「がきデカ民主主義」
鶴見俊輔はマンガ批評家でもあって、いいマンガ批評文をけっこう書いている。
「がきデカ民主主義」という有名な提言もしている。
小熊〔英二〕 〔略〕七〇年代に、鶴見さんは漫画の『がきデカ*1』を評価なさって、「がきデカ民主主義」ということをおっしゃった。あの金と性にしか興味がない少年警察官に象徴される、私利私欲によって支えられる民主主義、大義のために死ぬなどとんでもない。だから戦争にも行かないという思想を打ち出されたわけですよね。〔略〕
鶴見〔俊輔〕 あの『がきデカ』というのは、とにかくおもしろいんだよ。
上野〔千鶴子〕 鶴見さんのあの「がきデカ民主主義」に対する評価は、つまるところ日本人に期待できるのは、金と性にしか興味を示さなくて、だから戦争にも行かないという、その程度だということですか。
鶴見 私は日本人への期待は低い。そういう日本のなかから、『がきデカ』みたいなものが出てきて、人気を集めているのがおもしろいと思ったんだ。それに私は、知識人が民衆を叱る姿勢が好きじゃないんだよ。
小熊 しかし鶴見さん、「日本人の自画像」として「がきデカ」が広く受け入れられるというのは、かなりむずかしい要求だと思いますよ。自分が金と性にしか興味のない権威主義者だという自画像を進んで受け入れる人は、そんなにいないでしょう。〔略〕
鶴見 私は『がきデカ』はおもしろいと思ったけど、みんなが「がきデカ」になるべきだと言ったわけじゃない。私は知識人を批判するけど、庶民への説教は任ではない。一九三〇年代には、「がきデカ」のような日本人の自画像が現れる余地がなかった。遅ればせながら、こういう自画像が出てきたことは、日本人の自覚が一九三〇年代よりあると思う。それだな。それだけでうれしい。
『戦争が遺したもの』*2(新曜社、2004年)356-357p
*1:
*2: