カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

田舎の生活とか、政治関係とか、表現規制のこととか、狂乱している老母との生活とか

共謀罪と公選法  鎌倉圭悟(『進歩と改革』原稿)

共謀罪公選法

共謀罪創設は、六百以上の刑法を書き換えることを意味します。たとえば公選法を含みます。
公選法は、温泉街の増築に次ぐ増築を繰り返した旅館みたいなもの。と、言われてます。何をどう守っているのか、原則も何も意味不明。火事が起きても避難通路も不明、どう逃げればいいのか不明。運悪く煙に巻き込まれたら、それでお終い。
公選法運用は地域ごとにバラバラで、守りようのない法律の一つです(公選法判例集すら存在しないそうだ)。
公選法違反の「共謀罪」となると、選挙期間中の選挙活動がほぼ全てアウトで。選挙を話題にすること自体アウトです。
共謀罪のない二〇〇五年衆院選ですら、筆者の電子掲示板は「公選法違反の疑い」でサービス停止になりました。
二〇〇七年の選挙ラッシュ前に、公選法新案を(野党合同で)用意して、webや雑誌でキャンペーンできないかなあ。そのくらいのことしないと、「護憲」どころではないと、個人的には思うんですが。

世代論からオタク論へ

「世代論」が熱かったのは、六〇〜七〇年代でした。
戦前は出身地ごとの帰属意識が強かったわけですが、敗戦を何歳で迎えたか、という世代ごとの共通体験が、戦後、重要となります。この頃、「若者」が「世代」で語られました。
だいたいオイルショックから八〇年にかけて、「世代」の共通体験が失われていきます。「終戦」が遠くなりすぎて。
以後は、テレビなどのサブカルチャー経験が「共通地平」を代用します。結果、
「趣味」が共通項となり、「若者」が細かい集団に分岐していきます。
九〇年時点の「若者」分類を宮台真司らが行なってます〔注〕が、現在では「新人類」が消滅し、再調査が必要とされると思います。

90年ごろの「若者」の五類型

1;「新人類」先端情報に敏感でオシャレ
2;「ガンバリ屋」体育会系努力家
3;「オタクリーダー」趣味的情報に敏感で発信力あり
4;「ミーハー」新人類の真似をする人々
5:「オタク追随者」オタクリーダーの真似をする人々

人生、何が起きるか判らない

人生、何が起きるか判らんもので、私の住んでるアパートで殺人事件が起きました。(二〇〇五年十一月二三日頃)
被害者と面識なかったし、物音も聞いてないから、何も描けること、ないんですけどね。しばしば腐るほど警察官を見かける街なんですが。
〔注〕宮台真司他『サブカルチャー神話解体』(PARCO出版、1993年) ここで紹介した類型名称は、鎌倉が仮につけなおした。

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