昔の教え子への助言
http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20130812/1376320839の、昔の教え子への返信をやっと書けたので、ここに残しておく。
残暑見舞いをありがとう。その返信がこんなにも遅くなってしまったことのお詫びを申し上げたい。私の現在の仕事は夏から初秋までが最繁忙期で、返信を書きたい気持ちはずっとあったものの、多忙に追われていました。
Tが私に進路相談の手紙をくれたのは、「迷ったときは幅広く相談しなさい」と私が塾講師を退職する際書き送ったことが念頭にあったかと思います。嬉しく思います。
中学三年で学部選択ですか。明治大学の欠点は学部選択とか専攻選択をえらく早い段階で生徒・学生に要求することですが、早すぎますね。いくら賢明なTでも、ちとそれは厳しい選択を迫られているなあ、と感じます。学部の選択は、人生をかなり左右します。Tはしっかりしていて頭が良く、私になど相談かけるまでもなく自分で決定できる人ではありますが、以下、多少なりとも考える材料となればと思い、私の知るところ、理解するところを、いくつか書きます。
1 オカルトで非科学な視点から
まず丸っきり非科学でオカルトな話からします。Tの名は、君のご両親が実によく考え抜いてつけた名だと思います。私は姓名判断の心得が少しありますが、それで占うと、「T」という名は、「自分が成し遂げたいと思うことは、ほとんど成し遂げることができるし、また幸運も後押しをする」という名です。もう少し詳しめに書くと、以下のようになります。
〔略〕
占いは以上です。
こんなに強運な運勢を持つ名はそうはいません。1000人に1人よりもっと少ないくらい良い名前です。他の人は努力しても実らないことがわりと多いのですが、Tの名は、目標を持ち、努力をすれば、それが(時間はかかるかもしれないが)叶う、という運勢を持っています。よって、「どういう人生目標を設定するか」が、Tの場合、大事になるだろうと思います。
以上は、オカルトな、非科学な話です。以下、合理的な事柄を書きます。
Tの名前の相がこんなにも良いのは、Tのご両親の、「親として可能なことはどんなことであろうと(非科学的なことであろうと)娘のためにしてあげたい」という意思の表れです。「名前の相(画数)」という非科学的なことにまで目配りしてTの将来を考えた結果、「T」という名があります。
私は塾講師としてそれなりの数のご家庭を見てきましたが、愛情の豊かな家庭と、愛情の乏しい家庭では、「ここぞ」という際、子供の踏ん張りの力に差が出ます。愛情の豊かな家庭では、失敗しても安心して戻れる家庭のある子供は、そうでない家庭の子より、特に受験勉強などにおいて、耐久力があります。Tの家庭は愛情の豊かな家庭だと思います。ですから、Tには他の人より継続的に努力できる条件があるだろうと思います。
とはいえ、思春期頃は、どんな人でも家庭との距離感に苦しむ時期があります。独立を促すために本能的にそう設計されています。Tのご両親はその苦しみへの理解力包容力があるだろうと思いますが、それはまた別な話になりますので、切り上げます。
2;得意科目から考える
Tは数学と英語が得意科目だと伺いました。素晴らしいことです。ほとんどの人はその二つが苦手なものです。逆に、大学での勉強(研究)に最も必要とされる能力は、その二つです。
大学では、真面目にきっちり勉強すれば、英語の論文を読む必要が出てきます。英語が苦手だと、ここで壁に当たります。英語の論文が読めないのは、ある程度まで研究を進めた際、文盲同然だと気付きます。また、どんな学問でも、数値化し証明することが重要となります。数学が弱いと、きっちりとした研究ができません。
さて、ふつう数学と英語が得意なら、理系に進むのが順当かな、という気もします。とはいえ、数学と英語が得意ならたとえば経済学など社会科学を研究する基礎力が(他の人よりも)高いですので、進路はある程度広く考え検討してみて良いのではないかと、言いたいのだけど、中三で学部選択ですか… 厳しい選択ですねえ。
あまり得意ではないという国語・理科・社会については、Tは十分な理解力がありますが、興味を得るきっかけが足りていないのかな、という気がします。
学問は大きく分けて、人文科学・社会科学・自然科学の三分野に分かれます。余計な話ですが「理系/文系」という区分は日本だけの慣習です。人文科学は大雑把に言って国語の延長線上、社会科学は社会科の延長線上、自然科学は理科の延長線上にあります。自然科学か社会科学のどちらかを専門分野とするのが良いと思います。なので、理科か社会の何かにもう少し興味を開いてもらうのが望ましいと思います。これについては後で詳しく述べます。
3;将来の職業から考える
