カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

表現規制反対活動を昔していた。元エロマンガ家。元塾講師。現在は田舎で引きこもりに似た何か。

10月14日は父母との別居記念日

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昨年11月に、いったん父母と別居した。http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20111124/1322143381 http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20111202/1322830116 
その後、老父の体調不良を老母が口実とし、なし崩しに父母同居に戻った。父と同居するのは一向構わないのだが、老母と同居するのは耐え難い。
4月頃、子供を授かったらしいと判った。http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20120411/1334158427 http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20120416/1334578251 http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20120422/1335099734
その時嫁と相談した。子供を育てるのに、今の店で育てるのは望ましくない。
1;ウチの店舗は村から隔離されていて、一家で引きこもりになっている。店で育てると子供が村に馴染めなくなる。私は少なくともそうだった。
2;ウチの店舗は車道に近く、子育てに危険である。子供が育成過程で交通事故死するリスクがけっこう高い。
3;老母と同居していると疲弊しまくる。精神衛生に悪い。
以上から、村中にある別宅に我々夫婦が移動し、子育てはそこで行うべきだ。と結論した。嫁も同意してくれた。

2

GW前に移動するほうがいい、と、私は思っていた。だが当時は別宅は改装中で、引っ越しに適切ではなかった。
GW明けに、夏休みシーズンに入る前に、別宅へ引っ越そうと思った。嫁入り道具の一つである箪笥がかなり重いので、これは私一人で運ぶのは無理だ。アルバイトの男の子を頼み、その日に運ぼうとした。
我々が別宅へ引っ越そうとすることが老母には許し難く、老母がもの凄い剣幕で吹き上がり、その気に当てられ、嫁が体調不良になり、引っ越しは頓挫した。http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20120531/1338475109

3

9月末あたりから、ウチの敷地に、野良猫がウロウロしていた。
可愛らしい幼い黄色い虎猫と、黒みがかった灰色の成年の虎猫の2匹が、それぞれどこかから捨てられ、ウロウロしていた。両方、人に飼われていたことがあるらしい様子だった。
ウチには猫取り器がある。幼い黄色い虎猫の方は一度その猫取り器に掛かった。幼いからあまり遠くへ捨てる必要はないな、と老父が判断し、2kmほど離れたところへ捨てた。翌日にはウチへ戻ってきていた。さすがにちょっと近すぎた。一度掛かったから、もう警戒して二度目にはなかなか猫捕り器には掛からない。どちらの猫もわりとしょっちゅう店の中に入り、とくに黄色い幼い虎猫は「すっかり飼われている気でいる」と家の者が評するほどだった。
5日ほど前、平日にもかかわらず、ウチにはわりと大口の宿泊客団体が泊まっていた。自動車がたくさん来ていた。この夜、嫁は華道教室へ車で向かった。この日、嫁は体調が悪く、花だけもらって帰ってくる予定だった。家を車で出たところ、店の前で、その幼い黄色い虎猫が轢かれて死んでいるのを見た。嫁は華道教室からわりとすぐに戻ってきた。その時にはもう黄色い虎猫の死骸はなかった。宿泊客がどこかへ死骸を片付けたのかもしれない。死骸はその後も見つからない。道路にはその子猫の血の跡だけが残っていた。

4

あの子猫が轢き殺されたよ、と、老母に報告した。老母は悲しんだ。
「それで改めて思ったのだが、やはりこの場所は子育てには危険だ。うちの子が轢き殺されたらたまったものではない。だから子育ては別宅で行ない、そこから通うことにする」
と老母に告げた。老母は色々無関係なことを言って抵抗したが、一応了承した。
老母が了承したことを嫁に告げた。
了承をしたものの、我々が別居することは老母の機嫌をいたく害し、我々に色々道理に合わないむちゃくちゃなことを言った。「見捨てられることへの恐怖感」が老母は変に強い。「見捨てられ」たくないのなら我々をもっと大事にすればいいのに。
引っ越しのネックは、嫁の嫁入り道具の箪笥をいかに運ぶかだった。再び男の子のバイトを頼める機会があった。その機会に運んでもらおうとした。
老母は男の子のバイトに箪笥を運んでもらうという私の提案に強烈に反対し、我々の引っ越しの邪魔を目いっぱいした。ただし老母の主観では邪魔をしている自覚が全然ない。いわく、箪笥なんて軽いのだからお前ひとりで充分運べる、とか。絶対に私一人では運べないのだが。
それでも男の子になんとか運んでもらった。箪笥は嫁入り道具であるから芯が詰まっていて重く、バイト2人を含む3人がかりでようやく運んだ。
引っ越しの直前に、嫁と話をしていた。
「この機会を逃すと、もう、引っ越せるチャンスがない。ここで引っ越さないと、出産後も店で我々は生活することになり、子育てを店で行うことになる。あの虎猫が命を捨てて我々に引っ越しの機会を与えてくれたのだ。だからその機会を生かさないとならない」
箪笥さえ移動すれば、あとはどうにかなる。

5

人が久しく住んでいなかったので、別宅は埃っぽかった。掃除機をかけた。掃除機が全然吸わないので、ゴミフィルターを開けて見た。ゴミフィルターは外れていて、埃の毛玉が溜まり、そこに虫が湧いていた。我が老母の衛生感覚はこういうものだ。
掃除機を屋敷の外に置き捨て、自動車で店に戻り、掃除機を持ち出し、別宅へ行き、掃除機をかけなおした。
その後、モップで別宅の廊下と畳を水拭きした。3回水拭きしてもまだモップに黒い汚れがつく。人がいないというのは凄いものだ。

6

この日、地元選出の民主党議員の講演があって岡田克也も講演することになっていた。政治オタクである私はぜひその講演に行きたかった。たぶん我が選挙区で、私くらい岡田克也の講演を聞きたがった人はいないと思う。だがその時間、私は箪笥を運んでいる最中だった。もっと早い時間に運びたかったのだが、老母がバイトさんに別な仕事を、それも優先度が低い仕事を色々させたがり、その結果、行けなかった。
この日、バイトを呼んだ一番の理由は、客室に夏季の間敷いていた茣蓙を絨毯と取り換える作業をしてもらうためだった。老母がムダな作業と仕事をバイトに色々させたため、その肝心な作業は終業一時間前に私がバイトと老母に連絡し、どうにかギリギリやっとできた。老母はバイトを使い倒すことに内的優先度が高くなり、そもそも何のためにバイトを呼んだのか判らなくなっていたようだ。

7

別宅の風呂は追い炊き機能がなく、嫁が終業するのが午後8時頃、午後9時頃には風呂に入る。
私が終業するのは夜11時頃。それから風呂に入る。昨夜は湯を足せばまあ入れた。
しかしこれからウチの地方はすごい勢いで寒くなる。追い炊きできない風呂は急速に冷める。今後どうしたものか。とりあえず別宅には風呂の蓋がないので、まず風呂の蓋を購入し、掃除機を購入しよう。

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画像は http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=30055289 から。戦国武将 北条早雲、あるいは伊勢深九郎、愛称シンクちゃん