カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

抗不安剤飲んでいるので、新規に保険に入れなそうだ

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田舎に来て以来、老母と付き合いのある保険屋に多数会い、「田舎のお付き合い」で、入りすぎるくらい保険に入った。
生命保険の総額を見ると、俺が死んだとき保険金目当ての殺人の容疑者になりそうだ、と嫁が懸念する程度に。
保険屋にも有能と無能がいて、その中で一人だけ商品知識が確かな人がいる。逆に言うとその人以外は薦めている商品知識が貧困で話にならない。
その有能な保険屋さんが久しぶりに来て、少し話をした。
俺が昨年から精神安定剤抗不安剤)を飲んでいることを言ったら、あ、もう、新しい保険に入れませんね、と彼が告げた。
過剰なほど入っているし多数の保険屋から過剰なほど勧められてきた保険の類だが、もう新規に入れない、と知ると、少し寂しい。

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抗不安剤を飲んでいる人は自殺する可能性があるから、新規加入させないのだろうなあ、とか想像した。

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数日後、無能な保険屋が来て商品を勧めてきた。
俺、精神安定剤飲んでいるからもう新規に入れませんよ、と答えた。
病名が判れば入れるかもしれない、と無能な保険屋が粘った。そこ粘るところかなあ。
たしかに病名は告げられていないので、後日確認してみよう。

4

処方してもらっているジアゼパムと、処方されるきっかけになった不眠症(朝4時~5時くらいに目が覚めて眠れない症状と、睡眠不足による情緒不安定)から、病名を推定してみようとグーグルで検索してみた。
検索の結果、素人考えでは、どうも可能性が高いのは、うつ病のようだ。
あれ、そうなんだ? 俺が「うつ病」という言葉から連想していたのとは症状がちょっと違うな。
とはいえ、ジアゼパムを飲まないでいると「悔しい」という言葉が四六時中出るし、共感力や感受性が自覚できるほど低くなっているし、ジアゼパム飲まないでいると睡眠障害もあるし情緒不安定になるし、生活がちっとも楽しくないから、まあそうなのかな。

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睡眠時無呼吸症候群の可能性もあるので、そっちも後日検査してみよう。
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9月の近況とか、来年への申し送りとか

1;

9月に休みがないのは当然として、10月も休みを作り損ねた。
正しくは、嫁が「この日からこの日まで休業」と設定してくれていたのに、で、予約管理システムのほうではその期間閉じていたのに、手書きの予約台帳のほうに休業日設定していなかったので、うっかり予約を入れてしまった。
ので、10月に5日弱とれるはずの休みが、3日弱となってしまった。
9月は最終週平日はたいして客が来ないから、来年からは、はじめから休業日設定にしておこうと思う。

2;

今年は9月1週目2週目くらいが疲労のピークだった。
8月の客入りが微妙に少なかったのと、バイト確保に成功したので、その辺まで耐えられたのだと思う。
9月初め、台風が近づいたころ、陽気にやられた。体力が衰えると、台風接近に伴う気圧変化に弱くなる。

3;

我が施設には川がある。9月初めに来た台風のあと、施設敷地内の川に杉の枯れ枝が溜まり、それが原因でダム状になった。
その枯れ枝を取り除き、川が流れる状態に回復させるのがけっこうたいへんだった。
地下道を兼ねる水路に泥が結構大量に溜まったので、その泥を片付けるのにも時間と体力を使った。
俺は肉体労働が嫌いだ。

4;

台風で、キャンプサイト内の柳の大木が折れた。川の作業の後、この折れた大木をチェーンソーで切り、翌週末テントサイト客を受け入れられる状況にした。
幹部分は太すぎて重すぎるので、できるだけ短く切り、テントサイトの隅に転がす、という処理をした。
台風のあとは、こういう作業にだいたい一週間くらいかかる。

5;