学部を選択するということは、卒業後の職業をある程度決定づけます。それぞれの学部によって、得ることのできる資格も違ってきます。国家資格によっては、特定の学部を卒業する必要があることもあります。よって、「なりたい職業のイメージ」から、学部を選択するというのは、理性的な考えです。
今はそういう言い方をあまりしませんが、大学というのは「立身出世のための基本材料」でもあります。昔は「知識階級」という言葉がありました。大学を(優秀な成績で)卒業するというのは、知識階級に参加するための切符を得ることでもあります。大学で得た知識と技術がその後の人生の武器となります。大学にいる間に、資格をいくつか取得しておかないと特に今後の社会では渡っていくのが難しくなると思います。学部によって得られる資格を比較して、自分の将来像に近い資格に有利な学部を選択するというのは賢明な考えです。
4;「オープンキャンパス」を利用してみる
明治大学の欠点は、大学入学時に専攻まで細かく決定しておかなくてはならないことです。他の大学は必ずしもそうではありません。
余計な話ですが、大学に関する情報が乏しいまま地方の高校から受験して明治大学に合格した人は、1年生のうちにかなり大学に来なくなります。望むものと授業がマッチせず大学に失望して授業に来なくなる学生はけっこういます。大学としては学費だけ払ってもらえば学生が来ようと来なかろうとどうでもいいので、そういう不登校学生は放置します。明治大学のように大きい大学は、そういう放置する学生も計算に入れて入学させます。
付属校からの内部進学生にはこういう問題はふつう発生しないけど、それは一つには付属高校時点で選抜されていたからなんですね。
Tは明治大学付属校にいますので、明治大学での研究についての情報もけっこう流れていると想像しますが、「オープンキャンパス(大学見学)」制度を利用して、直接大学の研究室などを見たり、大学講師・大学教授たちから話を直接聞いたりするべきだと思います。
「オープンキャンパス(大学見学)」はふつう、外部の高校生を対象としていますが、内部生が利用していけないはずはないと思います。夏休みの間に集団向けのオープンキャンパスが開催されたそうですが、それは外部高校生向けなので、Tが個別で「オープンキャンパス(大学見学)」を申し込めば対応してもらえるはずです。
大学の先生にも当たり外れはあります。Tは「優秀な学生」に間違いなくなりますから、「優秀な先生」を探すことは大事だと思います。直接話を聞けばその先生の実力もある程度測れます。大学では最終的に特定のゼミ(研究室)に所属することになりますから、自分がいずれ参加する研究室を下見しておいて損はないと思います。その際、大学の先生に「中高生でも読める、先生の専門分野に関係する推薦図書」を訊いてみると良いと思います。その推薦図書を読んでみて、「これは自分が生涯をかけても良さそう」と感じた学部に進むのが、最も望ましいかたちだと思います。大学進学前に「お気に入りの教授」を発見できたら、実にラッキーです。
Tへの私からの「助言」は実はこれに尽きてます。以下はオマケです。
あ、余計な話ですが、そんなことがないことを切に祈りますが、進路をいったん決めてから「いや、やはり自分の適性はここではなかった。別な学部だった」ともしも感じたら、その時点で変更した方がいいです。難しいかもしれませんが変更は不可能ではないはずです。
5;「国語」の成績向上について
Tは国語の成績はそれほど良くないかもしれないけど、けっこう読書家だと、小5の時、ご母堂様から伺いました。
国語という科目は、設問があやふやで「そもそも何を問われているのかよく判らない」というのはよくありますし、「設問には書かれていない暗黙のルールに沿って解答すると正解」という、なんちゅうか、宜しくない、感覚的な科目です。Tが国語が「得意ではない」理由は、そういう科目としての特性にあると思います。
明大明治の国語科が作成する試験問題はけっこうマシで、むしろ良問が多く、こういうことを書くべきではないかもしれませんがたとえば専修大学付属高校の国語科が作成する問題はひどい愚問だらけで、国語講師でも解けなかったりします。解けないというか、出題者は解答を一つだけだと想定しているらしいが国語講師から見ると3つも4つも正解該当部分があってそのどれを出題者が正解と考えているのか手掛かりがないという、そういう愚問です。余計な話でした。
さて、そういう「国語」科の「暗黙のルール」を研究し解き明かした名著があります。石原千秋『秘伝 中学入試国語読解法』(朝日選書)です。図書館か、ひょっとしたら国語科の先生が持っていると思いますので、借りるなどして読んでみてください。私の中学入試指導のネタ本でした。続編に『小説入門としての高校入試国語』『評論入門としての高校入試国語』などがあります。内容を一言でいうと、国語という科目は、背景に道徳律があって、その道徳律に適う解答を求めている、というものです。この本は著者が息子の中学入試に付き合った経験談も半分を占めています。中学入試経験者であるTとしてはけっこうそこのところも面白く読めるのではないかと思います。
