カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

児童買春現代事情

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ネットゲリラさんとこから。

http://my.shadow-city.jp/?eid=304728
〔略〕タイに来ても、子供がおおぜい売春してる場所なんてないぞ。それって、カンボジアだから。しかも女の子はベトナム人だから。むかしはあったけどね。
〔略〕国連人権委員会って嘘ばっかついてるからね。〔略〕おいらカネで女を買ったことは一度もないんだが、色々と事情があってそっち方面の知識はプロだ。たしかにむかしは、タイ北部に少女売春の風習があった。チェンマイには処女屋というのがあって、大きい店では処女が200人いた。で、最初の一回が5万円、二回目は半額になり、だんだん値下げして普通の売春婦と同じ値段になったらお払い箱。ただし、外国人目当ての商売ではない。
もともと、金持ちの華僑のための店だった。彼らのあいだには「処女を抱くと長生きする」という迷信があって、還暦のお祝いに孫たちがカネを出し合って処女をプレゼントする、という麗しい風習があったのだ。女の子たちの供給源は、おおむかしはタイ人だったが、そのうち山岳少数民族になり、1980年代に国連が騒いだもんで消えた。末期には外国人の客も増えたんだが、ほとんどはドイツ人とかフランス人。フランス人は凄いよ。チェンマイの裏稼業を仕切っているのはフランス人だからね。日本人も来たけど、そんなに多くない。まして「一番多い」わけではない。アメリカ人はあまり来ないね。東南アジアはアメリカからは遠いんだよ。金払いがいいんでタイ人には好かれているんだけどね。
で、今ではタイで少女売春といえば「援助交際」だ(爆 冗談抜きで、日本とおなじに不良娘が援助交際やっている。そういうのを見たかったら夜、ルンピニ公園のまわりを歩いてみると、いるかも知れない。ただし、学校嫌いの不良娘なんで英語は不得手だと思うけどね。生活に困った親が、年端も行かない娘の手を引いて、なんて光景は昔話だ。

私は最近、児童買春事情にトンと疎くなっているので、「へー」と思った。
タイやフィリピンに児童買春施設がたくさんあった時代というのは、フィリピンに米軍基地があった頃、米軍の慰安施設として展開したという話をだいぶ前に読んだ。フィリピンの場合、米軍施設を追放したからだいぶ変わっただろうし、それで連想したけど、国連職員自身が児童買春常連していたなんて話も聞いたことがあったな。実際のところはどうなのかというのはなかなか判らないものだけど。いろんな意味で。
現在のタイで「援助交際」が流行しているのか。昔、宮台真司先生が援助交際擁護論を述べていた頃、そのキモは「家父長の財産とされている女子供が、家父長の財産であることに(無意識的に)抵抗し、自分の身体を自分の意思で商品化している、それは(家父長制への抵抗として)擁護されるべきである」という内容だった。宮台真司先生は直接はそうは言わなかったけど。タイにも似た社会環境があるのかな。
日本警察と日本保守政治とエクパット東京矯風会)が「児童虐待」に恐ろしく無関心で「援助交際取締」ばかりに熱心だったのは、「援助交際」が活性化すると闇市場での未成年商品価値が低下するから、闇市場未成年商品価値を上げるために「援助交際摘発」に予算(つーか税金)使ったり世論喚起したり新規立法したり色々していたんじゃないか、という観測がある。児童虐待への異様な無関心ぶりと「援助交際」への異常な関心ぶりから、そう解釈するのは筋が通っていると思われる。まあ、矯風会の場合は宗教的性規範意識の発露が色んなものに利用されてんだろうけど。警察の下請補完組織として。

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2003年の『月刊現代』にこんな記事もあったのを思い出した。

 私〔小林祐武〕がタイの日本大使館に勤務していたときに体験した、情けない仕事と国会議員のおぞましい実態にも触れておこう。
 バンコクASEAN首脳会議などが開かれるときに、日本の議員団が定宿にしている一流ホテルがある。その裏手には、当時タイで一番といわれたソープランドクレオパトラ」があった。スケジュールさえ空けば、たとえ真昼間でも「クレオパトラ」に繰り出す国会議員のセンセイ方の姿は、ここでは特段珍しいものではなかったのである。
 しかし中には、それに飽き足らない議員もいた。あるとき私は、タイを訪れたある議員のガイド役を任された。国会議員が訪れると、便宜供与と称して在外公館は接待の席を設けたり、ガイドや通訳、運転手などを務めたりすることがある。そのとき、売春宿への案内を要求する議員もいるのである。私は普段ならこういう仕事は請けないのだが、このときは他の職員が多忙で、対応する人間が私しかいなかった。
 その議員は、案の定、売春スポットへ案内するよう、私に要求してきた。ソープランドでは満足できないのだという。私はそれまで足を踏み入れたことのない売春宿へ、しぶしぶその議員を案内した。そこまではよかったのだが、いざ到着してみるとどうも議員が納得したような顔をしていない。よくよく話を聞いて、私は閉口した。彼はいわゆるロリコン趣味で、少女売春が可能な店を所望していたのだった。
 さすがに少女売春を斡旋する店など知るはずもない。だが驚くべきは、その売春宿の経営者だった。彼は議員の要求を察知したらしい。われわれに「待っていろ」とだけ言うと、どこかへ姿をくらました。 
 店に取り残された私とセンセイは、店主が帰ってくるのを待つしかなかった。30分ほどが過ぎただろうか。ようやく姿を現した店主は、中学校の制服を着た泣き叫ぶ少女をひっぱたきながら抱える様に連れてきた。信じられないことに、自宅に帰って嫌がる自分の娘を引きずってきたというのだ。
 こうして公金を使って日本からバンコクにやってきた国会議員は、泣き叫ぶ娘とともに宿の一室に消えた。これには私も暗澹たる気持ちになった。
  出典;小林祐武「〈外務省の犯罪〉すべてを知る官僚の懺悔」『月刊現代』2003年12月号、73p-74p

そういえば安倍晋三ASEAN行くんだっけ。

ぽちっとな