台風の翌週くらいの土曜午後に、敷地に隣接する電柱が放電した。その後、停電した。
東京電力に連絡した。我が家だけではなく、俺の村と隣の村と、けっこう広範囲に停電になったようだ。
午後6時半ごろまでには電気が回復した。

6;

この停電が原因で、施設内のwi-fiが一部使えなくなった。NTTへ連絡した。ルータやタップなどが壊れていたらしい。

7;

9月は疲労が溜まりすぎていて、人の心を挫くのに十分だ。
現在の比較的合理化された状況でもそうなのだから、今の数倍無駄な仕事に溢れて、たいがいのブラック企業よりブラックな過剰労働で大学1年生の夏休みを老母に酷使させられ心を挫いた時を毎年思い出す。あの時が俺の人生最大の後悔点で挫折点で不可逆時点だった。くそ。

8;

抗不安剤ジアゼパムセルシン)を飲むことでフラッシュバック等からは逃れることができるが、ジアゼパムの副作用で思考力や、瞬時の判断力や、好奇心等は衰える。
抗不安剤ジアゼパムセルシン)を飲むようになって以降の自分のブログを読み返すと、共感力とか、優しさとか、そういう感情が少しずつ荒廃している読後感がある。
これは薬のせいではなく老化とか心の病とかそっちのせいで、抗不安剤ジアゼパムでどうにかその進行を遅らせているというのが正しいのかもしれない。
主観的には、自分の精神年齢が、70歳くらいに老化している感覚がある。
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近況;1018年夏

1;スマホの件

スマホを湖に落として紛失した - カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記の続き。
スマホは翌日、AUショップで同機種の新しいものを取り寄せる手続きをした。その間、代わりのスマホを借りた。この代わりに借りたスマホのほうがずっと使い勝手が良い。ガラケーから乗り換える人用の機種だそうだ。次に機種変更するときはこれにしよう。
帰宅後、風なく波がなかったので、桟橋から覗いてみたら水底に落としたスマホケースが見えた。ボートのオールを伸ばしてみると、水底のスマホケースに届いた。そのまま岸まで引きずって回収した。
下手に電源入れると壊れると思ったので、相談しにAUショップへもう一度行った。自然乾燥させるのが一番だと聞いた。
水没したスマホのほうを充分自然乾燥させた後、電源を入れた。データをPCへ移すことができた。娘を撮影した画像は意外に少なかった。
水没したスマホの方はもう解約してありバックアップしてなかったので、ラインなどの情報は復活できなかった。

2;宿泊業トラブルの件

2-1;

7月終わりごろ、酔った客が客室の玄関ドアに全身でこけて、ドアが破損した。玄関ドアは格子のついたガラス状のものだった。格子が曲がり、ガラスが全壊した。
翌日朝、業者に来てもらったところ、同じサイズのドアの在庫がないので、ドアそのものを新たに作ることになる。そのため修繕には1ヶ月かかるとのこと。翌日から台風が来る予報で、かつトップシーズンの間ドアが破損している状態では営業ができない。
同じサイズのドアの在庫がないのならいっそ玄関ドアを枠ごと交換してもらえないか聞いたが、それはそれで大工事になり入口ごと作り替えることになるので、現実的な対処法ではないそうだ。
その日の夕方に業者が再度来て、応急処置として格子をとりあえず真っ直ぐにし、ガラスをはめて、見た目壊れていない状況にしてもらった。これでどうにかシーズンをしのげた。

2-2;

7月終わりごろ、客室ベッドが一つ、脚がもがれていたことに気付いた。家具屋へ連絡し、これは一週間ほどで直してもらった。その間は予備の折り畳み式ベッドでしのいだ。

2-3;

9月初め頃、客室のトイレにガラスのコップを流したバカ客がいて、正直に謝ればいいものを黙って帰っていきやがった。幸いなじみの水道屋さんがわりとすぐに来てくれて直してくれたので、次の客には影響しなかった。
トイレ関係のトラブルで今までで一番意味不明なのは、何年か前、トイレの中にミカンを丸ごと流して詰まらせたバカだ。

2-4;

