カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

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『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』要約

売れているそうだ。読んだ。自分が知っている限りの所では間違いとか嘘は見つからなかった。
[以下、この冒頭に書いた感想を http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20150107/1420638509 へ移動の上、削除]
以下、内容を極力簡潔にまとめる。まとめるだけで力尽きたので、感想は後日。

Part1沖縄の謎 Part2福島の謎

沖縄に今でも米軍があり、日本の首都圏の空は米軍の支配下にあり日本の航空機に制約がかかり、在日米軍基地移転をぶち上げた鳩山由紀夫(当時)が官僚の造反に遭い退陣に追い込まれたのは、日本の最高法規が憲法ではなく「安保法体系」にあるからだ。
法理上「安保法体系」が(現在の)日本憲法より上位なのは、砂川裁判の時の最高裁判決「行為統治論」で確定した。
「安保法体系」は、月2回の「日米合同委員会」で刻々作られている。日本側は外務省北米局を代表とし、アメリカ側は在日米軍司令部副司令官を代表とする。日本側の委員は他に、法務省大臣官房長、農林水産省経営局長、防衛省地方協力局長、外務省北米局参事官、財務省大臣官房審議官で構成される。ここでの決定は原則として公表されない。
「安保法体系」が(現在の)日本国憲法より上位であるため、日本の官僚は総理大臣の決定よりも「日米合同委員会」の決定と「安保法体系」に従う。

Part3安保村の謎1

「なぜか、政治や法律、社会思想といったいわゆる『社会科学』の分野だけは、日本人は非常に不得手なようなのです〔略〕〔社会科学の〕研究の成果を国家としての決定や政策に反映していく回路が、なぜか決定的に分断されている」〔116p〕
「そうした日本人の欠点がもっとも悪い形であらわれたのが、二〇一二年四月に自民党が発表した憲法改正草案でした〔略〕近代憲法というのは〔略〕主権者である国民が、権力者が自分たちの人権を侵害しないよう、しばりをかけるために存在する。これを「立憲主義」といいます。日本という先進国の指導者たちが、そうした『近代憲法』という言葉の意味をまったく理解していないことがあきらかになったのです」〔117p〕
日本の原発政策は「日米原子力協定」にもとづき、日本政府の行動は外務省とアメリカ政府に制約されている。
原子力で利益を得ている「原子力村」の経済規模は年間2兆円、「日米安保村」の経済規模は年間530兆円(日本のGDPと同額)。戦後日本社会は「日米安保村」の中にいる。

「戦争責任なし」というフィクション

日本国憲法GHQマッカーサーが作った。日本を占領統治する際の最大の協力者である昭和天皇を「東京裁判」にマッカーサーはかけたくないと考えた。天皇を統治の傀儡として使いたかった。第一次大戦後ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世を国際法廷で裁こうとした前例があった(亡命の結果裁かれなかった)。
昭和天皇を免責するために、「人間宣言」の原文をGHQが書き、日本側は「五箇条の御誓文」に言及するという修正をして発表した。
「五箇条の御誓文」を加えることで、
1;明治日本は民主国家だった
2;昭和初期は軍部が暴走した間違った時代だった
3;戦後日本は本来の民主国家に戻った
という「物語」が生まれ、これが戦後日本の基本的な史観となった。

「押し付け」は昭和天皇を救うため

日本占領の権限は、1946年5月3日から11か国による「極東委員会」がワシントンに設置されることが、その年の1月末に決定した。
ケーディス民政局次長は1946年2月1日に、マッカーサーへ以下の報告書を提出した。
1;マッカーサー元帥は日本の憲法を改正する権限を持つ
2;ただしそれは極東委員会が発足する5月3日までの間に限られる
3;極東委員会が発足した後も、日本政府が提出した憲法改正案をマッカーサーが承認することはできる
マッカーサー憲法草案を2月4日から12日までの9日間で作らせた。その際のマッカーサー3原則は
1;天皇制存続
2;戦争と戦力の放棄
3;封建制廃止
GHQが日本に新憲法を「押し付け」たのは、日本が何より守りたがった「天皇」を守るためだった。その意味で憲法は日米合作だった。
だが占領軍が被占領国の憲法を作成するのは、他の西側諸国では見られない異常なことだ。

極限まで簡略化した「日本国憲法の真実」

日本国憲法の真実とは
1;占領軍が密室で書いて、受け入れを強要した
2;その内容の多く(とくに人権条項)は、日本人にはとても書けない良いものだった
その後の日本には、改悪(人権の後退)と指一本ふれてはいけない、の勢力しかいなかった。

