カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

表現規制反対活動を昔していた。元エロマンガ家。元塾講師。現在は田舎で引きこもりに似た何か。

9月から11月にかけての、昔の友人関係

1;塾講師時代の同僚が8月末に逝去した。突然の心不全だったそうだ。
彼は俺より10歳以上若かったはずだから、40歳前くらいだったろう。
塾が上海に進出し、上海の校舎で働き、上海の宿舎に帰宅後急逝、という感じだったようだ。
塾時代の同僚からその連絡があり、9月後半に東京で通夜が行われたので参列した。
2;塾講師時代最後の年に担当した女生徒が、バイト先の友人たちと、10月20日頃、当施設に一泊した。一流大学の法学部3年生になっていた。
彼女は中学受験終了直後、一度当施設に来てくれたことがある。
俺という人間が何人かにとって心に残る講師であったことを嬉しく思う。あれはあれで俺にとって天職だったんだなとか思う。
ところで10月20日って平日(日曜)なのにやけに宿泊客が多かったが、都民の日かなんかだったんだろうか。
3;たしか6月か7月頃、昔、漫画家時代に仲良くしていた友人に連絡を取った。
彼はアニメの世界に進んでいたが、進ませた元凶は俺だ。俺は彼に謝罪をしなくてはならないという感情が凄く強くなっていた。鬱病による情緒不安だろう。連絡を取った上で、謝罪の気持ちもあって、彼にお布施的な献金をした。
彼はアニメの世界で順当に立身し、今年から監督業をなさっていたそうだ。
秋になったら時間ができるから、その頃一度会おう、という話を彼からしてもらった。
11月になって、彼から電話が来た。彼のほうは仕事が一息ついて時間が取れるようになったそうだが、俺は鬱病緩和のための大学授業聴講をできるだけ休みたくないので、とりあえずまた時間が合うまで先延ばしにしよう、という話になった。
12月のうちに会いに行けないかと俺は俺で日程確認したが、どうも年内に会うのは無理なようだ。

近況、9月から11月にかけて

近況
1;9月の台風の影響
9月21日頃に台風が来た。台風17号だったかな。
雨量が多かった。雨量がたいへん多く、その後、台風18号19号の影響でさらに雨が降り、河口湖の水位が上昇し、テントサイトが水没した。
水位がなかなか下がらないため、11月13日頃までテントサイト閉鎖した。
2;鬱症状について
観光協会長を辞めさせてもらったので、だいぶ時間的には楽になった。
鬱症状は一進一退。低気圧が近づくと鬱症状が悪化する。
時間的余裕ができたのと、妻の協力があって、10月から地元大学の公開授業を聴講し始めた。鬱症状の緩和にある程度役立っている。「なろう小説」と「ふたばちゃんねる」しか読まない状態から、教養書を読む気力が湧いて何冊か教養書を読める程度には鬱症状緩和効果があった。
最近一週間ほどはアルコールを飲みたくて(飲む予定があって)抗鬱剤飲まないでいるけど、抗鬱剤を飲まないでいると鬱症状が悪化するね。アル中と同じで負の感情のブレーキがゆるゆるになっているというか負の感情のブレーキが壊れている感がある。堪え性がないというか。情緒不安定というか。

「マンガ図書館Z」から俺のコミックが消えたこと

今年の7月くらいまで、「マンガ図書館Z」に、俺が昔描いた『アニマルファーム』というコミックが掲載されていた。
俺がまだ「人類の敵」だった頃 - カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記
マンガ図書館Z」の体制が変わったやら何やらで、9月くらいから、その掲載が終わった。
寂しいなあ、とは思うけど、コミックの寿命で考えると、あれはたしか2000年頃刊行したコミックだったから、20年間くらい経っているから、まあまあ寿命が長かったかな、と思う。
表現規制反対運動」というミームを生むことができたのは幸運だった。そこでの俺の歴史的役割はだいぶ前に終わっていたけど、その余波的なものも俺に関しては終了したんだな、とか思う。
別な世界線でまじめに勉強して論文とか学術的な本をもし書いたとしても、本としての寿命とか読者数とか影響力とかは同じようなものだったろうなあ、とか思う。
論文と違って、ロリエロマンガだから、嫁にも娘にも読ませにくいなあ、ていうか常識人な嫁には読ませられない(嫁の趣味に合わない)なあ、というのが残念と言えば残念。
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2019年夏の我が施設の状況について

1

3月頃から7月頃にかけて、睡眠不足などもあって体調不良が続いた。
脳が痺れるような感覚がずっとあったので、今にして思えば蓄膿症を再発していたかもしれない。
当時は老父がなくなったことによる鬱病の悪化かなあ、とか思っていた。

2

5月の10連休は過去に例がなかったので、宿泊料金を弱気設定にしたが、強気設定にすべきだった。俺の体調は悪かった。

3

当施設のメインの労働力であるおばさまが、5月末から病欠した。入院なさり手術なさるということだ。当施設の戦力は5割減となった。
代わりの労働力が必要なので求人広告を複数回出した。
俺と同じくらいの年齢の男性をバイトとして採用した。夏前の準備のための体力作業、具体的にはボート移動作業にはこの労働力が大変助かった。
掃除能力はあまり高くなくて、8月頭に相互不信となり、以後男手はない状態となった。

4

病欠なさっているおばさまとは別の、掃除メインのおばさまがおばさまの息子の嫁さんをバイトで紹介してくださった。この掃除おばさま含め3人+昨年からの清掃スタッフ1名で、どうにか夏を回した。

5

記録で見ると、今年の7月末から9月にかけての売上は、どうも昨年比1割減、もっと減るかもしれない。
河口湖全体の客の動きはほぼ前年並みなので、地域全体に比べ、当施設の売り上げが落ちている。
ここ3年程、当施設は予想以上に客が来て、売り上げが伸び続けていたが、俺の体力がそれに耐えられなかったし、今年はメインの労働力のおばさま不在でギリギリ回したので、今年くらいの集客で良かった、と、嫁と話している。
当施設の売上が昨年比で落ちているのは、施設のサブタイトルの吸引力ボーナスが終わり、サブタイトルが客に期待させるものに応える力が当施設になかった、と言える。
具体的欠点はいくつも数えることができるが、ここに書くのは愚行であるので、一つずつ解決していこうと思う。

6

体調不良は、6月に休日作って上京した際、家(店)から離れたところで、自分の来し方、どういう人生がありえたか、といったことを今までと違う角度で脳内整理したら、だいぶ収まった。
夏の客も秋の客もおとなしい客ばかりで、前年比1割減、もうちょい減っているかな、そういう客数なので、8月9月の疲労度合いは少ない。このくらいの客数で良い。清掃スタッフを除くと、俺と嫁の実質二人で回すには、我が施設は大きすぎる。定員も来年度からもっと減らしたい。

7

前年晩秋、老父が亡くなる前から我が施設の前の県道拡幅工事の話があり、今年7月から着工になった。
これに関連して我が施設に有利になるよう老母が県議会議員に働きかけたが、老母が興奮すると俺の体調が悪化するという悪いスパイラルがあって、俺のせいで我が施設にとって有利なことを引き出すことに失敗した。
それについてわが嫁は俺を責めないから、わが嫁は人柄が練れている。良き妻であり、娘にとって良き母親だ。
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ハワイ旅行と北海道旅行と福島ハワイアンズ旅行についてのメモ

1 2018年1月にハワイへ旅行したこと

日記に書き損ねていたので、このままだと忘れてしまうので、ごく簡単に記しておく。
2018年1月14日頃から、ハワイに嫁と娘と旅行した。娘が小学校に上がると家業との関係で何泊もする旅行に行けなくなるので、その前にハワイへ行っておこう、と嫁と計画していた。ハワイへ行くのは初めてだ。年齢的に二度と行けないかもしれない。
行きの飛行機内で「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」を視聴した。ハワイ(オアフ島)ではたしか5泊くらいした。はじめ3泊はワイキキのホテル。部屋が広くて驚いた。
現地ツアーは嫁が計画して、たしか初日はワイキキビーチに行き、娘と嫁はビーチで遊び、俺はビール飲みながら本を読んだ。2日目からガイド付きで名所めぐりしたり、バスで博物館へ行ったりした。近年河口湖の観光バスはずいぶん洗練されてきたが、ハワイの観光バスをモデルにしていたんだな、と気づいたりした。
4泊目と5泊目はディズニーホテルに泊まった。嫁と娘はプールで遊び、俺は部屋でビール飲みながら「なろう小説」とか読んでいた。
帰る前の夜に眠れず、飛行機内でも眠れず(2018年1月当時、導眠剤をまだ処方してもらってなかった)、成田から家へ帰る自動車運転がつらかった。
帰国してからしばらくハワイ関係の歴史解説書とか読んだ。心療内科の先生から導眠剤も処方してもらうようになった。
ハワイ関係の本を読んで、ハワイ旅行について詳細にブログを書こうとその頃は思っていたが、ものを書く気力が衰えきっていて、今までハワイ旅行の件を書かなかった。ここで書いておかないともう忘れる程度に俺の脳味噌はポンコツなので以上書きおく。
ハワイで最も驚いたことの一つは、ワイキキビーチの「狭さ」。砂浜の海岸までの短さだった。
後で本で知ったのだがワイキキビーチは人工的に作られた砂浜なので海岸までが短く、俺たちが旅行したのはそれでも少しでも幅を長くする工事をした後だったようだ。

2 2019年1月に北海道へ旅行したこと

2018年11月に老父が逝去したので、これは今年は旅行できないかな、と思っていたが、老母が旅行を許可したので、2019年1月14日頃、地味目に北海道旅行した。
札幌のホテルに泊まり、旭山動物園や北海道博物館や小樽へ行った。博物館では「ゴールデン・カムイ」のアシㇼパさんが展示されていたような記憶がある。

3 2019年9月16日17日に、福島スパリゾートハワイアンズへ旅行したこと

9月14日土曜に、娘の小学校の運動会があった。保育園時代は娘の参加した組が常に勝っていたが今年は娘の参加した組は敗北した。親子競技はラグビーっぽいもので俺はへたくそだった。
14日15日はシルバーウィーク前半なので我が宿泊業は満室だった。
16日17日は台風などで運動会が延期した場合の予備日として小学校は休みだった。台風でも来たらこの予備日が運動会として潰れてしまうところだったが幸いそうではなかったので、1泊で福島ハワイアンズへ行った。
旅行先に福島ハワイアンズを選んだのは、娘が「泳げるところに行きたい」と希望したからだ。
2017年に福島ハワイアンズへ行ったときは俺と嫁で運転して行ったが、今回は立川からの送迎バスを利用した。
娘と嫁はプールで遊び、俺はビールを飲んで温泉入ってマッサージしてもらってまたビール飲んで本をちょっと読んだりスマホで「ふたばちゃんねる」読んだりして過ごした。
夕食を早めにとったことと、久しぶりにたくさんビール飲んだことと、温泉に入ってマッサージ受けたこともあって、夜8時からのハワイダンスの鑑賞席チケットを買っておいたのに午後6時前に部屋に戻ってそのまま熟眠し気が付いたら深夜12時だった。

深夜12時に目が覚める前、久しぶりに印象的な夢を見た。
夢の中では河口湖鵜の島南側にわりと大きな神社があり(実在しない)、夜間に先祖供養の慰霊祭みたいなものをしていた。亡くなった父の一周忌的な行事も兼ねていたようだ。
神社からはバスと10人用くらいの舟が往来しているらしい。レトロなバスで観光客のような乗客が行き来していた。
舟は木造の10人強乗れる和船だった。船の底に水が溜まっていて、そこに我が老母が口にビニルテープのようなものを貼った状態で仰向けに沈んでいた。老父への後追い自殺をしようとしていたようだ。水から引き揚げ、「死のうとするな」と俺は大声で泣いた。
鵜の島と河口湖南岸は夢の中では繋がっていて、夢の中ではそこに小規模な繁華街があり、二階建てか三階建てくらいのガストのような飲み屋があった。
表現規制反対活動仲間の友人含め10人くらいの集団がいて、俺は自然にそれに合流した。歌手の「つんく」を囲む同窓会的な集まりだった。月一くらいでこの会合があるようだった。
といったあたりで目が覚めた。老母が老父の後追い自殺を試み俺がそれを夢の中で真剣に止めようとしたことに驚き、俺にもそんな感情があるのか、とか思った。
後で考えなおすと、老母に死んでほしいという願望と、そういう願望を自分が持っていることを否定したいという願望からこういう夢になったのだろうなあ、と思う。
つんく」や表現規制反対活動仲間が夢に出てきたのは「ふたばちゃんねる」で読んでいる「けものフレンズ2」騒動からの連想だろう。ヤオヨロズの親会社ジャストプロ社長は「つんく」の元マネージャーだから。

さて、深夜12時に目が覚めたので、しばらく本を読んだりタバコを吸ったりして過ごしていたが、午前3時を過ぎても次の眠気が来ない。まずい、導眠剤があったはずだ、導眠剤を入れたバッグはどこだ、と、暗いままの部屋を探すがなかなか見つからない。
嫁と娘が寝ているので、明かりをつけて探すわけにもいかない。
バッグをどこかに置き忘れたかと午前4時近くなるころまで悩んだが、ようやく、嫁と娘が眠っている布団の横のテーブルの下からバッグを発見し、導眠剤を飲み、眠ることができた。
なお福島ハワイアンズのショーは2017年にすでに見ているし昼も少し見たし2018年にハワイのディズニーホテルでも見たから見れなかったことはあまり惜しいとは思わない。惜しいと思わないでいられる程度にあちこち旅行経験を積むことができて俺は幸運だ。
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6月と8月の休暇

6月12日・13日と、8月29日・30日にそれぞれ休日を作ることができたので、東京の友人(兼元下宿の家主)のところに行って飲み会をした。
とくに6月のとき実感したが、河口湖の自宅では早朝覚醒睡眠障害の症状が出るのに、元下宿の友人宅だとすげえ熟睡できる。
それぞれ2日間だけだったが、「店舗」から離れると、河口湖から離れると、色々なことを客観的に考えることができる。亡き父がどの程度俺を自由にさせてやりたがっていたかとか思いが至ったりした。老母さえ俺に過干渉しなかったら亡父は俺にできる限りの自由を与えようとしただろう。実際、考えてみるとずいぶん長いモラトリアム期間をもらえた。俺の大学卒業も亡父はちゃんと喜んでくれたのを思い出した。
6月の時は、以前勤めていた塾の近くに日帰り温泉施設が新設されていたので、そこで体をほぐした。
8月30日には、事前に予約を取って、鎌倉権五郎神社で厄払いもした。ここの神主さんは以前いた女性神主ではなくなっていた。女性神主さんも老齢だったのでお亡くなりになったのかもしれない。
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育児次年度以降9月

次年度以降への自分への備忘として以下記す。
娘が現在小学生なのだが、9月の連休と運動会が重なる。
運動会が予定通りの日程で開催されればまあ良いのだが、大雨等で翌日に延期になると、掃除スタッフも小学生の子供がいるので、清掃が回らなくなる。
そのことを前提に、次年度以降、9月の連休の予約受付、ウチの場合5月末から予約受付開始だが、それを上手にする必要がある。
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