8月お盆の頃、雨水をためて掃除などに使っているその雨水タンクの蛇口が壊れた。蛇口は地面から上に向けて設置してあったので、噴水のように噴出した。敷地内に噴水ができたことに呆然とした。高校生アルバイトが機転を利かせ、噴水状に噴出している蛇口の上にBBQ用鉄板を置き、応急の蓋とした。水自体はゴンゴン出ているが噴水という視覚的インパクトの強すぎるものが消えて、冷静に考えることができるようになった。雨水ポンプには途中にバルブがあることを思い出し、そのバルブを止めてしのいだ。
高校生アルバイトは濡れたまま仕事をしたので翌日風邪をひいて休んだ。
バルブを閉めてトラブルが一応解決した時点で高校生アルバイトを帰宅させ着替えさせるよう俺が指示しなかったのが誤りだった。彼に風邪をひかせたのは俺に責任がある。

3;懐かしい出会いなど

3-1;

8月上旬頃、20年くらい前に新谷かおるのアシスタントを同期にしていた香港人の友人が、家族を連れて河口湖に遊びに来て、我が家に来た。懐かしい。ハグして記念撮影した。

3-2;

8月中旬頃、webの友人が山中湖に家族と宿泊した帰りに、ウチに来た。webではやりとりがあったが会うのは初めて。統一協会が奈良の町政に関わっていることを危惧なさっている方だ。1時間弱情報を交換した。こちらから与えることのできる情報は少なかったが、彼女にとり何か得るものがあったなら幸い。

3-3;

8月後半頃、表現規制反対活動仲間が河口湖へ日帰りで遊びに来て、ウチに寄った。近況等を伺う。

3-4;

どうも今年は懐かしい人に会う年周りのようだ。
出席しなかったがGWには高校のクラス会がおよそ20年ぶりにあった。
秋には高校の学年合同の同窓会が開催されるという案内が来ていて、連休最初の日の夕方なので欠席するという通知を出しておいたが、高校時代の同級生などほとんど顔も名前も覚えていないが、正直言って会いたい気持ちはほぼ絶無なのだが、そういう年周りなのなら行ってみようかと考え直し、やっぱり参加します、と、まとめ役へ伝えた。

4;

今年の夏は比較的トラブルが少なく、老母が俺に絡むことがほとんどなく、客の質もそれほど悪くなく、しんどいことはしんどかったが、どうにかなった。
トラブルが比較的少なかったのは40年以上前に亡くなった祖父の機嫌が今年は良かったのだろう、と、オカルトな話を嫁とする。今年は夏が始まる前に嫁と娘で墓参りと墓掃除をし、夏の間に俺も墓掃除に行った。

5;夏の天気

昨年は6月7月がバカ暑く、8月は雨続きだった。昨年は梅雨がなかったので河口湖は渇水し水位は低かった。昨年は8月は雨天が多かったが客は多かった。
今年の7月8月は猛暑だった。冬の雪量が例年並みにあり梅雨も普通に雨が降ったので河口湖の水位は高かった。今年の8月は猛暑過ぎたためか昨年より少し客が少なかった。テントの客は「ゆるキャン」の影響でか、「なっぷ」へ参加したためか、ずいぶん増えた。

6;

抗不安剤セルシンの副作用だと思うが、ブログを書こうという意欲が全く湧かない。思うにブログを書くという作業はアートセラピーであり、薬剤で精神の興奮を抑えているのでアートセラピーを必要と感じないのだろう。
セルシンの副作用なのかどうかわからないが、学術書を読もうというエネルギーが全く湧かず、「なろう」小説ばかり読んでいる。
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スマホを湖に落として紛失した

