題は、国語得点力の乏しい生徒というのは、そもそも文が読めないから、あまりねっちり書いても読み解けないということだ。いかにコンパクトに伝わるように書くかに苦心した。
この生徒はやれという課題は物凄い勢いでこなしたので、記述力をつけさせるために、難易度中級の記述の多い学校の国語の問題も解かせ、その添削解説も行なった。
成績は思ったほどは伸びなかった。第一志望の女子最難関校には合格できない、というのが我々の判断だった。しかしそれに次ぐ学校なら合格可能性がある。
彼女は第一志望の女子最難関校だけ確定していて、第二志望以下は学校名ばかりたくさん挙がり、難易度がほぼ同じで、受験日も重なっていて、絞られていなかった。これを絞る必要があった。入試まで、過去問を解ける回数は限りがある。
なんとか第一志望校を合格できないか、と、母親はずいぶん食い下がった。子供のことをこの母親は考えていないのか、と我々は案じた。電話ではいつも母親と話をしていたが、父親に決定権限がある、ということで、母親と父親の双方に来てもらい、面談した。
父親は異様な人物だった。面談には一番しまいの子を連れてきていた。父親は優しさを感じさせない我侭な人物で、しまいの子はその緊張感に耐えられず面談中によく泣いた。なので面談は彼女の父母同時に話を進めることができず、片方が子供をあやしに外へ出ている状態で片方ずつとの面談になった。
父親は自分自身が中学受験経験者だった。中学受験は自分もしたから娘にさせるのは当然だ。自分の時は受験の時にテレビも見ていて余裕があった。娘の受験にそんなに余裕がないのは娘の能力が低いからだ、ダメな子だ、といった内容のことを父親は言った。
志望校を絞ろう、という話に父親は不熱心だった。学校を父親は全く見ていなかった。ブランドだけで選び、学校を絞ることは難航した。話が煮詰まると父親はすぐに母親に丸投げした。しかし母親には決定権がないのは明瞭だった。この繰り返しで話は全く先に進まなかった。この父親は他者に高い要求ばかりして、自分は責任を負いたくない、ということで一貫していた。
押さえの学校を決めよう、という話には父親は不愉快がった。成績からして順当な学校を挙げると、娘を軽蔑するような言葉を吐いた。押さえはK女子校に決まった。彼女の偏差値では合格可能性は高いが必ず受かるとはいえない難易度の学校だった。
保護者との面談の後、同僚は言った。「母親の気持ちが判った。母親と娘は、父親を見返してやりたいんだ」
数日して、彼女と面談した。この父親の出身校を彼女に聞いた。父親が受験した当時、その中学校の難易度はそれほど高くはなかった。受験内容も父親の時の中学入試の内容は、今よりだいぶ易しい。小学校で教える内容との落差もそんなに大きくはなかった。
彼女が5年生の時、弟が小学受験した。そのため、家庭内がピリピリし、彼女に負担が溜まり、それもあって前の教室での担当の関係がこじれたようだ。彼女は幼い弟妹のオシメを替えながら受験勉強をしている。なぜ彼女がそんなに苦労をしなくちゃならないのか。
「君は父親よりずっと苦労している。父親は、自分が勉強以外で苦労をしないよう環境を整えられていたことに気づいていないんだ。だから君の受験環境を整えようとせず、それで君は苦労をしている。」
と、彼女に言った。
彼女の受験校は寸前まで確定せず、彼女は受験校を見せてもらいにいくことがなかった。父親の不熱心ぶりには我々は腹が立った。本人がどれだけ努力しても、父親が邪魔をしていては合格するものが合格しなくなる。
彼女が見たことのある学校はO女子校だけだった。そこでいこう、という話に一度決まった。決まった後で父親がひっくり返してT女子校を第一志望校にする、と言い出した。この2校は難易度が同じで入試傾向がかなり違う。T女子校にすると言い出した父親は彼女を学校見学にとうとう連れて行かなかった。見たこともない学校を受験することに全力になれる生徒なんていない。しかもT女子校には面接があるのでT女子校について詳しく知る必要もあるのに。T女子校を彼女が見たのは、受験の本当に直前、母親に自動車で連れて行ってもらい、外観を眺めただけだった。
入試が始まった。1日目午前O女子校受験、2日目午前K女子校受験、午後N中学受験、3日目T女子校受験、4日目5日目O女子校受験、のはずだった。
2日目午後、塾に彼女がいた。N中学は受験しないで、翌日のT女子校受験のための勉強をする、ということに家で決まった、とのことだった。彼女の顔は青く、明らかに集中力を欠いていた。
当日に予定を変えるのはたいへんに良くない。同僚が保護者を叱るつもりで電話した。電話には母親が出た。
受験には公共交通機関を必ず使うよう我々は指示しているのだが、その日の朝父親が「車で連れて行く」と言い出して一悶着あった。午後受験をしないことにその日の朝、父親が決めた。
この父親はどんだけバカ親なんだ、と、暗澹たる気持ちになった。彼女は明らかに動揺していて、これでは合格するはずの学校ですら危うくなってしまう。しかも翌日は本命のT女子校なのに。
「今日は休ませてください、美味しいものを食べさせてあげてください、遊ばせてあげてください」と同僚は母親にアドバイスした。
その日、母親は迎えに来た後、娘に「ゲームをして行こう」と言い、初めて二人でゲームセンターで遊んだという。
受験結果は、K女子校のみ合格、だった。
中学入試が全て終わった後、2週間近く経ってから、T女子校の繰上げ合格の連絡があった。ふだんありえないほど遅い時期の繰り上げ合格だった。