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Tに「社会」科を教える機会がなかったのが残念です。歴史は面白いよ。Tに幾つか本を推薦しておきます。本を読むのは、その時の自分の精神状態や求めているもの、タイミングとの兼ね合いで、読めたり読めなかったりするものですから、図書館なりで借りて、読み進めることができたものだけ読んでみてください。
■歴史分野
『砂糖の世界史』川北稔、岩波ジュニア文庫 …砂糖の流通というキーワードから15世紀以降の世界史を読み解いた良書。イギリス人は紅茶が大好きですが、イギリスで紅茶を飲むには、イギリスから見て世界の東の端の中国からお茶を運び、イギリスから見て西の果てのアメリカ大陸カリブ海から砂糖を運び、イギリスの食卓で飲むわけです。帆船の時代に。サトウキビをカリブ海で生産するために、アフリカ大陸から黒人を奴隷として拉致し強制労働させました。といったかたちで世界がつながりました。
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文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)
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■公民分野、社会科学分野
『日本という国』小熊英二、よりみちパンセ …この本は私がもし小6までTに指導していたら中学受験勉強の仕上げに読ませた本です。ひょっとしたらコピーをあげたかな?
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私自身が読む「理科」関係の本は「生物」分野に偏っているのでどうなんだろうとも思いますが、少しだけ推薦しておきます。
『親指はなぜ太いのか―直立二足歩行の起原に迫る』島泰三、中公新書 島泰三は名文家でどの本も面白い。霊長類の「手」と「歯」の関係についての研究。
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孤独なバッタが群れるとき―サバクトビバッタの相変異と大発生 (フィールドの生物学)
- 作者: 前野ウルド浩太郎
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- 作者: 福岡伸一
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- 作者: クリストファーロイド,Christopher Lloyd,野中香方子
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Tからのハガキをもらって、「普通に考えると理系を薦めるべきだろうなあ、とはいえ、理系の学部のことは俺はよく判らないなあ」と思い、何人かに私も相談してみました。得た回答を以下に軽くまとめてみます。
明治大学の理系に進んだ場合、大学の推薦によって大手企業に進むのが一般的です。研究職が多い。推薦枠は学部学科によって大きく異なる。大学一般的には、推薦枠が大きく就職が最も有利なのは工学部系(機械・電気系)。かなり差があって理学部系(化学・数理)。その下が農学部系、とされる。赤本やネットで学部学科ごとの就職先、就職実績が確認できる。そこから学科を選択するのがいい。
Tは「真理を追究する」のに適性があるように思いますので、「一生を研究に捧げると仮定したら、何の研究をするのがいいだろうか」という考えで学部を見るのがいいと思います。
普通に考えるとTは理系向きだと思いますが、万が一文系を選択する場合、明治大学文系の学部のエースは法学部と商学部なので、そのどちらかを選択すべきだと思います。学部としての大学の力の入れ方が、少なくとも私が通っていた時代は違っていました。
9;結び
以上、ずいぶんと長文になってしまいました。ここまで読んでくれてありがとう。多少なりとも参考になれば幸いです。Tの将来が豊かになることを祈ります。
ところで、「学歴を身に着ける」「知識を身に着ける」のは何のためなのか、という問題があったりします。いくつかの解答があり得ますが、「社会にその知識を還元するため」「社会の前進に貢献するため」というのは一つの答えです。豊かな知識を身に着け、ぜひ社会のためにその知識を役立ててください。
残暑見舞いをもらったこと、質問をもらったことを、実にうれしく思います。Tの将来を楽しみにしています。