カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか

近況、体調と今シーズンの集客

体調とか

1

眩暈は治まった感じがする。頭痛もない。体調万全ではないから無理はしないが。
台風のあと、我が施設の湖畔の柳の木が一本折れていた。樹齢30年弱くらいの柳の木が。
この折れた柳の木を解体撤去するのに3時間くらいかかるかなあ、と予想したが、一人で作業して1時間程度で終えることができた。
今回の台風の被害はその程度。雨量も予想していたほどは激しくなかった。

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体調はまあまあ回復しているが、同情心とか感情移入能力とかそういうのが涸れているのを自覚する。
これは今に始まったことではなく、昨年にも感じていたことだし
http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20161228/1482934700
田舎に戻った2010年頃から毎年ゴリゴリ何かそういうのが涸れてきていた感覚はある。
http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20110902/1314974829
感受性と感情移入能力と創作意欲と性欲ってのは似たものが別な表れ方をしているのじゃないかなあ、と思っていて、性欲の劇的な衰えについて2012年頃書いたけど
http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20120315/1331818310
俺はいわゆる初老の年齢で、村の観光協会役員のおっちゃんたちは俺より10歳年上なのにまだガンガン性欲あるようだが、俺は枯れまくっている。
性欲の話はあくまで枕で、それとほぼ並行して共感能力とか感受性とかが音を立てる勢いで自分の中から涸れた感覚が前述2012年頃からあり、
「悔しいなあ」と田舎に戻ってから毎日呟くようになったのは、あの頃から精神的に環境が堪えがたかったのだろう。
http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20130510/1368196276
今年の7月にセルシンを処方してもらってからは「悔しいなあ」と呟くことは、過日のケガの時を除いてほとんどなくなった。
http://kamayan.hatenablog.com/entry/2017/09/06/012717
ちなみに過日俺がぶっ倒れた「離れ」の50m手前というのは、集英社の元有名編集者で多数のヒット作の担当をして会社内で出世して、今は引退して都内にでも引越ししたのか屋敷が撤去された、その人の跡地だ。そんな人が「離れ(俺の生家でもある)」から50mの範囲にいたということを知ったのは俺が40歳くらいになってからで、その跡地を見て、実家のクソのごときブラック肉体労働以外の社会はどうなのかくらいはその人からせめて高校か大学1年生くらいのうちに一度くらい話を聞いておけば俺の人生違ったのに、とか、いろんな悔しさが内面で爆発して、アルコールとセルシンが体内で悪い結合して気絶転倒脳挫傷となったのだろうとか思う。
以下リンク先はそれにちょっと関係する。http://kamayan.hatenablog.com/entry/20120531/1338475109

3

で、ケガ以降、思考能力が本来の6割くらいに衰えている感じがある。
俺は今の接客業が好きではない。それでも「俺が客だったらこう感じるだろう」という想像力とか、「この満室の日に懸念されることは何か」といった予想は今まではしていたが、そういう想像力とか予想能力とかの衰えが酷い。
客への感情移入能力とか感受性とか同情心とかそういうのもほとんど枯れた。
ウチみたいな宿泊業だと客への感情移入能力とか同情心とかはいらないと言えばいらない(悪質客低質客を無理やり「同情」しようとしたり「理解」「共感」しようとするのは全く無意味で商売的には間違いという意味で)のだが、それでも接客時に「空気」として客に伝わるので、接客は夏以降、特にケガ以降、できるだけ嫁にしてもらっている。我が嫁は俺よりずっと接客能力が高い。

今シーズンの集客

4

7月連休頃、「今年の集客は悪い」と感じたが、あれは情緒不安定によるものだったようで、まだ数字は出ていないが、リスティングの効果もあったのだろう、今年の8月は雨続きで、こういう年は観光業は苦しいものだが、体感的に今年の8月9月の集客はそう悪くはなかった。
昨年は客が来過ぎて売り上げも多かったがこっちの体力精神力がもたなかった。今年程度の集客で充分だ。たぶん昨年比で5%から10%くらい売り上げは落ちているかもしれないが、この程度が我が施設だと順当なところだ、と思う。これ以上忙しくても寿命を削り俺の情緒不安定が悪化するだけで何もいいことがない。

