カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの燻る日記

表現規制反対活動を昔していた。元エロマンガ家。元塾講師。現在は田舎で引きこもりに似た何か。

キャラクターメイキングとしての自画像

抗うつ剤は今でも飲んでいるが、症状が緩和したので、教養書もそれなりの量最近読んでいる。教養書を読む時間が増えると「なろう小説」や「ふたばちゃんねる」を読む時間が減る。悪いことではないだろう。「なろう」も「ふたば」も現実逃避と憂さ晴らしで読んでいる理由が大きいのだから。
ところで6月頃いったん憑き物が落ちた件を以前書いた。それについて少し書きおく。
6月に以前の大家兼友人宅へ泊ったとき、生前の老父のことと絡めそれまでの自分の半生を思い返してみた。
考えてみると老父は俺に強制をしたことがほとんどなかった。

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我が家業がキャンプ場と釣り船屋をしていた頃、老父とよくボート運びの作業をした。
老母の俺への命令は昔から理不尽だったが、老父は理不尽な命令はほとんどしたことがなかった。
俺の進路について、老父は特に何も言わなかった。アドバイスも何もしなかったが、足を引っ張るようなことも特になかった。
学部選択に悩んでいた時、法学部を老父は提案した。それを聞いて俺は法律学向けじゃないから行くとしたら政治学科かな、と思った。
俺は生まれた時から僻地の自営業で生きて世界が狭く、ポンコツで手間ばかりかかる家業で児童労働させられる時間が長く、老母は当時たぶん更年期障害で毎日ヒステリー起こして理不尽な事ばかり俺に要求していた。世界が狭いのは俺もだが老母の世界の狭さはむしろ盲目的になろうという衝動が暴れていて俺はそれにつきあわされていた。
俺は当時老母の理不尽に従順に従っていたが、俺が学部選択に悩んでいるとき、老母は唐突に「弁護士になればどうか」と俺に言った。今思うに老父の言う「法学部」から老母が理解できた職業がそれだけだったのだろうと思う。
俺には弁護士という職業がイメージできなかった。
ポンコツで手間ばかりかかる家業で理不尽な児童労働をさせられていて、そのポンコツな家業を継ぐ責任を無駄に押し付けられ続け、周囲に大卒経験者がほとんどいなかったこともあり、俺は当時老母への反感が溜まっていたのでその提案を拒絶した。
なお老母は学部選択に悩んでいた俺に、「偉くなるな」と「政治にかかわるな」という要求をした。この二つの呪い*1は老父のいない時に俺に要求した老母の本心であり、法学部政治学科に進むという選択肢は俺の中から消えた。
以上の件は以前、書き方は違うがブログに書いたことがある。
俺の中でこの時のエピソードやその後のことを考え直すと、父は俺の進路に対して特に何も要求しなかった、と解せる。放任ともいう。俺の好きにさせたのだから良い父親だったと言える。老母の狂乱な過干渉を放置していたこと以外は。
老母は卑怯だから狂乱な過干渉を老父に見せていなかったかもしれないし、老父自身が優しい姉3人を持っていたから「女の人に任せておけば大丈夫」と信じていたようにも思う。父はその場を盛り上げたり人の手助けをしたりするのは得意だったが、我の強いところはなく、中年期の病気(肝炎)もあって商売のことも子育てのことも老母に任せていたというよりは老母の下僕のような感じだった。
父と俺はタイプがだいぶ違っていたので、父は俺の扱いに困っていたところがあるだろう。父はスポーツ万能、勉強それなり、人付き合い上手、というタイプで、俺は勉強はできたが運動音痴で人嫌いで本ばかり読んでいた。本は教養を指導してくれる存在がいなかったことと老母の無駄な制限の悪魔合体の結果、マンガとオカルト本と大衆SFとアニメ誌ばかり読んでいた。当時の田舎のオタクにはありがちな読書傾向ではある。