Part4安保村の謎2

現在の国連は、世界政府的理想主義と、安保常任理事国五大国による疑似バランス・オブ・パワーで成立している。
国連憲章の原案「ダンバートンオークス提案」では、一般加盟国が独自に戦争する権利を認めていなかった。安保常任理事会だけが「世界政府」として国連軍を指揮するという構想だった。1946年2月時点ではこの構想はまだ生きていた。マッカーサーとケーディスはその構想の下に、日本国憲法9条2項を書いた。この成果を引っ提げてマッカーサーは大統領選に出馬する予定だった。
1948年、五大国による国連軍構想の会議は、冷戦により打ち切られた。同じ1948年、マッカーサーは大統領予備選に惨敗した。日本国憲法9条2項は現実の基盤を失った。

敵国条項

国連憲章には「敵国条項」がある。日本とドイツのことだ。これはドイツに関しては死文化した。日本に関しては、死文化したかどうか議論がある。
国連憲章107条は「敵国条項」の一つで、第二次大戦の日独(敵国)への戦後処理(講和条約)については国連憲章は効力を持たない、という意味の条文がある。
日本が独立した際のサンフランシスコ講和条約には、占領軍はいかなる場合にも90日以内に撤退する、ただし日米安保条約による米軍駐留はその限りではない、という意味の条文がある。
沖縄で現在も行われている米軍による日本人への人権侵害は、国連人権委員会では扱わない。敵国条項が適用され、国連憲章の適用除外となる。

日米安保条約の二面性

日米安保の目的の一つは、いつでも米軍が日本を攻撃できる、ということだ。
1971年10月、周恩来との秘密会談でキッシンジャーは、原発を持ちプルトニウムを持つ日本はいつでも核兵器を持てるからこそ、米軍が日本にいて日本の膨張主義を抑えるのだと述べた。
1988年6月25日、山口県伊方原発のすぐ近くに米軍機が墜落した事故があった。米軍が日本の原発をいつでも爆撃できる訓練をしている際の事故だった。

ドイツ「独立」までの歴史

戦後西ドイツは、4代首相ブラントが東ドイツ容認し、東側との外交を始めた。ポーランドとの国境問題を譲歩して解決し、ポーランドでのユダヤ人虐殺について謝罪した。
6代首相コールは冷戦終結を好機として、英米仏ソと東西ドイツとの講和条約を結び、敗戦国としての名残を全て清算した。
現在ドイツに残る米軍へは全てドイツの国内法が適用される。
一方日本は、外務省を中心に米軍駐留継続をみずから希望し、ありもしない「アジアでの冷戦構造」という虚構を維持しようとしている。

Part5最後の謎

安保村には3つの掟がある。
1;重要な外交文書は、最初は全て英語で書かれている。人間宣言日本国憲法も。現在も日米間の重要な取り決めは英語が正本であり、日本語は「仮訳」である。
2;怖いのは原爆よりも共産主義
近衛文麿の近衛上奏文http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20050219/1108760704というのがあって、「怖いのは敗戦よりも共産主義革命だ」という妄想に近衛文麿は憑りつかれていた。敗戦では近衛も天皇も殺されないだろうが、共産主義革命が起きたら殺される、という被害妄想におかされていた。
3;沖縄は「固有の本土」ではない
昭和天皇マッカーサーが進める日本の武力放棄に不安を覚え、米軍の駐留を望み、1947年9月19日「沖縄メッセージ」を側近寺崎英成を通じマッカーサーの政治顧問へ伝えた。
「沖縄メッセージ」の内容は以下の通り。昭和天皇は米軍が琉球を軍事占領を継続するのを望む。この占領は日本に主権を残したままでの長期リースというフィクションにもとづくべきだ。この占領方法ならアメリカは琉球に永続的な野心を持たないと日本国民を納得させられる。
1947年9月当時アメリカ国務省とアメリカ世論は、沖縄を米軍が継続占領するのは大西洋憲章違反であり、国連でのアメリカの道徳的地位を損なうと主張していた。アメリカ統合参謀本部は継続占領したいと考えていた。天皇の「沖縄メッセージ」により、マッカーサーと統合参謀本部の意見が通った。
1950年6月、吉田茂は米軍基地を日本から撤退させたいと考え国会答弁していた。昭和天皇は側近松平康昌を通じアメリカ国務省ダレスへ口頭でメッセージを与えた。米軍基地は日本からの自発的な申し出で継続されるべきだ、という旨だった。
1950年6月当時、朝鮮戦争が勃発した。朝鮮戦争でもしアメリカが敗北したら、昭和天皇天皇側近も共産主義により処刑されると本気で思っていた。
米軍駐留は日本側から、昭和天皇が日本の支配層の総意として要請した。

「戦後体制からの脱却」

日本国憲法9条1項戦争放棄条項は日本以外にも例がある。イタリアやフィリピンなど。
現在の「安保法体系」では、国内有事の際、日本の自衛隊在日米軍の指揮下に入る。
フィリピンは1987年の憲法で、「フィリピン国内においては外国軍事基地、軍隊あるいは施設は許可されない」と明記した。日本もそのようにすればいい。

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