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10月11月の平日は休館しておこうが集客しようが年売上にあまり影響ないし、うっかりすると外国人客が毎日1組ずつ予約して俺と嫁の休日ゼロになる可能性があるので、昨年はわりと早期に「ここは休館日にする」と決めたが、来年以降も勇気をもって休館日を早めに設定しようと思う。
とはいえ、観光協会長をしている間はくっだらない公務が延々あるので、次年度は観光協会長を辞めさせてもらおう。もともとそのつもりだったが、「ケガと病気で続けるのは無理です」と言い訳することにしよう。
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近況、朝の眩暈とか

http://kamayan.hatenablog.com/entry/2017/09/11/224830
の続き。

1

頭痛はだいぶ治まってきた。
朝起きるとき、眩暈がする。20分強続く。今のところこれが辛い。
9月の今の時期は、夏の疲れもあって脳味噌が働かなくなるのは毎年のことだが、今年の場合は頭のケガ(脳挫傷)が原因なような気がする。
次の診察は約10日後。
こういう頭部のケガは、数か月してから運転中の癲癇とか、痴呆状態になる後遺症が考えられるそうだ。
自動車運転できないと田舎では生活できないし、痴呆になるのはもっといやだなあ。買っただけで読めていない本のうち半分くらいは死ぬまでに読める程度の知能が残っていてほしいが。

2

入院してえらく痩せ衰えたが、体格はだいたい正常に近づいた。毎日犬の散歩しているのもあって、歩行はだいたい普通になった。

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とはいえ体調は気象による。
俺の父親は俺ぐらいの年齢の頃、九州辺りに台風が近づくと体調不良になった。
俺も九州あたりに台風が近づいたあたりの時期が体調が悪い。昨日は悪く、今朝も悪かった。昼以降はそれほどでもない。
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近況、頭痛とか

kamayan.hatenablog.com
の続き。

1

夕方頃になると頭痛がする。正確には頭蓋骨後ろ、耳の後ろのあたりの骨が痛くなる。
姿勢を変えたりドアの開け閉めをするとき、立ち眩みに似た感じでバランスを崩しそうになる。
デスクワークしているぶんにはあまり支障はない。
が、俺がデスクワークしているのを老母が見ると老母がヒステリー起こす。
老母のヒステリーから逃れるために、炎天下、屋外で作業した。
老母のヒステリーに付き合っていると寿命がゴリゴリ削られていく。

2

俺が飲んでいるセルシンという精神安定剤抗不安剤)は、50時間くらい血中に残る。
なのでアルコールを飲むためには50時間くらい薬を飲まないでいる必要がある。
だが50時間も不愉快なことのない状態など考えにくいので、たぶん俺は今後アルコールを飲まない人生を送らざるを得ないだろう。

3

借金があるわけでもないから、あまり仕事しすぎないでダラダラと余生を過ごすこととする。ブログランキング・にほんブログ村へ

入院5泊

1

8月末日は開店しておくに値しない程度に宿泊客が少ないと昨年時点で判明したので、今年は当初から8月30日31日を休業日と決めていた。
これは今年の8月の心のよすがだった。伊豆の温泉に一泊しに行こうと嫁と決めていた。

2

8月29日に盆踊り実行委員会の「反省会」という名の宴会の誘いがあった。
普段なら、旅行前日でもあるし、直前まで欠席するつもりだったが、今年は盆踊り実行委員会に観光協会長として色々迷惑をかけたから顔を出して「お世話になりました、来年もよろしくお願いします」と挨拶しといたほうがいいなあ、と思い直し、出席した。
出席してみたら、実際のとこご迷惑をおかけして挨拶したかったのは「盆踊り実行委員会」の中の実務を毎年している「育成会」の人たちだったが、その人らは誰も出席しておらず、毎年順繰りに交代する区長のおっちゃんたちだけが参加していたので、全然出席の意味がなかった。

3

ところでこの8月29日というのはそろそろ処方してもらっていたセルシン錠剤が切れる時期だった。ので、処方してくれる心療内科は週2日しか開業してなくて、当日並んだ順で対応するという厳密なルールのとこなので、午後3時開院の1時間前に並んだ時点で俺で23番目だった。俺が実際に処方してもらえたのは午後6時近かった。「反省会」は午後7時からだ。

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で、心療内科から「反省会」へ直行する前に、近隣の大手神社に行って、「酒で荒れたりしませんように、明日からの旅行に事故がありませんように」と祈願して、「反省会」へ向かった。

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セルシンを最後に飲んでから20時間は経っていたから、まあビールくらい飲んでも大丈夫だよな、と思い、それなりに飲んで、あまり長居しないで歩いて「離れ」へ帰ろうとした。歩いて5分強くらいの距離だから。
「離れ」の50mくらい前まで歩いていたのは覚えている。