夏の予約ラッシュが落ち着いてきたので、ヤフーでのweb広告を弄って検索に掲示されやすくなるようにした。
そのためだろう、夕方、次々と電話がかかってきた。
一つの電話の処理をしている間に、次の電話がかかってきて、嫁がとろうとしたが、4コール以上電話をとらない時は俺の携帯に転送されるように設定してあったので、俺の携帯を嫁に渡し、それでどうにか同時に処理した。
折悪く、以前頼んであった、モーターボートのガソリンが届いた。俺はまだ予約電話の処理が終わらない。嫁がガソリン配達の対応をとりあえずしたが、モーターボート関係は俺の担当なので、俺がその対応をしなくてはならない。
やっと俺の方の電話予約の処理が終わり、家電話の横に嫁が置いていた俺のスマホを俺は胸ポケットに入れ、モーターボートのガソリンを受け取った。
浜へ行き、モーターボートへガソリンタンクを繋ごうとした。その時、俺は前傾姿勢をとった。胸ポケットから俺のスマホが湖に落ちた。あ。と思った。
かろうじてスマホが浮いているその瞬間に必死で湖からスマホを拾い上げようとしたら、ぎりぎり間に合って拾えたかもしれない。
俺は無駄に諦めが良すぎるところがあり、先に諦めた。
が、水位はそれほど深くない。スマホの落ちた先は見えないが、以前、湖に落ちたスマホを何とか拾おうと頑張った客がいた(その客は結局拾えなかったが)のを思い出して、どの程度の深さなのか、オールで水底を着いてみた。それほどは深くない。が、もう夕暮れで暗くてスマホがどこに落ちたかは分からない。ヘドロ状の水底で、スマホを岸まで引きずるのはたぶん無理だ。
フロントへ戻って、嫁にスマホを湖に落とした話をした。
俺は普段ならスマホは作業ベルトの蓋つきポーチに入れている。水の中にスマホを落としてしまわないように。今日はうっかりしていた。
どうにか拾えるのではないか、と嫁が言う。ならもう少し頑張ってみるか。
俺は釣りを全くしないが、父の使っていた、鯉釣り用の胸元までの水位なら湖に入れる長靴があるので、それを履いて、再挑戦した。
湖に入る。胸元まで水位が来るところまで湖水の中を歩いたが、スマホが落ちたのはあと1m強沖合だ。拾えない。日が陰り暗くてスマホがどこに落ちているかもわからない。
なので諦めた。
スマホを紛失してまず困るのは、地元観光協会関係の情報がスマホのラインで来ることが多いことだ。なので前会長へ俺がスマホを紛失したことを伝えた。
あのスマホには、今年の1月にハワイへ嫁と娘と旅行に行った時の写真データなどが入っていた。
後で嫁と話をして、そのデータは本来はSDカードでPCへ移しておくのが利口だったと知った。
残念だ。
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久しくブログを書いてなかったこと

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精神安定剤セルシンを常用するようになってから、ブログを書くことが減った。
書く意欲というか、書こうという衝動が減った。
性欲がここ10年弱でごごごっと減ったのとパラレルな関係なんだろうな、と思う。
人は遺伝子を残したいという衝動があるのと同様に、精神的文化的な遺伝子、ミームっていうんですか違いますか、そういうのを残したいという衝動があって、マンガ描きたいと感じたりブログ書きたいと感じたり、そういう衝動が湧くのは、遺伝子残したいというのに似た衝動なんだろうなあとか思う。
俺は幸いにして肉体的法的伴侶を得、一人だけは自分の遺伝子を肉体的に残すことができたが、精神的文化的意味でのそれを得損ねたというか、ああ、表現規制反対運動というミームだけは残せたか。今は俺の手からは離れているけど。でもな。もっと他にも残せたはずだという、ここに俺の老いらくの後悔がある。

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今日はちと観光連盟関係で興奮することがあった。
興奮するのを抑えるために多めにセルシン飲んでいたんだが。
目の前に不正義があると衝動がどっと沸くが、それをどうクリアするかということについてはクリアしたいという欲望とか、クリアするための作戦とか、作戦の土台のための情報収集とか、そういうのが必要なんだが、残りの寿命のうちになすべきことへの欲が俺は薄いんで、薄いっつうか枯れているんで、たいして継続的でもないし計画的でもない。