2

で、俺の半生を、RPG的に「どういうキャラクターメイキングを生まれる前にしたか」という視点で考えてみた。
基礎ステータスを、Aを最上、Eを最低として、大雑把にこんな感じにキャラメイクしたと思う。
■知力A~B 
まあ田舎のおっさんになって恥知らずになったんで、ちと過去の自分をうぬぼれて自己評価高めに申告させてくれや。
ただし知的環境は15歳までほぼ最低水準。12歳ころまで知識の吸収源を学研の「ひみつシリーズ」に限定された。文化的環境は一切なく塾もなく中学の教員の能力が低かったので英語力はゼロになった。
15歳ごろまで「頭が良い」という言葉は俺に対する憎悪の言葉・侮蔑語だった。19歳ごろでも侮蔑語として家族から使われた。
18歳以降知的訓練をできる環境になるよう予定してキャラメイクした。ただ19歳の時老母の狂乱な過干渉のために鬱状態になって知的訓練を放棄してしまった。
知的訓練を放棄してもその後それなりに社会で他人から認められたのだから、素の知力はそう悪くはなかったのだろう。知的訓練をしっかりすれば知的スキルをたくさん得ることができ、レベルアップできただろう。レベルアップを繰り返せる条件は後で考えると存在した。レベルアップしないまま過ごした。残念なことだ。
50歳前後になったあたりで鬱症状もあってここ数年知力は衰えている感がある。知力と一口で言っても色々あるね。
■体力C~D ただし8歳ころから12歳ころまで肝炎によりデブとなり運動能力ゼロとなった。デブで運動音痴なため自己評価がかなり下がった。これはアクシデントだ。肝炎は死んでもおかしくなかった病気だから死ななかったことは幸運だ。それ以降は人並み。
■闘争心E~B- 暴力的闘争心は25歳ころまで最低レベルEだった。中年期に政治的闘争心がレベルアップした。B-くらいまで
■芸術センスC+~B- ただし文化的環境は18歳ころまでほぼ最低だった。そのため音楽スキルゼロ。小学校時代は絵を描く授業が当時ずいぶん多かったのと、マンガ好きだったことから画力スキルは+1~2程度。現役エロ漫画家していた時点で少しレベルアップして+2から3程度。文章力スキルはここ数年衰えてきたが画力よりは才能あったと思うので+4程度。人に説明する能力は少しボーナスがつく。ついた。かつては。今はレベルダウンしている。社会から隔絶して生活していたことと文化素養がないことからプロット作成スキルゼロ。
■総合運A 
0歳から11歳ころまでは祖母祖父の愛情を受けた。このため情緒の根底が正常になる。
4歳から15歳までの同級生運は最低。人嫌いになる。キャラメイクの時にはもう1週ほど早く生まれる予定だった。そうすればもっと穏やかな環境だった。俺が1歳まで暮らしていた「離れ」には似た年代の穏やかな男子が数人いたので、キャラメイキング時点ではその数人とは生涯近所づきあいする予定だったのだが、1歳の時に父母が村から隔絶した僻地で事業を始めそこで生活するようになり、村との人的交流が俺はほぼゼロとなった。これはキャラメイキング時に予想していなかったアクシデントだ。
16歳から18歳までの同級生運は普通。
19歳以降の友人運対人運は俺は振り返ると物凄く恵まれていた。
順当にいけば、俺は後輩が紹介してくれた大手アニメ会社に就職し、後年になって気づいたがどうも俺に淡い好意を持ってくれていたらしい前述とは別な後輩とたぶん結婚し、田舎の家業は接客業に向いた妹2号に継いでもらえば、これが一番自然な流れだった。そうなったとしても老父はそれなりに喜んでくれただろう。
それ以外にも他の後輩から仕事の誘いが2度ほどあったし、オタク向けの書店の店長にならないかという誘いがあったし、香港で漫画の仕事をしないかという誘いもあったし、塾でも正社員の誘いがあったし、大手出版社で書籍を発表しないかという誘いもあったし、田舎に帰らないでそれなりにしっかりした生活をするチャンスがいくつもあった。俺は19歳の夏に家業で、というか老母から豚のような扱いを受け自己評価が豚以下になっていたので、それらのチャンスを全部棒に振った。
愛郷心E 故郷には何の愛情も愛着もない。友人もいない。文化もない。家業にも愛着がない。老母には恨みが募るばかりで同居していることが鬱の原因である。19歳以降故郷に帰らないことをキャラメイキングの時想定していたのだろう。
■財運B
上記のように出鱈目で幸運をどぶに捨てまくったが、運よく、現在は人並みの収入、人並みより少し上の収入になっている。生活は退屈と不愉快で死にそうだが。
順当な別な人生を歩んでいてもほぼ同じくらいの収入になれた可能性がある。退屈で死にそうということはたぶんなかったと思う。
■名誉運C+
知的訓練していないエロ漫画家という立場から表現規制反対運動というミームを作れたのだから、別な人生ではもう少し名誉のある何かに達せただろうな、とか思う。
塾講師としては人気のある塾講師だったから、まともに勉強していれば、最低限でもそこそこ条件の良い高校の教師くらいにはなれただろうな、とも思う。条件の良い高校教師なら教養書の何冊かを発表することもできただろう。注目を浴びる才能はそれなりにあったと思うし、前述のように説明能力はそれなりに高かったと思う。
ただし今生活している田舎ではなにしろろくに対人関係結べないし結ぶ気力もわかないのでレベルダウンして名誉運D-くらい。
■塾講師としての才能A
■漫画家としての才能C~C-
■観光業自営業者としての才能C-~D

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順当な別な人生を俺が歩むことの方が老父のむしろ願いだっただろうな、とか、思った。
といった感じで「生まれる前に予定していたキャラクターメイキング」を考えてみたら、憑き物が落ちた。
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*1:あと一つ、「彼女を作るな」という要求もあった。我が老母は酷い毒親だ。他二つはともかくとして「偉くなるな」と言って大学に送り出すバカ親がどこにいる。ここにいた。俺の老母だ。俺の娘が生まれて初めて老母が抱いた時にも「偉くなるな」と呪いの言葉を俺の娘に吐きやがった。