6

翌朝気づいた時には「離れ」の変なところの布団に寝ていて、頭から血が出ていて、鼻血も出ていた。
嫁の言うには、道路で倒れていて、ゲロ吐いて「悔しい悔しい」と叫んでいたそうだ。たまたま自動車で通りがかった人が救急車を呼んでくれて、近隣の善人のおじさんたちがゲロを始末してくれて、俺は救急病院へ行ってMRI診断とかしてもらったらしい。全く覚えていない。
で、翌日診察受けなさいと言われていたとのことだが、客のチェックアウトを済ませた後病院に行ったらもう診察受付時間終了だった。

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なのでそのまま伊豆へ一泊旅行に行った。運転はしない方がいい、お風呂に入らない方がいい、と言われていたそうなので嫁に運転してもらった。温泉に行ってもお風呂に入れないからシャワーだけ浴びてひたすら寝てた。
宿の夕食も朝ごはんも全然食える気がしない。食欲がないとはこういうことか。

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帰ってきた翌朝9月1日金曜にその病院へ改めて行った。そのまま入院措置となった。クモ膜下出血の可能性がないかどうか調べたいが今日は金曜日で月曜まで脳外科医がいない、とのことだ。え、じゃあ別な脳外科医の病院行く方がいいんじゃないの、という気がしないでもなかったがそのまま入院した。
記憶する限り、入院経験というのは俺は初めてだ。
スマホの充電がギリギリ切れかけていたので、公衆電話で嫁に事情を説明した。
点滴を打ってもらって眠っているところに嫁と娘が来てくれた。入院中の俺の退屈をしのぐための俺の本を適当にたくさん持って。ありがたい。なによりありがたい。これで寝返りするとき眩暈がしなければ天国なのだが。
9月1日はひたすら眠った。点滴に導眠剤的成分もあったのだろう。セルシンも飲んだ。
歯を磨こうとしたらよろけて倒れそうになった。自分が病人であることを自覚した。寝返りすると眩暈がしてきつい。
kindleで『この経済政策が民主主義を救う』とか『一揆の原理』とか読んだ。そしてひたすら寝た。

9

9月2日土曜、家業は忙しいだろうがセルシンを飲んでそのことを考えないようにした。
病院食は不味いわけではないが全然喉を通らない。ほとんど残して売店へ行ってウィダーインゼリーを買って飲んだ。
この日もひたすら寝た。寝返りすると眩暈がする。
しまたけひとの『みちのくにみちつくる』を読み終えた。これはkindleでも買ってあったが小さい書き文字がkindleでは読めずストレスたまるのでお布施の意味も込めて紙媒体で購入し直したものだ。やっと読み切れた。
ポメランツの『大分岐』を途中まで読む。
たしかこの日にCTスキャンしたように思う。次の日だったかもしれない。
木村草太の『憲法という希望』を読了する。あとはひたすら寝た。

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9月3日日曜、家業は忙しいだろうがセルシンを飲んでそのことを考えないようにした。
嫁と娘がスマホ充電器を持ってきてくれた。俺は入院して以来髭も剃らず髪も整えていなかったので、嫁たちと別れた後鏡を見て「これはどこからどう見ても病人だ」と感じたので、髭を剃って髪を整えた。だいぶ病人らしさが消えた。
3日目になるとさすがに夏の疲れも取れてそれほどは眠れない。ポメランツの『大分岐』を途中であきらめ、kindleで古谷経衝『右翼も左翼もウソばかり』読了。次いで筒地清忠『昭和史講義2』を読み始める。飽きてくる。
寝返りしてもそれほどは眩暈がしなくなった。
睡眠が足りてきて回復してきたので、セルシンを飲んでもいまいち寝付けない。が寝た。

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9月4日月曜、宮崎市定『世界の歴史6巻宋と元』読む。セルシンを飲んでもあまり眠れない。
やっとMRIの検査をした。
それとも検査は火曜だったか。
充分寝足りているので夜になってもなかなか寝付けない。

12

9月5日火曜、宮崎市定『世界の歴史6巻宋と元』読了。
夕方、脳神経外科の担当医が来て、このまま様子見るために入院していてもいいが退院してもいいと言う。
我が家業は繁忙期で俺が不在な分嫁がヒイヒイ言っているのは確実なので退院したいと告げる。

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9月6日水曜朝、やっと退院できた。
入院中出された食事は半分も食べていないから痩せたとは思う。運動もしていないから筋肉も衰え痩せていると思う。
今日から少しずつリハビリで歩くこととする。
頭はまだ痛いし、歩くのも少し怪しいし、仕事は普段の半分くらいしかできいないが、いないよりは俺がいるほうが嫁が楽なはずだ。
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8月20日頃は疲労のピーク