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田舎で生活していて、幸いにして、俺は金銭に関してあまり苦労していない。これは今のご時世、そして俺のでたらめな今までの生き方から考えて、幸運なことだ。
自分のでたらめな生き方に付き合わせて、もっと堅実な生き方が選択肢にあった友人たちを複数堕落させたことは、俺の悪徳だ。
脳味噌が興奮すると、憂鬱というか自己嫌悪というか今生は無駄な人生だったという感情が湧いてやまない。
この感情は、通常、精神安定剤セルシンを飲むと治まる。今日は治まらない程度に興奮しているようだ。
残り20年強の余生、狂人な老母と過ごすという点がハードモードだ。エネルギーの9割がそれに奪われる。残り1割で仕事とわずかに旦那業と育児をしている。200年くらい前ならもう俺の年齢で老衰していてもさほどおかしくない。余生がムダに長すぎる。
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「なろう」小説読んでいたり、『僕だけがいない街』を読んだり

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河口湖の11月くらいがだいたい東京の冬の気温で、12月から3月初めくらいまでさらにもう一段階寒冷な極寒期が来る。
今年の12月は晴れの日が多く、日中日差しがあるので、感覚的に過ごしやすかったが、それでも日中の最高気温が東京の最低気温と同じくらい、早朝は零下7度くらいにまで下がる。ちなみに河口湖は富士五湖の中で最も標高が低いので富士五湖の中ではまだ寒冷さがマシな方で、山中湖は零下10度を下回る。
極寒期は身体がこわばって気持ちが暗くなりがちだ。

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宿泊業では大晦日前後は繁忙期なのだが、繁忙期が近づくといつも老母は狂乱する。今年も狂乱が酷かった。
今年は12月半ばから特に酷く狂乱した。それよりも前から狂乱していたが。ていうかいつも狂乱している。
老母は狂乱しているときと、ひどく狂乱しているときと、我が嫁ですら耐えられなくなるほどに凄まじく狂乱するときを繰り返す。
そういう狂人と生活しているのは辛い。

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なので、脳味噌使うタイプの読書が12月くらいからしんどくなり、たまたまwebで『転生したら剣でした』のマンガ版を試し読みしてみたらわりと面白く、まずkindleで購入した。
転生したら剣でした (1) (バーズコミックス)
次いで、三部けい僕だけがいない街』の噂を聞き、電子書籍版をカドカワで購入しようとした。カドカワでは購入に成功しなかったので、hontoで電子書籍版を購入した。hontoの電子書籍版は読みやすい。ストレスがない。『僕だけがいない街』はむちゃくちゃ面白かった。何度も映像化されるのも道理だ。久しくマンガから遠ざかっていたが、こんなに面白いマンガがあったとは。
僕だけがいない街(1) (角川コミックス・エース)
光永康則『アヴァルト』の存在を知ったのでこれもhonto電子書籍で購入して読んだ。マンガはhontoに限る。
アヴァルト(1) (シリウスコミックス)
ので『転生したら剣でした』のマンガ版もhonto電子書籍版で購入し直した。

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『転生したら剣でした』は「なろう」で発表された小説だというので、「なろう」小説版も読んでみた。わりと面白かった。
『転生したら剣でした』はアマゾンの読者レビューによると『転生したらスライムだった件』に似ているとのことだったので、『転生したらスライムだった件』の「なろう」小説版を読んでみた。長い。でも面白い。楽しめた。hontoで漫画電子書籍版も購入して読んだ。
転生したらスライムだった件(1) (シリウスコミックス)
「なろう」に他に面白いのないかざっと調べて、『無職転生 - 異世界行ったら本気だす -』を読んだ。序盤の大人の記憶を持つ子供の描写が実に良い。これも長い。「なろう」異世界転生小説の中では比較的初期の作品なのかなあ、と思う。美少女エロゲーやギャルゲーからの影響が時々香り立つ。香り立つのが快感な描写と、香り立ったのが辛い時とあったが、これは読む俺の側のメンタルによるのだろう。最終話まで面白く読んだ。
これらの作品に、12月のつらい時期のキツさを緩和してもらった。

