カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

フェイガン『海を渡った人類の遥かな歴史』『水と人類の1万年』

『137億年の物語』に取り掛かる前の、最繁忙期前期の友として読んだ。
フェイガンの気象歴史学はすげえ面白かったんだけど、でもって『海を渡った人類の遥かな歴史』の方はフェイガンの船乗りとしての経験も語られていて、その辺は読ませるんだけど、出てくる船の種類の名詞が、つまり船舶としてどう他の船舶と違うの? という最初歩のつまづきを放置して読者をほったらかすから、フェイガンの伝えたいところが伝わらない。こういう本はね、他国じゃあともかくとしてね、日本じゃあマンガとして出すべきなんですよ、仮に学術書だとしても。図版で目で確認しながらじゃないと筆者の意図が伝わらないのだから。マンガとしてというのがちと言い過ぎとしても、出てくる船の特徴は図版がなきゃ理解不能だし、出てくる地名の世界地理だって図版がいちいちほしい。
『水と人類の1万年』の方も、人類の灌漑の歴史を書いているわけだけど、俺は「灌漑」という言葉を初めて見たのは中学の歴史の本だったけど、「灌漑」って言葉の意味がどうにか理解できるようになったのは40歳前後になってからで、俺でそうなんだから、日本人の5割以上はそうだと俺は思う。ていうか農業用水路と書いちゃダメなのか、それ以前に図や写真で説明しちゃダメなのか、と、思う。仮に漫画化することを考えたら、そこを全部絵にしなくちゃならないし、絵になっているのが当然として絵にするための情報を当然求めるんだけど、この2冊はそこで躓かせる。躓かせること自体は別にフェイガンの非じゃない。この本を売る気があるのなら出版社が全力で図解絵解きすべきであって、その労力を出版社が惜しんだから、何が書いてあるのかすげえ印象が薄くなった。図解がしつっこいくらいに載っていたら『銃・病原菌・鉄』と同じくらい面白い本として読めたのに。
あと、どっちの本だったか覚えていないけど、ナイル川から地中海に砂が流れ込むので、ローマ時代の人間が海底までの水深でナイル川までの距離を計測していたエピソードのところ、なんかフェイガンの解釈が変だなあ、と感じた。読み返す気力が少なくとも今のところはないからこれ以上具体的に書けないけど。

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海を渡った人類の遥かな歴史 ---名もなき古代の海洋民はいかに航海したのか

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水と人類の1万年史

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歴史を変えた気候大変動 (河出文庫)

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