昨年の日記を見ると、8月20日くらいが疲労のピークだ。今年はセルシンを飲んでいるから、昼の間起きていられない程の疲労はないな、と開店時に思った。それでも疲労が消化器系に来ているのを感じる。
午前中、昨夜の最上質客たちがチェックアウトする前に、老母からあまりにバカなこと言われたので、精神的にやばくなった。客観的には連日ほぼ満室が続いていて男子バイトも今日は午前中不在でスタッフが足りないのに、老母の主観では、今日は暇なので主力労働者である我が嫁を老母の趣味の新興宗教のくっだらない催しに連れ出したい、と老母が要求した。スタッフが足りないから困る、ダメだ、と断った。
老母の主観では嫁が行きたがっていることになっていた。実際には嫁は行きたくないし、行けるほど今日は暇ではない、と言っていた。老母は呼吸するように主客を入れ替える。
老母が嫁の代わりに店で働くから構わないだろうともぬかした。ありえない。
俺は疲労しているから老母の声を聴くのも姿を見るのも嫌悪感が走る。それ以前に我が老母は、してもらっては困ることは全力で行い、してもらわなくてはならないことは絶対にしない。
しつこく絡むので、自分が激昂しそうになるのを感じたが、昨夜の最上質客たちの前で激昂して最上質客に悪印象を与えたらここ数年積み重ねてきた努力が水の泡だ。「離れ」へ急ぎ行き、急遽セルシンを2つ飲んだ。
セルシンを飲んでどうにか激昂を抑えることができた。老母へ伝えた。どうしても嫁を連れていきたいのなら、嫁が行きたいというのなら構わない。だが老母に店にいてもらっては困る。と伝えた。老母と俺が一緒にいたら必ず喧嘩になる、今からチェックアウトする客は「大事な客」だから、今日は俺に話しかけるな、とも老母に伝えた。
「大事な客って、お前の友達か?」と老母は返した。老母には客層のターゲティングという接客業宿泊業の基本が判らない。死ぬまで。死んでも。死ね。とにかく今日は俺に話しかけるな、それから店にいるな、と伝えた。
老母とは話は全く通じないし心は永遠に通じ合わないが、嫁を連れ出すのはダメらしいということと、老母が不在でいるほうが望ましいということはどうにか老母は受け入れて、老母は畑へ農作業に行った。ところで老母の農作業は無計画で雑で物凄く下手だ。
午後、チェックイン客の接客を俺がしている最中にまた老母が絡んできた。老母の農作業が一人ではやりきれないから店の主力スタッフなおばさまを一人農作業につれていくから許可しろ、という内容だ。
俺は接客中だ。接客中に私用で話しかけるな、馬鹿か。お前は接客商売したことがないのか。早く死ね。
接客中に話しかけるのだけはやめてくれと数日前俺と嫁でお願いしたばかりだった。老母は数日前「そうだな」と笑って答えていた。
チェックイン客への説明など最長10分程度だ。我が老母は狂人だからその10分を待てないし、なぜ自分が待たなくてはならないのか理解しない。同じことをされたら当人は激昂していたくせに。
主力スタッフのおばさまを老母の趣味で失えるほどは今日は暇ではない。なぜ俺はこんな狂人が肉親なのか。なぜこんな狂人と自営業をしているのか。
接客中なので反論できず、セルシンの効果があったから激昂はしないですんだが、どうにか「俺に話しかけないでください」とだけ答えた。
チェックイン客は違和感を覚えただろうが、これはもうどうしようもない。
チェックイン客への説明を続けた。説明している間、悔しさのあまり、涙声になり、客の前で大声出して泣きだしたくなった。
夜間、嫁と娘が「離れ」に帰った後、「店舗」で一人で事務作業をしようとした。事務作業が全然できない。作業がミスだらけで全く進まない。自分の感情を観察した。セルシンを余計に飲んでいるから、激昂はしない。だが事務作業がミスだらけになる程度にはつらい。自己憐憫に浸る程度には悲しくてやるせない。
この感情は、中学時代から大学時代までの『夏休み』期間にいつも感じていた感情だ。セルシンを余計に飲んでいても。そういえば高校大学の『夏休み』は我が家業で酷使され、毎晩布団につくたび涙流していたのを思い出した。あまりに過酷な環境にいると、脳はなぜ自分が涙を流しているのかすら理解できない。つらくて涙流していたのだな。当時もつらいとは思っていたが、つらさのレベルが当時俺が思っていたより本当は酷かったのだな。
我が老母は幼稚で独善で人でなしだ。経営者は共感能力がなく同情心がない人でなしのほうが少なくとも短期的には巧く行くことがある。我が老母はブラック企業経営者の類型だ。
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お盆過ぎの土曜日と施設的安全確保