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ひらりん大塚英志『まんがでわかるまんがの歴史』もhontoで読んだ。これは凄い作品だ。kindleで読むと価値がたぶん半減以下になる。後日再読することにする。
まんがでわかるまんがの歴史 (単行本コミックス)
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またニホンカモシカがいたこととか、年末年始の集客状況とか

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「店舗」には道路沿いに300mばかり離れたところにそれなりに広い飛び地があって、臨時駐車場として使っている。
昨日午前中、嫁がそこでニホンカモシカを見た。
その日の夕刻、臨時駐車場においてある送迎車に俺が乗りに行ったら、その時もニホンカモシカがいた。悠然と草を食んでいた。
「お前、こんなところにいると、車に轢かれるぞ」
ニホンカモシカに声をかけた。
ニホンカモシカは悠然として全然警戒していないので、捕まえようと思えば素手で捕まえることができるかもしれない。しないけど。
このニホンカモシカはあまり大きくないので、まだ成獣になり切ってないかもしれない。
http://kamayan.hatenablog.com/entry/2017/12/28/214833 で見たニホンカモシカと同じ個体だと思う。
http://kamayan.hatenablog.com/entry/2017/12/17/213639 の時見たニホンカモシカは今回のより大きかったと思うので、あれが親だったかなあ、と思う。あるいはその時は遠目で見たので実際より大きいと錯覚して、同じ個体だったかもしれない。
猟師だった老父がまだ壮健だった頃の話によると、ニホンカモシカは増えるとなるとやたら増えるそうだ。今は猟師が激減しているから、頭数が増えて湖畔にまで下りてきているのかな、とか思う。

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毎年大晦日は当施設に限らず、河口湖の宿泊施設は満室だ。
その前後の期間にどの程度客が埋まるかは施設間格差が大きいようだ。大晦日以外前々客が来ない、という近隣宿泊施設の声も聴く。
我が施設は、以前は、大晦日を中心に、前後1日は7割から半分くらい、そのさらに前後1日は半分かそれ以下、程度の埋まり方だった。
我が施設の場合、3年くらい前から、大晦日を中心に、だいたい1週間強、ほぼ満室が続く。
満室が続いたので、ガス屋さんが仕事納めの時にガスを満タンにしておいてくれたのに、1月2日の朝、一部宿泊施設のガスが空になり、ストーブも給湯器も使えない、という事態が起きた。記憶する限りそんなことは初めてだ。
幸いにして自治会のご近所で仲の良いおじさんがこのガス会社の偉い人だったのでその方へ相談したら、その人が来て予備ガスボンベに繋ぎ直してくれて、凌ぐことができた。
今後はガスボンベの連結を増やしてくれるそうだ。

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今朝は富士河口湖町の仕事始めの神事があり、俺も観光協会長だから河口浅間神社へ行った。
河口浅間神社世界遺産構成遺産になる前は鄙びた神社だったが、今は風格のある神社になった。立場は人を変えるというが、立場は神社をすら変えるようだ。
神事の間、爽やかな風が吹いたので、河口浅間神社の神様はご機嫌だったのだろうとか想像する。
しかしながら、寒いのを堪えて座っていたら、体中こわばった。体中こわばると、昔の不快な思い出がフラッシュバックする。不快な思いをするとき人間は緊張状態で身体がこわばるので、逆に身体がこわばるとその不快な出来事を強く思い出すのだろう。身体はトラウマを記憶する。
筋肉の凝りを緩めるためのサンバゾンと、抗不安剤セルシンをいつもより多めに飲んだが、それでもなかなか不快なフラッシュバックが消えにくい。消えるまで今日はだいぶ時間がかかった。セルシンを飲んでいなかったらもっとずっとこのフラッシュバックに苦しめられただろう。
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