宿泊施設では、同じ日にはグループ規模等の似たタイプの客が集中する傾向がある。
今年のお盆の客質は微妙に粗かったが、お盆過ぎ最初の土曜の今日の客は異様に客質が高くてビビった。高収入の子連れ家族っぽい客が多かった。子供の数が施設内にやたら多い。
今年は全体的に子連れ客が多かったが、幼児の安全確保について施設的欠点が我が施設にはあちらこちらあるので、安全確保を重点にオフシーズン中に改造改築すべきだろう。
安全確保をちゃんとしないと我が娘が小学生の間に交通事故死する。
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8月16日時点での近況

http://kamayan.hatenablog.com/entry/2017/08/06/223136
http://kamayan.hatenablog.com/entry/2017/08/06/223206
の続き。

1

7月後半にメンタルヘルスの薬として処方してもらったセルシンを飲むにあたり、アルコールを同時に摂取するのは危険であるから禁止となり、それまで毎晩憂さを晴らすため1リットルから1.5リットル呑み続けていたビールや焼酎を一切飲まなくなった。もともと俺はアルコールがさほど好きではない。さほど好きではないのにあの量毎晩呑み続けていたのだからアル中同然だった。今まで小遣い(実質的給料)の半分が酒代に消えていたがそれがなくなった。
深夜にバカ騒ぎする客が根絶された安心感と、バカ騒ぎする客について他の客からのクレーム対応をする心配がほぼなくなった安心感から、最繁忙期でも過剰に早起きする必要もない。
セルシンが効いて、朝7時まで熟眠できる。早朝4時に目が覚めて二度寝できない、ということはなくなった。
最繁忙期だからそれなりに疲労しているが、まるっきり許容範囲。普通の宿泊業のしんどさ。普通の社会人の仕事のしんどさ。
現在の疲労度を10とすると、田舎に帰ってきた初年度の夏の疲労度と辛さは100、大学一年生の時酷使された夏休みの疲労度と辛さは200くらい。人間に堪えられる限界を超えていた。そりゃまあ当時の俺が、人生に生きる価値はないし未来に希望はないと固く信じたのは当然だ。
俺の人生は失敗だから人生の終わりが早く来ればいいのにと思うことも少なくなり、悔しい悔しいと呟くことも少なくなった。
老母のヒステリーや老母の度し難い愚行にも、俺のトラウマが過剰喚起されて激情することもなくなった。
だからまあ普通にしんどいが、普通だ。老母の理不尽の酷さも嫁と「理不尽だよね」と苦しみが分かち合えるから、辛さはずっと少ない。
昨年ほど稼げてはいないが、昨年比で5%から10%程度稼ぎが落ちても、別に借金があるわけでもないし、「まあ、こんなもんでいいよね」と嫁と話している。

2

嫁が言うに、今年の客質は昨年より柄が悪いそうだ。昨年の客質が良すぎたのだろう。今の我が家業の施設的限界はこの程度の客層に合致しているのだろう。
施設の改善の余地はたくさんあるが、大規模に改善しようとすると、資金的には問題ないが、老母が手を付けられないほどのヒステリーを起こすこと確実なので、老母が存命な間はあまり大規模にできない。
施設改善の余地は、絵で言うとデッサンが狂っていてパースが狂っている状態から改善しようとするようなもので、築20年程度は持たせないと費用対効果的に意味がないので、大規模に改善することはできない。現施設をデザインした設計士は間違いなく一流だったが、施主である我が老母がパーだったので施設は欠点が多い。その設計士が引退したので次の設計士を探して付き合っているのだが、彼は二流だ。どうしたものか。

3

今年は最繁忙期のお盆期間は俺より嫁が疲労した。
一番頼りになるスタッフのおばさまが新盆で不在。
俺はお盆の期間、観光協会長の仕事で、盆踊りのやぐらを立てる奉仕活動やそれを解体する奉仕活動や地元観光イベント列席義務やらで、嫁一人で最繁忙期を切り回さないとならない時間が多かった。
最繁忙期を一人だけで切り回すのは、それだけでもつらいが、一番つらいその瞬間にバカな姑である我が老母がわざわざ事態をこじらせるのがなおさら辛く、そして困難を孤独に解決し続けるその英雄的姿を誰一人見ておらずだれも共感してくれないのが辛い。その辛さは判る。俺はずっと辛かった。
8月最終日2日は毎年予約数が少ないことが昨年時点で判ったので、今年は8月30日と31日は嫁と娘と小旅行に行く予定にしている。